中生タマネギをボチボチと収穫していたら、山椒が生えているのに気が付きました。

 春先の時は、2本しか見つけられなかったのに、あの後から芽吹いたのでしょうか。

 2本のうち、棘ナシ子の方はしっかり根付いたのですが、棘有り子の方はダメそうでガッカリしていたので、やった~💛と喜んだのですが・・・

 

 玉ねぎの畝に2本、ゴボウの畝に1本、排水溝に1本、アボガドの木の下に1本…

・・・ひょっとして、まだある?

 う~む、山椒の大盤振る舞い。

 冬中キャベツやブロッコリーを毟り倒したヒヨドリさんのお詫びの品でしょうか? それとも、バードケーキのお礼にシロハラさんとか?

 でもなあ、こんだけ生えてくると有難味が薄れるというか(笑)

 いや、まてよ、これぐらいあっても、私の音痴に負けて枯れていくと見込まれたということかしらん?

 もっともな答えとしては、今までも種は運ばれてきたが、毎シーズン耕されていたので生えて来れなかった、でしょうかね。

 

 ニラも耕していれば、あんなニラだらけになることは無かっただろうし。それに、ほら、

み~つけた  ナスタチウム

 こぼれ種で出てきたのは初めて♡

 耕したくなるのを我慢した甲斐はあるなあ~

 卯の花のにおう垣根に時鳥はやも来鳴きて~♪

 

 いや~、もう、梅雨ですか~ちょっとのんびりし過ぎかな。夏の準備がまだまだなのに。

 

 あー、でも、梅もボチボチ収穫だし、確かに夏は来ぬ。

 いつの間にか枇杷の実が色づいていました。そして、セミの抜け殻が!

 

 きゃあああ、急がねばあかんとよ!

 とりあえず、ドクダミ狩りしまくります。

 

 曇天の影響は侮れません。

 蓄積した感情の澱が体までからめとり、頭・腰・肩に情けなくなるほどの痛みを発生させるのも、気圧の変化が一因らしいです。

 でも、対策は意外に簡単だったりしますね。

 耳や首の簡単なストレッチでかなり改善します。

 心はデリケートだけど単純。なるだけ上を向く姿勢を心掛けるだけで、上向きの気分になるし、深く息を吸うだけで落ち着く。

 反対に言えば、常に目線が下を向き、呼吸が浅くなる作業をしていれば(ほとんどの仕事がそうですよねえ。デスクワークも家事も、車の運転、草むしりだってw)自然と鬱になるわけで。

 読書やパソ、スマホ、テレビが趣味で、これらで心を癒している方、多いと思います。私がそうでしたので。でも、その姿勢たるや、鬱へとまっしぐらにジャンピングしているかとw

 姿勢よく、モニターや紙面を見ることは可能ですし、可能ならこまめに身体を動かしながら、もしくは休憩をはさみながら、心を癒しましょうかねw

 

良ければ、我がポタジェの景色で和んでくださいな^^

 

 

 

 

 いえね、ここから先は、このブログの空白の年月の整理みたいな。ポーネグリフじゃないけどwwww確か、デイサービス勤務を辞めるあたりでブログが途切れて始めているんですよね。其の後、訪問介護でサ責、社協でコーディネーター、と転職しています。

 

 

 

 こんなに長い休職生活をするつもりはなかったのですが、自分が思っている以上に深刻な状態だったのでしょう。

 休職が受け入れられるタイミングだったのも大きいかもしれません。・・・旦那が就職し、子どもたちが独立し、この冬から年金がもらえるので、働き方を見直してしまおうと。そう言えば友人たちも納得し、私の休職をおかしいとも思わないし、何より私がおかしいと思っていなかったしww

 

 最近、体調が良くなってきて、ようやく、自分がおかしかったことが自覚出来てきました。

 仕事を辞めた当初、友人に「鬱じゃないの?」と言われたときは、違うと断言したけど、この間、「鬱だったと思うよ」と改めて友人に言われた時、素直にそうかもと。

 

 

 介護職は感情労働と言われています。

 確かに肉体も使います。色々便利な器具が開発されているとはいえ、介護をするにあたっては力が無いと話になりません。

 エレベーターのない団地の5階で暮らしている、歩行不可の方のデイの送迎、機械浴の設備が無いデイでの立位の取れない方の入浴介助なんて、若い男性でも根をあげる力仕事です。

 そこまででなくても、体重が80キロを超す方の車いす介助、トイレ誘導、訪問介護なら夜中に勤務先まで自転車や原チャで30分走る、大量の買い物の援助、ゴミ屋敷の掃除、などなど、結構な肉体労働であることは間違いなく、しかも大抵の介護職の主力は50歳前後の女性で、訪問やボランティア系だと60代が主力のところもある事を考えると、身体が丈夫でないとできない仕事です。

 そして、精神も使います。医者や看護婦さんのハードさには及ばないでしょうが、命に係わる事ですので、薬の管理、健康状態への把握等、利用者のご家族同様化、それ以上の注意力を求められます。視覚聴覚にハンディキャップがある方の同行援護もかなり神経を使いますし、障害を持ったお子さんへの対応は常に手探りで、最新の知識を求める姿勢が大事になります。

 でも、何より使うのは感情です。

 もともと介護職に就く方は共感能力が高い方が多いのですが、思い通りにならない肉体、時には記憶、感情に日々苦しめられている方々のサポートをするには、その思いを受け止める必要があります。こちらが提供できるサービスと利用者が望むサービスには常に溝がありますから、共感することで利用者に必要なサービスを割り出していくことになるんですね。

 ある意味究極の接待業だと思います。

 問題は、肉体も精神も使い過ぎれば疲労するのと同じに、感情も疲労するのですが、これがなかなか自覚がないこと。筋肉痛やデスクワークの効率が落ちれば、あ、働きすぎ、疲れがたまっているなと、自覚するのですが、テンションMaxでレクレーションをし、死が迫っている方の愚痴悩みを聞き、妄想の世界で生きている方を見守り、暴力や暴言を振るわれることもあるものの、感謝の言葉もたくさんもらえるこの仕事では、通常の肉体疲労は感じにくいし、新規の仕事は別として、精神も疲れない。しかも仕事が終われば肉体や精神の使用はセーブできるでしょうが、感情はそのままエンドレスに使ってしまうことが多いです。

(よくあるのは、仲間で愚痴をこぼしあってストレス発散するのですが、それにはかなりな感情を使用するため、さらに疲労がたまる)

 結局私生活のすべてを介護職に使ってしまう、介護士さんやケアマネさんがおられるをみてきました。デイだとまだ仕事の区切りが明確なので、気持ちの切り替えもできるのですが、訪問だと、独居の利用者さんの生活をずっと気に掛けることになります。深夜、休日に携帯が鳴り響くこともざらですし。

 

 感情疲労は突然牙をむくんですね。ぱかっと、あれ?と。

 感動できなくなり、楽しめなくなり、泣けなくなり、つまりは共感ができなくなるんですね。

 今までは、頭痛や四十肩、腰痛などのストレス信号が出ても、働けるし、転職に当たってはさんざん悩んで、結局限界まで辞めずに働いてしまうのがいつものことでした。

 だけど、今回、「よくわからないけど私もう無理。仕事するなら生きていかなくてもいいかも」という虚無感には不思議なくらい勝てなくて、悩むこともなく仕事を辞めていました。仕事に不満はなかったにもかかわらずです。

 うん、間違いなくおかしかったですね(爆)

 

 いや、いや、猫背で鬱になるは本当ですね。

 

 そして、いろんな方の辛い老後を見てきましたけど、老人性鬱はかなりもったいなく、辛い老後になりやすいと思います。

 

 アラカンの皆さん、くれぐれもお気をつけて。