あるひとがSNSですすめていた本を手に取り、読んでみた。

 

とある、小学生の女の子と、読み書きのできないおばあちゃん(※そういう時代に生まれ育った)との、

交流を描いた小説なんだけど、

なんというか、

小学生の時分の描写や、豪気でひょうひょうとしたおばあちゃんのキャラクター像にヤラれてしまった。

 

 

そうそう、

子どもの頃そういう心情だったよなあとか、

こういうことあったよなあとか、

ノスタルジックな気持ちにタイムスリップさせてくれる世界観が、なんとも読み進めていくのが心地よかった。

作者の方は田中の2こ下。ほぼ同世代であることから、懐かしさの加減がいっしょなんだろう。

 

そして、

 

作品のキーとなるおばあちゃんの存在が、

なんというか・・・

自分とこの婆ちゃんに重なるものがあって、胸がきゅっと締めつけられる想いがした。

小さい頃から高校生になるまで、ずっと生活の面倒を見てくれた婆ちゃんに、いろいろ重なって視えてしまい、

最後の最後で死んでしまうところは、文字と言え直視できないほど感情に訴えるものがあった。

 

で、

作中のおばあちゃんのキャラクター像は、基本は自分の家の田中家の婆ちゃんなのだが、ときにふるまう様々な描写は、

あの時代、近所に居た幼馴染の家に当たり前に居た、数々の婆ちゃんたちの人物像が、複数同時に入っているような、そんな感覚に陥った。

○○くんちのお婆ちゃんが、この本の中の「かず」ばあちゃんにはたくさん詰まっていた。

昭和後期から平成に入るまでの、豊田郡は岩戸団地にたくさん居た、あの婆ちゃん'sがふんだんに詰め込まれていた。

 

多くの婆ちゃんたちと一挙に会って来た様な気がする、そんな一冊だった。

よい本に巡りあえて、本当に幸せな時間だった。読むきっかけをくれた方にも感謝の気持ちを伝えたい。

 

 

そして、

田中の婆ちゃんが死んで、20年近く経とうとしている。

以前は半年に一回くらい夢に出てきては、怒ってくれたり、いっしょにテレビを見てくれたり、ご飯を作ってくれたり、夢の中でしてくれていた。

そして目が醒めると必ず、枕は涙でぐっしょり濡れていた。

あれから夢の中の婆ちゃんは、半年と言わず、数年会っていないような気がする。だんだん間隔が伸びていっている。

婆ちゃんに会いたい。本格的に会えるのは、自分が死んでからだろうか。もっとずっと後だろうか。

その時に自分は、婆ちゃんに胸を張って人生の結果報告をできるだろうか。

俺は婆ちゃんみたいにまっすぐに、家族や社会のためにまっすぐに生きてこれているだろうか?

スマートボールの玉のように、あっちこっちにぶつかりながら生きている人生を省みながら。せめて会ったときには褒めてもらえるような生き方をしなきゃならんなと。

 

 

ま、

自分語りはこの辺りにして、とてもオススメできる本です。「お手がみください」

特に30~40くらいのひとには、ピンズドで胸に迫るものがあるんじゃないでしょうか。