大好きな小林賢太郎。の言葉。
彼が、20年前の彼自身に、宛てた言葉。
なんだか、大事にとっておきたくて、何かの時にすぐに振り返れるようにしたくて、
ここに転載させてもらいました。
公式HPに載ってたから、いいよね。
10.5.1 [SAT]
お久しぶりです。
きっと今日も君は性懲りもなく
「美術」と「手品」と「人を笑かす」ということについて、
24時間考えていたのでしょう。
その3つは今はバラバラかもしれませんが、
「『美しい』と『不思議』と『面白い』は、重ねる事ができる」
ということを、
いずれ知ることになります。
君はそのまんま美術大学に進学し、
アルバイトでマジシャンをやりながらコントの道を歩みます。
そしてそのまんま
「小林賢太郎」という職業になるのです。
君のその信じて疑わない道は、
まっすぐ20年先まで繋がっていますよ。
しかし、
その道を信じる上で、
高校生の君にとってとても大事なことがあります。
それは、
「今興味をもっていることは将来の自分のためになる」ということを、
まわりの大人にキチンと説明する。
ということです。
興味のあることはとことんやるけど、
興味のないことは一切やらない。
そんな君は大人から見て実に心配です。
(20年経ってもその性格は変わってませんが。)
自信過剰は大いに結構。
才能を磨く上で自信と不安は両方必要ですから。
ただし、
その自信に責任をもつこと。
「才能」は、
「周りに心配や迷惑をかける権利」とは違うのです。
僕はエンターテインメントの力を信じています。
それを追求する価値を信じています。
それが正しいことで、
自分のやるべきことだと信じています。
君がこれから大人になって、
がっかりしたり、悔しかったり、傷ついたり、
そういうことが山ほどやってきます。
それは、信じているものがあるから起こることです。
そして、信じているものがあるから乗り越えられます。
大丈夫、君の夢は叶います。
でも叶って分かります、
それはとても地味で、現実的なものなのだと。
それを理解するということが、夢を叶えるということ、
って言ってもいいかもしれません。
そして2010年の今、
僕はさらに先の夢を追いかけています。
それがどんな夢かは、
まだ君には教えてあげないよ。
じゃ、また、20年後に。
小林賢太郎より
この人の言葉は、どうしてこんなにまっすぐ届くんだろう。
感じ方は人それぞれ。
でも私には、重くて強くて、少し痛くて、それでいて優しい、そんな風に感じる。
これが、わたしの理想とするような、
伝えようとする心で、丁寧に、美しく、いつわりなく、大切に、
「自分の考えを自分の言葉に置き換える」ことなんじゃないかって思えてしまうほど。
別に、分析みたいなことをするつもりはないんだけど、
この人は、自分で自分を上手に使うことができる人なのかなと、思う。
わかんないよ、実際に会ったことなんてないんだから。ぜんぶ私の一方的な解釈だよ。
でも、表に出てくる面だけを見てみれば、
この人の自己プロデュース力は群を抜いている、といっても過言じゃないはず。
あとはね、なによりも、「続ける」ことをしている。
「やめる」「諦める」そんな言葉を、この人は持とうとしない。
「続ける」ことは、想像以上に地味で、困難なことだけど、
確固として信じるられるもの、何十年何百年経っても揺るがないものがあれば、できる。
そういうことなんだと、思う。
でもね、信じられるものを見つけるなんて、なかなか難しいもの。
いや、実際は、いろんなところに転がっているんだろうけど、
それと「本当の意味で出会う」ことは、たぶん誰にでもできることじゃない。
うん、そうだね。きっと彼は、「出会って」しまったんだ。
それもうんと早くに。
そして、出会って以来ずーっと、背を向けることも、されることもなく、
今も、向き合い続けていて。
良い意味で、麻痺するみたいに、それが彼の生き方になったんだ。
何も間違ってない。むしろきっとこうなることは必然だった。
でも、それによってどれほどのものを犠牲にしてきただろう。
犠牲にすることすら、「意図的」の範囲に入れて、自分を統制して。
人一倍の努力、なんてもんじゃないんだろうな。
想像もできないや。
…なーんて。何様なんだ、わたし。笑
でも、本当にね、わたし、
この人と同じ時代に生きていることを、嬉しく思えるんだよ。
わたしの勝手な想いだよ。
何か特別人生が変わった訳じゃない。
けど、楽しい時間が増えたことは確かなんだよ。
そこにあるのは、「愛」だ。
この人が紡ぎ出す言葉を、物語を、想いを、
もっと、もっと、知りたい。
そんなことを、彼らの作品を見ながら、考えていました。
彼が、20年前の彼自身に、宛てた言葉。
なんだか、大事にとっておきたくて、何かの時にすぐに振り返れるようにしたくて、
ここに転載させてもらいました。
公式HPに載ってたから、いいよね。
10.5.1 [SAT]
お久しぶりです。
きっと今日も君は性懲りもなく
「美術」と「手品」と「人を笑かす」ということについて、
24時間考えていたのでしょう。
その3つは今はバラバラかもしれませんが、
「『美しい』と『不思議』と『面白い』は、重ねる事ができる」
ということを、
いずれ知ることになります。
君はそのまんま美術大学に進学し、
アルバイトでマジシャンをやりながらコントの道を歩みます。
そしてそのまんま
「小林賢太郎」という職業になるのです。
君のその信じて疑わない道は、
まっすぐ20年先まで繋がっていますよ。
しかし、
その道を信じる上で、
高校生の君にとってとても大事なことがあります。
それは、
「今興味をもっていることは将来の自分のためになる」ということを、
まわりの大人にキチンと説明する。
ということです。
興味のあることはとことんやるけど、
興味のないことは一切やらない。
そんな君は大人から見て実に心配です。
(20年経ってもその性格は変わってませんが。)
自信過剰は大いに結構。
才能を磨く上で自信と不安は両方必要ですから。
ただし、
その自信に責任をもつこと。
「才能」は、
「周りに心配や迷惑をかける権利」とは違うのです。
僕はエンターテインメントの力を信じています。
それを追求する価値を信じています。
それが正しいことで、
自分のやるべきことだと信じています。
君がこれから大人になって、
がっかりしたり、悔しかったり、傷ついたり、
そういうことが山ほどやってきます。
それは、信じているものがあるから起こることです。
そして、信じているものがあるから乗り越えられます。
大丈夫、君の夢は叶います。
でも叶って分かります、
それはとても地味で、現実的なものなのだと。
それを理解するということが、夢を叶えるということ、
って言ってもいいかもしれません。
そして2010年の今、
僕はさらに先の夢を追いかけています。
それがどんな夢かは、
まだ君には教えてあげないよ。
じゃ、また、20年後に。
小林賢太郎より
この人の言葉は、どうしてこんなにまっすぐ届くんだろう。
感じ方は人それぞれ。
でも私には、重くて強くて、少し痛くて、それでいて優しい、そんな風に感じる。
これが、わたしの理想とするような、
伝えようとする心で、丁寧に、美しく、いつわりなく、大切に、
「自分の考えを自分の言葉に置き換える」ことなんじゃないかって思えてしまうほど。
別に、分析みたいなことをするつもりはないんだけど、
この人は、自分で自分を上手に使うことができる人なのかなと、思う。
わかんないよ、実際に会ったことなんてないんだから。ぜんぶ私の一方的な解釈だよ。
でも、表に出てくる面だけを見てみれば、
この人の自己プロデュース力は群を抜いている、といっても過言じゃないはず。
あとはね、なによりも、「続ける」ことをしている。
「やめる」「諦める」そんな言葉を、この人は持とうとしない。
「続ける」ことは、想像以上に地味で、困難なことだけど、
確固として信じるられるもの、何十年何百年経っても揺るがないものがあれば、できる。
そういうことなんだと、思う。
でもね、信じられるものを見つけるなんて、なかなか難しいもの。
いや、実際は、いろんなところに転がっているんだろうけど、
それと「本当の意味で出会う」ことは、たぶん誰にでもできることじゃない。
うん、そうだね。きっと彼は、「出会って」しまったんだ。
それもうんと早くに。
そして、出会って以来ずーっと、背を向けることも、されることもなく、
今も、向き合い続けていて。
良い意味で、麻痺するみたいに、それが彼の生き方になったんだ。
何も間違ってない。むしろきっとこうなることは必然だった。
でも、それによってどれほどのものを犠牲にしてきただろう。
犠牲にすることすら、「意図的」の範囲に入れて、自分を統制して。
人一倍の努力、なんてもんじゃないんだろうな。
想像もできないや。
…なーんて。何様なんだ、わたし。笑
でも、本当にね、わたし、
この人と同じ時代に生きていることを、嬉しく思えるんだよ。
わたしの勝手な想いだよ。
何か特別人生が変わった訳じゃない。
けど、楽しい時間が増えたことは確かなんだよ。
そこにあるのは、「愛」だ。
この人が紡ぎ出す言葉を、物語を、想いを、
もっと、もっと、知りたい。
そんなことを、彼らの作品を見ながら、考えていました。