過ぎてしまった時間が、過去に戻ることがないみたいに。
離れてしまった気持ちも、戻ることはないんだと思う。


もしも戻したいのなら、相当の努力と忍耐が必要になる。

それだけの、覚悟があるのか。
そうするだけの、価値があることなのか。

ちゃんと、問わないといけない。何度も。何度も。

時間をかけて、そして考えた結果、それでも「よし、やろう!」と思えるのならば。
そうするべきなんだろう。そうしないと、後悔する。
思う存分、ぼろぼろになるまで、やってみたらいいんだと思うんだよ。

その先に得るものは、きっと大きな意味がある。



だけど。離れた気持ちを元に戻す、そのために時間を費やすくらいなら、
新たな何かに目を向けてみたほうがいいかもしれない、とも思う。

理由があって離れた気持ちなら、それは次へのきっかけのひとつでしょ。

もっと楽しいかもしれない。
見知らぬ価値観に出会えるかもしれない。

少しでも希望を見出せるのなら、そこに労力をかけたいと思う。






どっちも間違いじゃない。
ううん、そもそも間違いなんてものは。ないんだろう。
どちらを選んでも、精一杯考えて、生きる。
そうやって進んでいくしかない。





人生は選択の繰り返し。
どちらかを選んだら、どちらかを捨てることになる。


たぶん人って、選んだものを誇りに思うと同時に、
捨てたもの、選べなかったものへの、想いを馳せるんだろう。

なんだか歯がゆくもあり、切なくもあり。
そして、少し悲しい。

生きるってことが選択の繰り返しなら、
生きることと悲しいことは、いつも共にあるんだろうな。

愛しい気持ちと、苦しい気持ちが似てるみたいに。




本当に悲しみを理解していない人は、何かを選ぶことができないのかもしれない。



もしも「悲しい」が、束の間でも安らぎに変わるとしたら、
それはただ、何かを「祈る」ときだけだと思う。


祈ること、願うこと。

悲しみが生んだ行為ならば、これだけは消えないんだろう。