●従軍慰安婦問題の背景にあるもの一売春に対する罪意識が低い日本人
米ニューヨーク・タイムズ紙が戦時下の日本軍による従軍慰安婦問題で「安倍氏の恥ずべき欲求」として安倍内閣を糾弾した社説を掲載したことは記憶に新しい。安倍内閣が狙う村山談話と河野談話の見直しが国際社会から非難を浴びていることは言うまでもない。さらに「時代に相応しい新たな談話を発表する」として、被害者の感情を土足で踏みにじる政治姿勢には国民からも疑問の声が上がっている。従軍慰安婦問題をはじめとする一連の侵略戦争の正当化は改憲右翼政治へと暴走する安倍内閣の危険な流れの一つであると言える。しかし、その背景に売春に対する罪意識の低さがあることに私たち日本人は気づかなければならない。
売春に対する罪意識の低さ一それは少なくない日本人の思想に内在している。日本では江戸時代から公娼制度が存在し、東の吉原や西の新町をはじめとする「遊郭」が各地に点在し、そこには「遊女」がいて、毎日のように「遊客」が遊びにやってくる光景が繰り広げられた。「売春宿」があり「娼婦」がいて「女性を買いにくる」という言葉が最も当てはまるのだが、日本において売春は大人の「遊び」として歴史的に正当化されてきたという実情がある。さらに驚くべきことは、1956年に売春防止法が施行され50年以上が経過した今もなお、旧遊郭が姿や形を変えつつも公然と残されていることである。
なぜ売春は無くならなかったのか一それは、売春防止法が売春を取り締まることを目的としていないからである。売春防止法は「売春を助長する行為を処罰する」と定義しつつも、本来の目的は売春の被害に遭った女性を救済することにあるのだ。よって、双方の合意の上での売春行為は黙認されているのというのが現状だ。実際のところ、飛田新地(大阪市西成区)など、事実上の管理売春が行われている地域であっても、経営者が売春を建て前に営業せず、店で働く女性が売春の被害に遭ったと警察に救済を求めなければ、取り締まることは極めて難しい。金のために体を売る女性と金で女性を買う男性客という構図があれば、誰も通報などしない。そのため、売春防止法に違反したとして起訴される事例は非常に稀なのだ。もし法により売春が禁止されているのであれば、ソープランドやテレクラと言った類の営業は明確な売春の温床であり、存在すら禁じられているはずだ。また、AV(アダルトビデオ)やコンビニで売られる成人雑誌も広い意味では売春であり、人身売買そのものだと言える。しかしながら、日本においては無法にも公然と女性が売られてい
る。これは「女性の体を売り買いする」こと自体が人身売買であり、野蛮なこととされている欧米諸国の認識とはあまりにかけ離れていると言える。
合意の上での売春をよしとする特異な思想が日本人の中に根深くあるため、ことに従軍慰安婦問題においても、当然のように「強制連行はあったかどうか」ということが議論の対象になっている。しかし、これは国際社会では決して通用しない議論であり、軍や政府が直接的にせよ間接的にせよ管理売春という明確な人権侵害に関わっていたこと自体が大問題である。売春に対する罪意識とそれを排除する世論の高まりがなければ売春は決して無くなることはない。そして、日本人は女性の人権を蔑ろにし続け、安倍内閣は国際社会の前に恥として晒されるのである。