嫁と姑のバトル。
嫁:気っ風のいい女伊達の芸者、團七お梶(市川猿之助さん)
姑:金のためなら何でもする意地悪婆さん、義平次婆おとら(坂東竹三郎さん)
の戦いです。
團七お梶の恩義あるお侍、玉島家の家宝の刀を取り戻しましたが、
今度は玉島様本人の誘拐を企んでいたことが発覚。
しかも主犯は自分の姑の義平次婆おとらさんです。
奪還作戦。
誘拐なら駕篭に載っているちがいない。
それらしき駕篭を探して駆けずり回ります。
舞台は河岸。井戸もありますし、ぬかるんで地面に水たまり、
というか『夏祭』ではお馴染みの泥もあります。
一人の男と駕篭がやってきます。
そこに走ってきたのは團七お梶さん。
文楽劇場ですから本来、花道はないのですが、
この2日間の公演のためだけに客席も改造。
花道が設置されています。感謝、感謝です。
その特設花道を猿之助さん走ってきて、
舞台に上がる手前でピタリと止まります。
たむおの席はありがたいことに花道すぐ脇。
おおお、手を伸ばせば届く距離。
思わずガン見します。
化粧はどこまで白く塗っているのかしら、なんて見てしまうと、
耳たぶの後ろに赤い紅をべったりとつけていらっしゃいますね。
真下から見上げるようなこの角度だから気づくことができました。
何に使うのかな?
何に使うのかな?
駕篭かきさんに向かって、
「待ってくださいまし。待ってくださいまし。後生ですから。」
とお願いします。
ついてきた男が答えます。
「なんの用だ。」
「いや、私はこの駕篭の中のお方に用があるんでございます。」
「そんなこと知ったこっちゃない。」
「いや、そうおっしゃらずに、聞き分けてくださいませ。」
と、ここはあくまで平身低頭でお願いします。
「いったい何の用だい。」
駕篭からでてきたのは玉島さんではなく、義平次婆おとらさん(坂東竹三郎さん)でした。
あんたですか。まさにトランプのババ抜きでババを引いた気分。トホホ。
「何の用かと聞いているんじゃ。」
「お義母上、他でもございません。玉島さまはどこでございますか。」
「知らん。知っててもお前になんか教えてやるか。なんで金儲けの邪魔ばかりするんじゃ。」
お~い、お婆ちゃん、その金儲け、非合法ですから~。
「お義母上、金儲けということはやはり、かどわかし(誘拐)なのですね。」
「うるさいな。なんでお前は人の金を使うだけ使って、こっちの金儲けは邪魔するのか。」
『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』のパロディ作品の本作品ですが、人物関係が明らかに。
義平次婆の息子である團七さんとお梶さんが結婚してすぐに、團七さんはなくなってしまいます。
お梶さんは生活のために働こう、手に職をつけようとしますが、元手が無い。
芸者として生活できるようになるまで、おとら婆さんが支えていたわけでした。
しかし、金の亡者のおとらさんの性格を考えれば、
「血はつながっていなくても家族、困ったときはお互い様」
なんてことはなく、
「血がつながってようが、つながっていまいが、こっちが金出してやったんだ。
『倍返しだ!』と返しに来んかい、ボケ!」
という感じです。
「他人同然のおぬしに金を出してやったのは誰だと思ってるんだ。」
「もちろんお義母上でございます。」
「誰のお陰でこうして芸者ができるようになったと思ってるんだ。」
「それももちろんお義母上のおかげでございます。」
誘拐、身代金作戦で一攫千金と思っていますから、
邪魔をしようとする嫁は許しがたい。
「あんた、本当に人の嫌がることしかしないのう。たまには、ぱあっと儲け話の一つや二つ持って来れんのか。」
お梶さんにとって玉島様は義理のあるお方だ、
といってもおとら婆ちゃんには関係ありません。
何度頭を下げても、取り合おうともしません。
時間の無駄。この間に玉島様はどこに連れて行かれるのやら?
姑の性格をわかっていますから、お梶さんも姑を説得するのは、
理性でも感情でもないとわかっています。
そう、「そろばん勘定」しかありません。
「わかりました。義母上、じつは私ここに。」
そういうと母親の手をとって、自分の懐の包みを触らせます。
「私、三十両の金をここにもっております。これで、なんとか思いとどまっていただけませぬか。」
心の中でそろばんを弾きます。
三十両か、予定よりは少ないなぁ。
ただ、誘拐だったら、さっきの騙りみたいに失敗する可能性もあるし、
確実に三十両もらっとこか。
なんてことを考えた上で、
皆様、もう義平次婆おとらさんの性格はおわかりでしょう。
こう提案されたときのリアクションはどんなものだと思います?
「包みの上からではわからん。直接その金を見せろ。」
当たりましたか?
なんか『封印切』みたいな流れになりましたね。
「こんな往来の真ん中で廻りに人もいるというのに見せられませんよ。」
これにはおとら婆も納得、確かに取られたりしてはかなわない。
そう考えると、
「わかった。三十両で了見しよう。かどわかしは止めにしよう。」
そう言って、駕篭についてきた仲間に中止を連絡させに帰らせます。
「お前達、ちょっと向こうへ行っておいで。」
と駕篭かきの者も追いやります。
いよいよ二人っきりになりました。
「さて、じゃあ。」
「はい?」
「はい、じゃない。何をとぼけてるんじゃ。早く見せい。」
「はあ。」
「はやく、その包みの中の金を見せろと言ってるんじゃ。」
「………」
奪い取った包みからでてきたのは、石ころ。
お梶さん、誘拐を失敗に終わらせるため、仕方なしについた嘘でした。
許せないのは、金の亡者のお姑さん。
「親に嘘をついたな!この人でなし!」
自分の都合のいい時には親子という関係を持ち出し、
都合の悪いときには血はつながっていない、他人同然という関係を強調する、
本当に憎たらしい態度の竹三郎さん(もちろん、褒め言葉ですよ)の演技。
嫁からの三十両という儲け話もなくなり、
誘拐の身代金というという儲け話もなくなり、
頭に血がのぼった義平次婆おとら、
石ころを手に取り、これが小判だったらと思い、
お梶の眉間に打ち据えます。
「あいたーっ。あいたた。お前様。何てことをなさいます。」
思わず手をあてて抑えるお梶さんです。
猿之助さん手をあてるときに、そおっと小指を耳の後ろにもっていき、
赤い紅を指につけて眉間へ。
手を離すと眉間からたらりと血が。
血を見るとまた痛みが増すもの。
女の顔に傷を、しかも眉間は急所ですしね。
「お前さま、何をなさいます。」
「ぶった。叩いた。殴った。悪いか。ぶったら悪いか。叩いたら悪いか。」
竹バアハラスメントに亀のようにじっと耐える亀ちゃん。
汚い言葉で罵られ、身をかがめると手にしていた刀を掴んでしまいます。
「お、なんじゃ。斬ろうというのか、このわしを。
よいぞ、斬ってみろ、親殺しは人殺しの中でも重罪じゃ。」
挑発は続きます。
「わしの腕を斬るのか。」
と言いながら腕を出し、
「それとも脚から斬るか」
と言って今度は脚を出します。
「何をおっしゃいます。そのようなことは決していたしません。」
一瞬、気の迷いのようなものがあったかもしれませんが、
「舅(しゅうと)は親」、ではなく「姑(しゅうとめ)は親」です。
「なんで、私がそのようなことを出来ましょう。」
「斬りたいんじゃろ。はよう斬れ。どうした斬らんのか、斬りたいんじゃろ。」
義平次婆おとらさん、強引にお梶の手をとり、刀の柄の上へ重ねると、
鞘を抜いてしまいます。
「危のうございます。いくら冗談でもやっていいことと悪いことがありますぞ。」
姑に怪我をさせてはまずいと刀を手前に引いて離そうとします。
「なんじゃ、今度は親に向かって説教か。」
お梶さんが刀を引き寄せれば、おとら婆さんは反射的に刀を反対へ引いてしまいます。
「あっ。」
少し間があきます。
力では若いお梶さんのほうが上。
刀を取り戻して、おとら婆さんから距離をとります。
「ひっ、人殺し!」
「お義母上、何をお戯れをおっしゃる。」
「おっ、親殺しじゃ~。」
「やめてくださりませ、お義母上様。もうそれくらいにしてくださらないと私も。」
「親殺しじゃ、親殺しじゃあ~」
大声を出されて、ふと刀をみつめるとそこには血がべったり。
そう、先ほどの刀の取り合いのときにピンポイントで頸動脈に刀があたってしまいました。
こんなタイミングで、祭りのお囃子の音が聞こえます。
浪花ではなく江戸ですから、ワッショイワッショイ。
人がもうすぐやって来ます。
ただでさえ冷静にならなければいけないときなのに、
ワッショイワッショイの掛け声は、ますます判断を急がせます。
「親殺しじゃあ、助けてくれ~。ここに親殺しがおるぞ。」
おとら婆さんも騒ぎだします。
あわてて駆け寄り、とにかく口を抑えます。
「何をおっしゃいます。お戯れを。」
誰かに聞かれたかもしれません。
しかし振りほどいて、舞台下手へ。
「助けてくれ。人殺し~。」
ワッショイ、ワッショイ、
段々と声が大きくなってきます。
段々と声が大きくなってきます。
「やめてくださいませ。」
と近づきますが、その勢いでおとら婆さんは水たまり、
泥の中に倒れ込みます。
「ああ、お義母上さま。」
と近づくと、泥の中から義平次婆おとらの手が伸びて来て、
團七お梶の着物の裾を掴みます。
泥仕合(泥のかけ合い:「泥試合」は間違いです)というほどでは無かったです。
女形ですから、ビジュアル面重視ってことで。
泥仕合(泥のかけ合い:「泥試合」は間違いです)というほどでは無かったです。
女形ですから、ビジュアル面重視ってことで。
ワッショイ、ワッショイ、
もう迫ってきました。
もう迫ってきました。
限界に追い込まれたお梶さん、決断の時です。
口に手を当てなくても口止めはできる。
泥の中から引きずり出した姑、義平次婆おとらの上にまたがり、
持っていた刀を振り下ろします。
バッタリと附け(ツケ)が響くと、義平次婆おとらの脚がピクンと跳ね上がり、
次の附けで、ぐいっと刀をねじ込み、お梶の目線は足元の姑から前方に移されて見得が決まります。
「澤瀉屋~!」
実際には見えてないでしょうが、お梶さんが観ているのは、恩義ある玉島様。
自分に関することに執着はもはやありません。
自分はもうどうなっても構いません。
ただ、せっかくお家の宝の刀を取り戻すことができた玉島様が、
武家の者として身を立て直すのを確認するまで死ぬわけにはいかないのです。
姑の死体を隠し、井戸に血の付いた刀を放り込み、
ワッショイ、ワッショイ、目の前をお祭りの神輿が通り過ぎていきます。
ギリギリ間に合ったのか、それとも見つけられて怪しいと思われたか。
しかし、どちらにせよ、かどわかされた玉島様の安全を確保するしかありません。
舞台を上手から下手へ。
花道の手前へ移動します。
Beat it! Just beat it. 「逃げろ、逃げるしかない。」とマイケルジャクソンも唄ってました。
気風のよい江戸っ子の性根か、自分の身が滅びることにもあまり執着はありません。
ただ、お家の恩義に報いるためにここにとどまっているわけにいきません。
袂が濡れていては走りにくい。
両方の袂を水を絞って、いよいよです。





