年末から元日まで入院した時の医療費を払いに行った帰りに、多家神社(埃宮)に初めてお参りしてきた。

このお宮は初代天皇の神武天皇ゆかりの神社である。

 

 

 

 

以前、YouTubeで八咫烏の形をした御神籤が紹介されているのを観て、そこで興味を持ちお参りさせていただきたいと思っていた。

一昨日(2月1日)にもお参りさせていただこうと思っていたのだが、「え? ここ、車、入って良いの?」と不安になってしまい断念。

でもどうしても気になり、埃宮の駐車場の入り方をネットで調べ、今日、医療費を払いに行った帰りに寄らせていただいた。

 

埃宮に向け車を走らせていると、空を飛んでる烏がどんどん増えていき、埃宮の本殿がある敷地の駐車場に着き車を降りると、たくさんのカラスがカァ!カァ!と鳴きながら境内の周りを飛んでいた。

「カラスといえば神様の遣いだよな。これって歓迎してもらえてるんだろうか…」

手水で手と口を清め、賽銭箱に八咫烏御神籤の初穂料を入れ、御神籤を選んだ後そのまま二礼二拍手一礼でお参り。

その間もカラスがたくさん鳴いている。

拝殿・本殿の周りはぐるっと一周できる様になっているので回らせてもらう。

そして拝殿の表が近付いて来た頃、カラス達はどこかに飛んでいき、一気に静かになった。

 

拝殿・本殿を周回する迄は境内に僕しかいなかったのだが、一周して戻ってくると後から来た参拝者の方がいらっしゃった。

僕のみがいた時だけたくさんカラスが集まって鳴いていたのか。

尤も、「偶々だよ」と言われても、反論できる根拠は持ち合わせていない。

だがそれでも僕は「歓迎してもらえた」と思う事にした。

 

そしてこれが、ここで引かせてもらった八咫烏御神籤である。

(手がもう完全にお爺さんの手だと、この写真を見て改めて思い知るのだが😅)

 

運転免許の更新に行ってきた。

今年後半にやってしまった一時停止不履行の所為で、ゴールド免許がスカイブルー免許になってしまった…。

気が進まない外出に付き合わされた時に捕まり青切符を切られてしまったので、すごくモヤモヤしたのだが、いつまでもそんなことを言ったところで仕方がない。

 

20年ぐらい前から、免許の更新の時には白い上着を着て行ってそれを膝の上に置いて写真を撮ってもらっていた。

そうすると白い上着がレフ板の役割を果たして、免許センターで撮ってもらう写真が犯罪者の顔の様にならずに済むのだが、今日は茶色の上着を着て行った為、膝に置く用に白いタオルを持って行ってた。

 

だが撮影ブースに入ると、撮影用のライトが上部だけではなく下部にも追加されていた。

これだと影が強くなり過ぎず自然な写真が撮れると思うので、持参した白タオルさんはバッグの中で休んでもらった。

 

僕が免許を取った頃は5桁で増加傾向だった全国の交通事故死者数。

昨年は2,000人台中盤。

車が増えたからと諦めず、事故を減らす努力を関係各所が長年行ってきた成果だろう。

広島県内も、前回か前々回の免許更新の時は「アンダー100キャンペーン(交通事故死を100人未満に抑えよう)」が展開されていたが、今年は今日時点で58人。

58人の犠牲と、それ以上に遺族・関係者の悲しみが生まれてしまっているので減っていたとしてもゼロじゃない限り“喜ぶ”と言うのは違うと思うが、それでも5〜10年で半分程度になっているのは凄い事だと思う。

 

さてタイトルの「免許“写真”」から内容が少しだけズレてしまっていたが、免許写真の話に戻ろう。

 

1時間の通常講習が終わり出来上がった免許証が交付される。

自分の免許写真を見て最初に思ったのは「老けたな…」

まぁ、52歳のアラフィフと57歳のアラカン、歳をとって当たり前か。

歯を見せない程度で柔和な表情をしたつもりだったのだが…、知らない人がこの免許写真だけを見ると、第一印象で気難しそうに思われるのではないか、、、そんな写真になっていた。

認知症が進んだ母との同居(※介護サービスは利用しています)をする中で感じ続けているストレスが、顔にも出てしまっているのか…。

 

ただ、自分バカだが、「それでも割といい男に写ってるじゃない?」などと思ったのは、きっと自分に甘い所為である(^^;。

半世紀以上生きていると、若かった頃の様に何もせずとも元気でいられる状態ではなく、あちこちにガタが見えてくる。

身体の不調・不具合も出やすくなり、自分の体に対してタイトルの様に「もー、ポンコツだなぁ」と思う事も多くなる。

しかし、ポンコツになって、まるでつぎはぎだらけになった人形の様になっても自分の魂に付き合ってくれる身体のことを改めて考えると、ポンコツになりながら頑張ってくれるこの身体の事を「何て愛おしいんだろう」と思う。
魂と身体は運命共同体だから、身体の痛みや重さは、本体である魂にも直接届いて痛いな、重いな、と言うことはダイレクトに伝わってくる。
そんな状態で、魂からの命令に必死になってついてきてくれる自分の身体。

そんなこと書くとナルシストだとか何だとか言われかねないが、それでも、自分のやる事に付き合ってくれる身体を思うと愛おしくなる。

もー、ポンコツだなぁ☺️