そんなこんなで、
大学生活が始まりました。
運良く気の合う運動系サークルに入り、順調に友人もできました。
そうなると、大学近くの下宿生というのは帰宅難民の巣窟になってしまいます。
雰囲気、立地は良いのですが、決して広くない部屋に、
酔っ払いが4人も5人も来るのです。
私の部屋は持ち物も少なく、比較的きれいにしていたと思うのですが、
どう見てもキャパオーバーです。
その人数で、みんなで銭湯に行って、お酒とつまみを買って、酒盛りを…
エアコンはないので、部屋は開けっ放しで、
入りきらなかった友人は廊下で寝ています…
翌日はおかみさんが、友人を避けつつ、起こさないように廊下の掃除をしてます。
さすがに罰が悪く部屋で寝たふりをしてました。
学校に行って帰ってきたら、「昨日は楽しかったんですね」と明るく言われました。
今さらですが「お騒がせしてすみません」とお詫びしたのですが、
「全然構いませんよ。お友達が多くて何よりです」とのことでした。
そんなわけで、みんな気楽に泊まりに来て、溢れてましたが、
その後も怒られることはありませんでした。
毎月初、家賃に電気代を足した額が紙に書かれて、ドアに挟まってました。
母屋に支払いに行くと、お菓子をくれたり、時間があればコーヒーを飲んだり、食事を頂いたり。
当時でもそういうのが苦手な友人が多かったですが、
根っからの田舎者なので、
普通にお祖母ちゃんの家の子のように過ごしてました。
こちら旦那さんも優しい方で、
秋には「今日は月が綺麗ですよ。ビールでも飲みませんか?」と言われ
それは是非!と縁側に並んで月を眺めてビールを頂きました。
あまり飲まない旦那さんは、
おつまみまで出してくれて、たいそう喜んでくれました。
「電車に乗って、北鎌倉辺りで降りてのんびり歩くと、心が穏やかになりますよ」と言われました。
そんなものかなあ。と言われた通りに歩くと、
確かに山深くて、リスがいたり、山寺の奥から海が見えたりと、
田舎育ちの心を癒す濃い緑がありました。
その後も、時間ができると一人で行くようになりました。
奥様も旦那様も、子供扱いせずに、普通にお話をしてくれる
鷹揚さがありました。
卒業して引っ越す時は、何とも言えない寂しい気持ちでしたが、
「綺麗に使ってたわね。社会人でも頑張ってね。」と淡々と見送ってくれました。
以降、社会人になってからは年賀状の御挨拶だけになり、
「最近の学生さんはよく分からなくて」という一文があって、
その後、引っ越されたようでした。
結婚した後、妻と当時の家を見に行ったのですが、
家は売却されていて、代わりに小ぶりな可愛い家が3軒立ってました。
予想してましたがやっぱり寂しかったです
引き続き年賀状のやり取りはあったのですが、
昨年年賀状が帰ってきてしまい、
今年になってご夫婦の娘さんから、
ご夫婦が同じ年に亡くなったというお葉書を頂きました。
あらためて娘さん宛に、返ってきた年賀状を送り直して、丁寧なお返事を頂きました。
年を取ると、良いことも悪いことも消えていきますね。
大学生活が楽しかったのは、ご夫婦が日常の基盤を支えてくれていたからだと思います。
友人にも恵まれましたが、大人に見守られていた。
というのは私のような未熟な子供には大事なことでした。
おかげで普通に大きくなりました。心から有難うございました。
引き続き見守り下さい。