みんな慎ましく奥ゆかしい 僕の読者の方々は素敵な方ばっかりで 1日1000アクセス以上あるみたいなのに コメントがひとつかふたつです
あんまり多いと返事できないけど たまにはコメントで相手してね
皆さんいつも来てくれてありがとう
僕はいつでも元気です そしていつも皆さんの 健康と 笑顔を願っています

「 窓 辺 」
化粧を落として窓辺に
頬を照らし出す朝日は
私を励ましているかな
生きてきた意味さえも
貴方を待つ希望までも
私は見つけられないよ
ごらんきっと夢がある
ずっと二人で生きよう
同じ窓辺の貴方の言葉
遠い街の貴方への手紙
私は元気でいるからね
何も心配しないでいて
強がる文字は夢に似て
ペンは寂しく震えても
涙が私を励ましている
貴方の夢はかなうから
ここで私は待っている
そう貴方へ綴っていた
窓辺の光が眩しいほど
貴方を遠く感じた朝は
繋がる空に願いを放ち
貴方の夢はかなうから
ここで私は待っている
頬を濡らして祈ってた
自由詩人 松尾多聞

雪 ん 子 の 詩
歩いていくためには
この足跡のぶんだけ
地面があればいいけれど
恋をわかるためには
君の笑顔のぶんだけ
光が降りればいいけれど
この部屋の屋根にも
あの地平の果てにも
働く人たちの肩にも
雪ん子のほっぺにも
この雪はくまなく降るよ
歩いていくためには
恋をわかるためには
全部がみんなあればいい
自由詩人松尾多聞
自由詩人のエッセイ
演技に生きている本質
ポカーンと音がしてきます。たまにわたしの頭の中でする音なのですが、決まって何も考えていない状態の時に聞えてくるのです。
そんな時は、
「ああ!、無駄な時間を過ごしている。でもこんなのもいいなぁ。」
と感じます。そして、その後に仕事を始めると、随分はかどるから不思議です。
雪道を歩くと足跡が残ります。究極的な物理の話をすれば、「歩くこと」については「足跡」が残っている地面以外の面積は必要ありません。足跡の面積の地面があれば歩めるということなのですが味気ないですね。

大きな真っ白い海原を自由に闊歩してこそ心にふくらみと余裕を抱くことが出来ますね。無駄ではありません。
クラスで一番勉強できない子供がいました。担任の教師は考えを巡らせて、その子の良いところを見つけては大げさに褒めることにしました。
するとどうでしょう。その子供は時々考えこむことを覚え、勉強するようになりました。ついには国立大学に合格すると言う立派な結果を残しました。先生の努力は無駄ではなかったのです。この先生はわたしの父です。
わたしは20代で詩作に挑戦したことがあります。とても下手クソで嫌になりました。
「無駄な努力であった、無駄はやめよう!」
詩を書くことをやめてしまいました。しかし、その時に下手クソでも上手になるまで書き続けていようと心に決めていたなら、現在はもっとましな作品を創作できていたのかもしれません。

人生は大きな舞台です。そこにはキャストが配置されていて、母であり、仕事をする人であり、妻であり、女であり、悲しみ人であり、幸福の人であり、あるときは悪人や泥棒であります。
それは、自分がすべてを演じなければならない舞台。
遠く遥か険しい稽古がたくさんあることでしょう。しかし、どんなドラマにするか?誰を主人公に抜擢するか?決めかたがあるのです。
人生は演技である側面があるとわたしが感じるのは、努力という稽古があるからこそキャストが決まり演ずることが出きるということ。下手クソだから違うキャストを演じていたのでは俳優が少ない人生の舞台では素敵なドラマを演じることは出来ません。時間も限られているのです。

挨拶が苦手な人がいました。声も小さいし、ひと見知り。彼に悪気はなかったのです。ただ、苦手なだけ。
彼は挨拶を一所懸命することに決めました。最初は相手に聞えることがないような小声でした。しかし、その努力は無駄ではありません。ここで
「自分なりに一生懸命に声を出しても相手に伝わらないのであれば無駄。」
と断じてしまえば彼はいままでの彼と変わりはしません。彼は続けました。演技です。今までの自分ではないのです。
長い時間をかけて彼の努力は習慣となり、習慣は彼の本質となりました。
彼の回りはいつしか明るい雰囲気に変わり、仕事も順調に運ぶようになりました。あきらめないで演技を続けたからこそ、無駄ではありませんでした。
雪道も存在は無駄ではなかった。落第生も自分を考えていた時間は無駄ではない。挨拶の彼も人に聞こえなかった挨拶は、決して無駄ではなかった。
決して華やかでなくとも、観客が大入りではないかも知れなくとも努力の上に生きている稽古には、いつしか「納得」と言うスポットライトが照らしてくれます。自分で満足できる演出も可能になることでしょう。
自己の実現とはこんなところにヒントが隠されているような気がしてならない多聞です。
人生は素晴らしいドラマ。そんなふうに継続の舞台で、いつまでも素晴らしい演技を続けていくことが本来の人の幸福だとわたしは想います。
ポカーンという音がわたしは好きです。とても観念的な話しになりましたが、そんな風にわたしは、いつも生きていきたいと想います。

多聞 19歳学生
そんな時は、
「ああ!、無駄な時間を過ごしている。でもこんなのもいいなぁ。」
と感じます。そして、その後に仕事を始めると、随分はかどるから不思議です。
雪道を歩くと足跡が残ります。究極的な物理の話をすれば、「歩くこと」については「足跡」が残っている地面以外の面積は必要ありません。足跡の面積の地面があれば歩めるということなのですが味気ないですね。

大きな真っ白い海原を自由に闊歩してこそ心にふくらみと余裕を抱くことが出来ますね。無駄ではありません。
クラスで一番勉強できない子供がいました。担任の教師は考えを巡らせて、その子の良いところを見つけては大げさに褒めることにしました。
するとどうでしょう。その子供は時々考えこむことを覚え、勉強するようになりました。ついには国立大学に合格すると言う立派な結果を残しました。先生の努力は無駄ではなかったのです。この先生はわたしの父です。
わたしは20代で詩作に挑戦したことがあります。とても下手クソで嫌になりました。
「無駄な努力であった、無駄はやめよう!」
詩を書くことをやめてしまいました。しかし、その時に下手クソでも上手になるまで書き続けていようと心に決めていたなら、現在はもっとましな作品を創作できていたのかもしれません。

人生は大きな舞台です。そこにはキャストが配置されていて、母であり、仕事をする人であり、妻であり、女であり、悲しみ人であり、幸福の人であり、あるときは悪人や泥棒であります。
それは、自分がすべてを演じなければならない舞台。
遠く遥か険しい稽古がたくさんあることでしょう。しかし、どんなドラマにするか?誰を主人公に抜擢するか?決めかたがあるのです。
人生は演技である側面があるとわたしが感じるのは、努力という稽古があるからこそキャストが決まり演ずることが出きるということ。下手クソだから違うキャストを演じていたのでは俳優が少ない人生の舞台では素敵なドラマを演じることは出来ません。時間も限られているのです。

挨拶が苦手な人がいました。声も小さいし、ひと見知り。彼に悪気はなかったのです。ただ、苦手なだけ。
彼は挨拶を一所懸命することに決めました。最初は相手に聞えることがないような小声でした。しかし、その努力は無駄ではありません。ここで
「自分なりに一生懸命に声を出しても相手に伝わらないのであれば無駄。」
と断じてしまえば彼はいままでの彼と変わりはしません。彼は続けました。演技です。今までの自分ではないのです。
長い時間をかけて彼の努力は習慣となり、習慣は彼の本質となりました。
彼の回りはいつしか明るい雰囲気に変わり、仕事も順調に運ぶようになりました。あきらめないで演技を続けたからこそ、無駄ではありませんでした。
雪道も存在は無駄ではなかった。落第生も自分を考えていた時間は無駄ではない。挨拶の彼も人に聞こえなかった挨拶は、決して無駄ではなかった。
決して華やかでなくとも、観客が大入りではないかも知れなくとも努力の上に生きている稽古には、いつしか「納得」と言うスポットライトが照らしてくれます。自分で満足できる演出も可能になることでしょう。
自己の実現とはこんなところにヒントが隠されているような気がしてならない多聞です。
人生は素晴らしいドラマ。そんなふうに継続の舞台で、いつまでも素晴らしい演技を続けていくことが本来の人の幸福だとわたしは想います。
ポカーンという音がわたしは好きです。とても観念的な話しになりましたが、そんな風にわたしは、いつも生きていきたいと想います。

多聞 19歳学生
北海道シンガーソングライター 宍戸健さんと僕のコラボレーション
潮騒の詩(うた)
歌詞 松尾多聞
作曲 宍戸 健
海原を見つめながら
そっとあなたが呟いた
そうあれが潮騒の声
遠くへ視線を投げながら
なぜ そんなこと
この私に伝えてくるの
もう 会えなくて
あなたが消えてしまいそうで
涙あふれて・・
* Tell me why なぜ? 離れてゆくの
もう 会えなくなるの?
*Tell me why 私に教えて ねえ
ぬくもりだけ 抱きしめて
潮騒にまぎれて・・
WOO―愛の強さと 幼い不安
だけを残しては
Woo―影帽子 遠くなる
見えなくなる 離れなくなる・・
Promise you 約束した事
ずっと 忘れないで
You&I 今 二人だけの時間 (とき)
思い出 抱きしめて 潮騒にまぎれて・・
潮騒の詩(うた) ライブバージョン
渚のギタリスト
ギターを抱えて見た夢は
焚き火の炎と舞いあがり
銀色音符が星にかわった
思いを爪弾くアルペジオ
奏でるたびに光りを放つ
あの星は誰が歌ったのだろう
ひときわ悲しいカシオペアを
海に投げ出す願いの声は
季節が音符に染め上げる
いま染めあげる
北海道のシンガーソングライター
宍戸 健さんと私のコラボレーション7新作です 是非 YouTube でご覧くださいね
心の華(はな)
作詞 松尾多聞
作曲 宍戸 健
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宍戸さんてすごく優しくてダンディで物静かで そしてかっこいい人です 芸術家だから繊細なんです
ここでお願い
僕は彼の笑顔が観たい。 ここに掲載されている YouTube チャンネルは 宍戸さんのチャンネルです
曲名をクリックすると 宍戸さんのチャンネルに 飛ぶことができます お願い宍戸さんのチャンネル あなたも登録してくださいね
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