初心 忘るべからず
これは世阿弥の言葉です

人は弱くてもいい


だから愛を知り


この身を焦がすほど


強く生きられる



            多聞




秘すれば花なり。


秘せずは花なるべからず。


室町時代(今から600年ほど前)に生きた能楽師。世阿弥(ぜあみ)が残した芸道の書「風姿花伝」の一節である。彼は観客の喜びや感動を何よりも求め、その反応を「花」とした。


世阿弥は素晴らしい芸術家であり著作家であり、日本のルネッサンスを成し遂げた偉人である。頃はヨーロッパの中世後期。欧州では貴族以外は奴隷のような生活を余儀なくされた時代に、将軍と民衆が共に楽しむ芸術の舞台を創り上げたのだ。

ここで僕は断言する 日本人は 天皇を中心にした世界一 素晴らしい民族であるということ 文化に彩られた 人間性と 歴史にとらわれ彩られた 愛があるということ

そしてこの「風姿花伝」には彼の芸術の秘密と人生論がしたためられている。そう、それは素晴らしい文学であり、人間の根本を解き明かした極めて重要な哲学でもあった。だからこそ彼は、芸術の上とはいえ、世界で初めて「人間の平等」を具現することができたのではと、私は感じる。




私はこの哲学の書を読むにつけ、現代にその思想がとても大切であることを考える。だからこそこの書を「今」であり「生き方」として捉えて読んでいる。


世阿弥は観客の反応に命をかけた。そう、どこまでもこの「花」を求めたのである。しかし、観客もその反応も千差万別であることは想像に難くない。ならば彼はそれを見極め刹那に判断し、臨機応変に舞ったことだろう。


それは、とてつもなく困難で苦しいこと。大変な苦悩でもあることだろう。しかし、そのプロセスを明らかにしては「花」とはならないのである。

これは生きることに全く通じる。

人生には家庭も仕事も生活もある。たくさんの舞台があり、たくさんの演目が用意されている。その中であっても人は一人では生きていけない。そして人は「感動」や「自己実現」という「花」を求め生きる。ならば、人は人を想像し、社会を想像する愛にいつか目覚める。


恋人でも家族でもいいだろう。その「つながり」に「花」を求めるのは人間として当然といえるのではないだろうか。だからこそ相手を思いやり、一生懸命想像し、随意の知恵をもって共同するのだ。

しかし、ここで自分のエゴや感動を求めた想像ばかりを主張しては「つながり」という「感動」は広がることはないのである。




私は詩人である。そして私の人生のテーマは「つながり」


芸術はみな共通するのかもしれないが、詩を描くこととは

「鏡に向かって自分をどこまでも探し、掘り下げていくこと。」

であると感じる。そしてそれをつづけていくならば、本当の人間の姿であり、大きな心の塊である「つながり」が見えてくる。


そう、想像すること。創造すること。「秘」の存在を鏡に映し出すこと。それが自分を見つけることでもあるのだ。そして、人はいつか辿りつく。「私の存在が花である」ことを。


世阿弥は達人の境地を「離見の見」(りけんのけん)といった。


ただ生きていくのではなく、自分自身を離れたところから見つめる「もう一人」の自分。それを意識の中に確立すること。この第二の自己の存在が人間の余裕と知恵に昇華され、どのような状態や環境にも対応できる「人間力」を養うという。

エゴとは自己陶酔に他ならない。その落とし穴にハマると人間は「昇華」という幸福にたどりつくことはできない。すべてに「想像という愛」をめぐらせ、客観的に自分を見つめることを世阿弥は説いているのだ。

「目は前を向いて、心は後ろに置きなさい。」


私は、この言葉を見て驚いた。自分が行ってきた創作の姿勢そのものだったからである。そこにいること。その人になること。すべてとつながること。


エゴイズムという自己陶酔から離れ、想像という「愛」をはりめぐらせること。それが人生であり、幸福の原点であると感じていた。


世界で最初に、一番の偉業を成し遂げた男は詩人であり哲学者でもあった。


「初心わするべからず」    世阿弥


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能の大成者・世阿弥(ぜあみ)は、今でこそ高い評価を得ていますが、その著書である『十六部集』が発見されたのは明治16年(1883年)。それまでは、長い間、一般のみならず、能楽師の間でもほとんど忘れられていたのです。

世阿弥が書き記した珠玉のことばには、自らの芸と人の世に対して鋭い洞察が見てとれます。そして、それは時を超えて、現代に生きる我々の心をも打ち、社会を生き抜く知恵を授けてくれるのです。

波乱の生涯

世阿弥は、南北朝時代の1363年、大和四座の人気スターであった観阿弥の長男として生まれました。幼名を鬼夜叉、本名、元清といいます。


11歳の時、今熊野での演能で、父・観阿弥と供に獅子を舞ったことがきっかけとなり、世阿弥は一躍人気役者となります。この時、若き将軍義満に出会い、以後、世阿弥は、彼の寵童として、そば近くに召し使われることになりました。当時最高の文化人であった二条良基も世阿弥を贔屓にした一人で、「古今集」などの古典や連歌の知識を授けたといいます。


当時、新興芸術のためには、将軍や公家などのパトロンがとても重要な存在であり、将軍家の眼に留まることは、観阿弥・世阿弥親子にとっては、またとないチャンスでした。


「寵童」という身分について、自らも能を舞った白州正子は、その著書『世阿弥』の中で次のように述べています。

「男色は、当時珍しいことではなく、現代のような不健康なものでもなかったようだ。性的倒錯というよりは、主従・師弟間の愛情の煮詰まったかたちで、初々しい少年に女性的な美しさを求めるというよりは、若さと美の象徴として、男性の理想を求めたようである。僧侶の間では、仏道に入る機縁として、美しい稚児に観音の化身を見たという物語もある。」


「世阿弥は、将軍の寵愛におぼれるような人物ではなく、好奇心に富んだ利発な少年だった。書物の中でも、将軍への恩義は示しても、格別それを誇る様子はなく、無論甘えた根性などは見受けられない。」

世阿弥が20歳を少し過ぎた頃、父・観阿弥が旅興行先の駿河で亡くなります。以後、世阿弥は、名実ともに観世座のリーダーとなり、演出・主演を兼ねるシテ役者として一座を束ねていきます。演目でも、父のレパートリーなどの旧作を補綴、編曲するほか、数々の新作も手がけました。


順風満帆な人生を送る世阿弥を悩ませ続けていたのが、後継者問題でした。世阿弥にはなかなか子どもができなかったので、後継者として弟・観世四郎の子、後の音阿弥を養子に迎えました。彼は、この頃から自分の芸の伝承を考え、『風姿花伝』の執筆を開始したといわれています。これは、現在考えられているような純粋芸術論ではなく、自分の後継者たちが第一人者の地位を保ち続けるためにどうすればよいかを教える、いわばマニュアル本のような存在でした。


ところが、長年子どもができなかった世阿弥夫妻に、長男の十郎元雅、さらに七郎元能、金春禅竹(こんぱるぜんちく)の妻となる娘の3人の子どもが生まれます。一端、後継者と定めた四郎・音阿弥親子と実子・元雅の間で、世阿弥は苦悩しますが、応永25年(1418年)に全編が完結した『風姿花伝』は、実子元雅に相伝しています。

将軍・義満に愛された世阿弥でしたが、年月を経るにつれ、この関係も変わっていきました。義満は、晩年、世阿弥のライバルである能役者・犬王を寵愛し、「猿楽の第一人者は道阿弥(犬王)である」とランク付けしたのでした。しかし、義満が病気のため急死し、禅に通じた文化人義持が次の将軍となると、道阿弥に替わり田楽の増阿弥が寵愛を受けるようになります。


正長元年(1428年)、義持が死に、6代将軍義教が後継となります。将軍即位の盛大な猿楽公演で演者をつとめたのは、世阿弥ではなく養子・音阿弥でした。こうして音阿弥の時代が到来し、観世座は、主流の音阿弥派と、反主流の世阿弥・元雅派に分裂していきます。 この頃、将来に絶望した為か、次男の元能は、出家してしまいます。さらに2年後、長男・元雅も旅興行の伊勢で、30代前半の若さで客死してしまいます。


後継者・元雅を失った世阿弥の最後の心のよりどころは、娘婿の金春禅竹であったようです。最晩年の世阿弥は、芸論など自分が作り上げた「思想としての能」をこの禅竹に伝えました。


そんな中、世阿弥に更なる試練が訪れます。永享6年(1434年)、72歳の世阿弥は突然、都からの追放を言い渡され、佐渡に配流されます。ことの理由は、はっきりしていません。世阿弥が佐渡へ流されたことは禅竹に宛てた書状と佐渡紀行文「金島書」(きんとうしょ)の存在によりかろうじて解るだけで、公的記録に佐渡配流のことは一切記されていないのです。


その後、嘉吉元年(1441年)には、将軍義教が殺害され、義政が8代将軍となりますが、音阿弥のトップ・スターとしての地位は続きました。この音阿弥につながるのが、現在の観世家です。


世阿弥がいつどこで亡くなったのかは全く不明です。観世家の伝承では嘉吉3年(1443年)のこととされており、それによれば享年81歳であったことになります。おそらく佐渡で最期を迎えたのではないかと言われています。


THE 能ドットコムより
http://www.the-noh.com/jp/zeami/index.html

世阿弥の言葉、いくつ知ってる?
初心忘るべからず
-> 男時・女時
-> 時節感当
-> 衆人愛敬
-> 離見の見
-> 家、家にあらず。次ぐをもて家とす
-> 稽古は強かれ、情識はなかれ
-> 時に用ゆるをもて花と知るべし
-> 年々去来の花を忘るべからず
-> 秘すれば花
-> 住する所なきを、まず花と知るべし
-> よき劫の住して、悪き劫になる所を用心すべし

 


「つながり」


野を駈ける馬でさえ

ふるさとをかえりみる

立ち止まることを知る


あなたの瞳の向こう側

そこにある悲しみに

辿りつきたいと思う


流れる川と満天の光り

焚きつける温もりに

君よいま立ち止まって


なにも欲しがらない人

愛と悲しみを背負う肩

その身をいとわないで


愛はこの川のように流れ

いまここにある悲しみは

遠く未来へ辿りつく


あなたの頬をこの胸へ

瞳の向こうの悲しみを

僕の身体に流しこんで


森よ 川よ 炎よ

ここに命を与えて


静かにしずかに

立ち止まるつながりへ



 



私の友人 北海道シンガーソングライターの 宍戸健さん主催で 北海道中から素敵なアーティストが集合しますよ
涙あり笑いありのとても素晴らしい イベント に なると思います 是非お越しくださいね
YouTube の動画です 
新曲を聴いてくださいね

作曲 宍戸 健
作詞 松尾多聞

 「心銀河」

もし君がくじけても

泣いたって僕がいる

時間も距離も消して

きっとだきしめるよ


もし君が信じるなら

いつだって共にいる

僕の心で世界を創り

君を優しく迎えよう


もし君がくじけても

そう君が信じるなら


さあ ライブの開催です 素敵な仲間たちが 続々登場します
フライヤーの通り いつもお世話になっているシンガーソングライター 宍戸健さんを中心にライブを行います

爽やかな風 雄大な風景 6月の北海道は最高の季節を迎えます 是非 LCC の早期予約で 数千円で北海道に来てください
詳しくはまた通知いたしますね 是非皆さん見に来てください

素敵な仲間と創作って何よりも楽しいです
プ レ ア デ ス ~ 約 束 の 星 ~
作詞 松尾多聞 
作曲 宍戸健

人はどうして悲しくなると
一人で海に佇むのでしょう

ちっぽけな 私のいまを
いつも感じてしまうのに

私はどうして生まれてきたの
探すことさえもどかしい

風は時を止めたままに
空間だけを連れてゆく

ああ砂に書いた名前
波は刹那に消してゆくのに

会いたいよ
会えないよ

きっと貴方はあの星の中に
プレアデスの輝きに

空への道は月に照らされ
まっすぐ海に続いている

ちっぽけでくじけた人を
いまは静かに見守って

私はどうして生きていこう
祈ることさえもどかしい

夢を望むことだけが
いまと明日を創るのなら

ああ貴方の願いのままに
きっと私が守ってみせる

会いたいよ
会えないよ

きっと貴方はあの星の中に
プレアデスの輝きに


潮騒のうた
歌詞 松尾多聞 作曲 宍戸健

海原を見つめながら
そっとあなたが呟いた

そうあれが潮騒の声
遠くへ視線を投げながら

なぜ そんなこと
この私に伝えてくるの

もう 会えなくて
あなたが消えてしまいそうで 涙あふれて・・

* Tell me why なぜ? 離れてゆくの もう
 会えなくなるの?

*Tell me why 私に教えて ねえ
 ぬくもりだけ 抱きしめて

 潮騒にまぎれて・・

WOO―愛の強さと
幼い不安 だけを残しては
Woo―影帽子 遠くなる 見えなくなる
離れなくなる・・

Promise you 約束した事 ずっと 忘れないで
You&I 今 二人だけの 時間 (とき)
思い出 抱きしめて

潮騒にまぎれて・・


挽歌
詩 松尾多聞 
曲 宍戸 健

やがて花は咲き誇り
人は春に身をやつす
満たされし大地の血液よ
彼の戦場に春を伝えてよ

嗚呼 苦しみに生きる人
別離と病の友人よ
めぐる夢は遠くかすみ
足音だけを残してゆく

嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ

叫びはいつか風となり
届き我が呼吸となる
遠く離れし大地にも
伝わり響いてくるよ

嗚呼 苦しみに生きる人
春詩は必ず流れ来る
めぐる夢は風に乗り
いま世界にこだまする

嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ

いさかいに挽歌を歌うその声は
母なる地球に響き渡る

嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ

嗚呼 力なき幼子たちよ
走りゆく母の手に母の胸にあれ

やがて花は咲き誇り
人は 夢に 身をやつす


心 月 の 夜

作詞 松尾多聞・作曲 宍戸健

白い吐息を丸め浮かべた
きっと雲は晴れるから
月が隠れて寂しい夜に
白抜きの言葉 放つ人

思いは光を丸くして
人の心に染まり浮かぶ

いつも通う雲だけれど
必ず晴れるそのあいだ

私が小さな月になる
見上げる人が笑うよう
寂しい君を照らすよう

白い吐息をこの空へ
伝えることができるよう

人はみんながひとつだと

思いがあなたへ届くよう・・ 

ラララ・・

思いが あなたへ 届くよう


心のいずみ 
作詞 松尾多聞 
作曲 宍戸健

君はやさしい歌唄い
うたう意味を探しながら
ほぅら見てごらんオーディエンスは
君の歌にしあわせ 探してる

どんな人生を歩いてきたかな
いま君に 自分を重ねてるね
君が奏でだす 歌は
動かなかった 山も動かすだろう

力の限りに 今溢れだすよ 
心のいずみ

君はやさしい歌唄いさ
うたう意味を探しながら
ほぅら見てごらんオーディエンスは
君の歌に しあわせ 探してる

君はやさしい歌唄いさ
うたう意味を探しながら
ほぅら見てごらんよオーディエンスは

君の歌に しあわせ探してる


美瑛町白ひげの滝

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