多聞の朗読エッセイ「人が生まれてくる意味」
http://twitcasting.tv/tamon4040/movie/105195888
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
by 福澤諭吉
アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者・キング牧師は暗殺の前日に「私は約束の地を確かにみた」と民衆に語りかけました。
これまで、偉業を残した人生の大先輩たちは「自分が辿り着いた場所」を、その真実を言葉として残し、後年に生きる私たちの人生の羅針盤として残してくれました。人生の幸福とはなにか。それは人間性に於ける「境地」であり、愛に満ちるまでの道順です。
そこで、自由詩人が真剣に、また面白く有名な「人生訓」の中から「幸福になる」ものを選んでみましたよ。貴方の心にも浸透して素敵な人生が拓かれますように。
「あなたが生まれてきたとき、あなたは泣いていて、あなたの周りの人々は笑っていたでしょう。だから、そんなあなたが死ぬ時は、周りが泣いてあなたが笑っている。そんな人生を送りなさい。」
by インディアンの言葉
この今の世界には確実なことなど、探すほうが難しいけれど、何も持たずに生まれ、何も持たずに死んでゆくのは人間が持つ確実な人生。しかし、笑顔だけは残る。
テレパシーを使い、宇宙と繋がり神々を友とした彼らの心は「今」ではなく永遠を生きていた。そんな雄大な心が伝わってきますね。
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである。」
by アルバート・アインシュタイン
私が受けた教育は正しくもあり、間違ってもいました。勝者の歴史のみを教わり、欧米の優雅だけを見つめ育ってきました。
でも、敗者と貧困と戦争の事実は隠されたままです。都合ばかりの教育は偏見以上の悪に他ならない。なぜなら人間を愛から遠ざけるからなんだ。
経済を元にする考えよりも、心をひとつにして、愛を語れる教育こそが大切だよ。そのためには、大人が率先して戦争をやめ、愛を分け合う世界を実現しないといけないね。
「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道なし。踏み出せばその一歩が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ。」
by アントニオ猪木
高村光太郎の名作「道程」を思わせる一説ですね。人は願い祈ります。しかし、それが行動となるその「一歩」とはいかに重要で、いかに勇気を要するものか。そう、考えることよりもまず、一歩を。そしてそれが続く道となり、未来を築き上げることでしょう。
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
by 高杉晋作
粋でいなせな天才!奇兵隊という武士以外の軍をつくり(当時では考えられないこと)そして幕府を倒す原動力となった日本の革命児。20代で結核に倒れた彼の辞世には、不可能を可能にした素晴らしい志が滲んでいます。
「世の中の人は、何とも言わば言え。我が成すことは我のみが知る。」
by 坂本竜馬
高杉と同じ幕末に生きた英雄。彼の構想のように明治はやってきた。しかし、幕末に彼の考えを理解できた人はいただろうか。夢は偉大なもの。そして実現されるもの。そしてそのリアリティーとは孤高なもの。彼は現代の私達にそれを証明し、未来を見つめさせてくれるんだ。
「人生は自分がつくるもの。遅いということはない。」
by カーネル・サンダース
私は今日うまれた。そしてその感謝こそが大切であり、そこに後悔や倦怠がない。夢は観なければ叶わないもの。だから人生は楽しく、夢にあふれたものにしなければいけない。そんな声が聞こえてくるようですね。
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「私は知らないと言うことを、知っている。」
これは、今から2400年ほど前に生きた(紀元前470-399)ギリシャの哲学者「ソクラテス」の言葉です。
神殿が立ち並ぶアテネイの街にいつも独り、悩み苦悩の表情で感慨を馳せる姿は、いつか市民の間で有名になり、彼に伺いを立てる人もいたに違いありません。
しかし、彼は、己が信じることをトツトツと語るだけの存在でした。彼の思想は人間の鎖心により作られる「迷い」に閉鎖されてしまっている、「本来の機能」を取り返すための苦悩により生成されたものだと、私は考えています。
ソクラテスが39才の時に、彼の友達の一人がアポロンの神殿に行って「ソクラテスより賢い男がいるか」とお伺いをたてたところ、これに対して巫女が、「ソクラテスより偉い男は誰もいない」という神託を伝えたのだそうです。
ソクラテスは、神託の意味は一体何だろうか?と有名な政治家や軍人、詩人などを訪ね彼らと問答を繰り返しました。
そう、実際に自分より賢い人を発見して、その神託を覆そうと試みたのです。それは彼自身の孤独を打ち破ろうとの悲壮な願いでもあったのかもしれません。
ところが、これらの人びとは、自分では智恵があると思っていながら、
「もっとも大切なことについて何も知らない」ということをソクラテスは発見してしまうのです。
「人は、立場や欲求により、一番大切な人間としての本源的機能を忘却してしまっている。」
それは、彼らは自分に属するもの(財産、名誉等)は知っているが、最も大切なこと、すなわち『自分の魂の善さ』については何も知らないということが解ったのです。
彼らは、それを知らないにもかかわらず、自分では知っているつもりになっている。ソクラテスには、まるで道化のように見えたのではないでしょうか?そして、その現実は、彼を益々孤独へといざない、苦悩せしめたことでしょう。
「私は、もっとも大切なことを知らないということを知っている」
無知の知という点で、彼らよりもソクラテスの方がより賢いという神託は正しく、「無知の知」を知ることは、人が幸福に近づくためには、もっとも重要であり、また、それを手にすることは、とても勇気を必要とする。と、ソクラテスは考えたに違いないと、私は思うのです。
世界も、国も、個人も、いまや対話を忘れ去っています。対話の人、ソクラテスが知ったら、なんと嘆くことでしょう。
特に日本の若者たちは「無関心」を「無責任」だと知らずに、「知らないこと」を自慢したり、自分が「知らない」ことを行っている人がいると馬鹿にまでします。東洋では、これを「憎上慢」といい。国や個人の破滅を導く原因であると指摘する思想がたくさんあります。
劣っていること、愚かなこと。
自分が、ある一定の部分で、そんなところがあるのは、人間であれば当たり前の話ですが、自分が自分と向き合い、正面から認めるのは、想像を絶する勇気と、
志を傍らにした勉学が必要です。これを知らなければ、あなたもアテネイの道化であるとソクラテスに叱られるかもしれません。
ソクラテス [Sokrates]
(前470-前399) ギリシャの哲学者。アテナイで活動。
また、保守的な形を重んじた当時の音楽に新たな形式や楽器の導入を行なったことで有名です。
彼は11歳の時から酒乱の父に代わり両親と、二人の弟の家計を背負いました。激情的な性格でしたが音楽はショパンにも認められ、才があったのです。
後にウィーンに出ても才は認められるのですが、人間関係がダメなのです。貧困は増長していきました。生涯に70回も引越しをしました。
熱き恋もしました。彼は「同じ人間に生まれてどうして貴族が良い生活で身分も違うのだ」と、心から思っていました。
しかし、自分が恋した女性は貴族の子女で、身分の違いにより恋は実らないのです。「エリーゼのために」は、社会に反脱し、恋を貫こうとした彼の切ない胸の内が叫びのように聞えてくる曲です。
フランス革命が起きました。当時の音楽家は格式を重んじて保守的です。そして貴族のためにしか楽曲を書きませんでした。フランスの一兵卒「ナポレオン」が、民衆とともに戦う姿に感動した彼は、「英雄」を創作しました。民衆のためにはじめて作られたのです。
しかし、後のナポレオンが皇帝になったと聞いて、彼の夢はまた、打ち砕かれて行くのです。
そしてその時にはもう、彼の耳は聞えなくなっていました。限られた人としか会わず演奏会も行ないませんでした。彼に恐ろしい暗黒が訪れました。 人間関係
の悩み、貧困、世話をした親族との諍い、恋人との許されぬ恋の破局、夢の崩壊、そして音楽家の命である聴力の失効・・・彼は31歳で遺書を書きました。
死にたいといいました。
苦しみ、もがいたのです。幼少の時から、アルコール依存症の父に苦しめられ、一生懸命に働き、誰からも認められない・・・
しかし、遺書を書いて自分を見つめて、彼は、はっきりと変わったのです。
何千人も貴族はいるが、ベートーベンは一人なのだ!
もう、耳が聞えないことを隠すのはよそう!私はわたしなのだ!私は、はだかになって私でいよう!私に残されたものは音楽だけなのだ!
彼は、自分の出来る唯一のことに、没頭していきました。「交響曲第五・運命」は、あまりにも有名です。その頃に彼が作りました。
指揮者が彼に聞きました。「この楽曲は、どのようにして表現しましょうか?」
彼は答えました。「私の運命が、ドアーを叩いているように・・・・」
彼は、彼であることを決めました!音楽にすべてを託したのです。その後、はじめて、各地の貴族に認められて、耳の聞えない指揮をとったのは有名です。
貧困のボロボロの指揮者でした。楽曲は「交響曲第九、喜びの歌・合唱つき」楽曲が終わった後、彼は演奏者達の戸惑った表情を目の当たりにして「分かって貰えなかった・・・」と、立ち尽くしていました。演奏者の一人が耳の聞えない彼に近づいて、後ろを見るように促しました。
それまではなかったこと、観客が立ちあがって拍手をしていました。
観客の目には涙が光って輝いていました。彼はヨロヨロと歩き、音は聞えないけれど、みんなのあり様に体を震わせて泣き尽くしていました。拍手はいつまでも、消えることはありませんでした。
こんなに不幸な人を私は見たことがありません。しかし、苦悩の末に苦悩を昇華させた彼は,世界の人々の心に響き続ける音楽を数多く輩出しました。 あの、コンサートの日記には次のようにしたためられていました。
「苦悩を乗り越えて、歓喜に至れ」と
57歳、ウィーンで行なわれた葬送を数万人の市民が見送りました。
(ベートーベン:Ludwig van Beethoven: 1770~1827)
「薔薇は他の薔薇を参考にしない。」
ゲーテ(1749-1832) ドイツの詩人・作家。「若きウェルテルの悩み」などでも有名な思想家でもあります。
ゲーテはすごい人でした。
と、私が想うのは、その戯曲「ファウスト」の中で、幸福になる方法を簡単に解き明かしてしまったことです。

教師と弟子がいました。弟子が尋ねます。
「先生!どうすれば幸福になれることでしょう?」
教師が窓の外に広がるバラ園を指差し逆に質問します。
「窓の外の薔薇たちを御覧なさい、どの薔薇が一番うつくしいだろう。」
弟子は悩みあぐねて答えました。
「先生、どの薔薇もそれぞれに美しく咲き誇り、私には選ぶことは出来ません。」
教師は諭すように、やっと答えてくれます。
「そう。薔薇は他の薔薇を参考にしないのです。」
そして続けます。
「薔薇は与えられた命を、ただ一生懸命に生きているのです。他を気にすることなく、自分の命を花開かせているのです。」と。

BGM↓クリック
http://homepage2.nifty.com/sapporo7king/star01.mp3
「幸いの道」
歩き疲れても
道はまだ続く
空を見上げると
星たちがいざなう
命を燃やすなら
あるがままでいて
花のよう星のよう
美しい貴方でいて
ある日止まっても
幸福は待っている
息を詰めながら
いつも自分を感じて
耳をかたむけて
世界の旋律を聴いて
優しくなれるなら
それが君の道しるべ
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