雪はふるさとの贈り物


本州の人があらがうような気持ちを


札幌の僕らはもってはいないんだよ。


雪がふるからふるさとは美しく輝くんだ


雪が積もるから星が透き通るように美しい


雪があるからこの街ができて人は優しくなった。


そんなふうに考えることができるから札幌はね


国際都市になれたんだと僕は心から信じているんだよ。


そうでしょ


住んでいる人々が嫌いな街に


いったい誰が世界から何百万人も遊びに来ることだろうね。


有名な観光地だから。


いいや、違うよ


そんな街にしたのは住んでいる人の心なんだ。



ゴミとは貴方があらがい、いらなくなったもののこと。


でも、それを欲しいと思う人がいればそれは資源にかわる


街だって


雪だって


資源だって


そして


自分だって


同じだよ


札幌をみてください


全てが必要で大切で


だから輝いている誰でもが訪れたい街になったんだ


この世界に無駄なものなどないのなら


それはあなたであり


そして世界中の全てがそうなんだね。


だから雪のふるさとを僕は


何よりも愛しているんだ。



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「 雪 心 」



凍てつく夜に佇んで

約束さえも交わさずに

想い出抱いて待つ人よ


夜空が霞む街の灯に

愛しき人を映しては

火照いる頬を傾けて


早く帰ればいいものを

白く染まれと雪は降る



居所さえも知らないで

約束さえも裏切って

遠くに行ったあの人は


どこかの街のともしびを

白き吐息で霞めては

歎くいとまも無いという


早く帰ればいいものを

白く染まれと雪は降る



異郷の土地とまごうよう

雪よ足跡消しとくれ

雪よこの街消しとくれ


どこかともなくあの人が

いつかこの街通っても

故郷だとは知れぬよう


早く帰ればいいものを

白く染まれと雪は降る





松尾多聞




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寂 夜 白 雪


雪が降ってきた
音もたてずに降ってきた

白く白く舞い降りる

喧騒ゆがむ街中を
君の中の悲しみを
振り出しに戻すため


雪が降ってきた
夜の光りと降ってきた

白く白くかえるため

夕べの出来事を
悲しいわかれを
飾ってしまうように


雪は舞い降りる
あまたのことを染め上げる

白く白く降り積もる

愚かな愚かな僕を
汚れてしまった人達を
もう一度を知らしめて


雪はやむことだろう
かりそめの世界を作った後に

白く白く残ることだろう

歩き出す人達がいるから
踏みしめられるために
いつかとけゆくまで





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190万都市札幌では毎年2月になると、国際フェスティバル「さっぽろ雪まつり」 が始動します。200万人の人々が世界から集い、雪と寒さを楽しむのです。


僕は以前に海外からの観光の人が、大雪像の前にたたずんで感極まり泣いている姿を見た事があります。それはあまりにも壮大で美しく。雪であるからこそのものだと感じています。




しかし、札幌のこのまつりは、どうしてはじまったのか?知る人は少ないでしょう。

そもそも、「祭り」とは「奉る」と同意義であり、「献上する。さしあげる」とか、「物を届けたり、贈ったりする」ことでもありました。

嬉しいことがあると物を贈る。収穫があるとその一部を神に献上する。そのような意義が含まれていました。

本州では古くから収穫祭としての「祭り」は盛んで、例えば収穫を終えた村人は大麻を刈り取り集め、広場で燃やし、その明かりと煙の周りを踊り、幻想的な祭りを行いました。それが今の盆踊りの発祥とも言われています。

奉る物は「喜び」であり、「幸福」であり、「収穫」であり、「共同」でありました。

それは人生の、あるいは生活の「くぎり」でもあり、その燃え上がるような躍動に「生まれ変わる」あるいは「未来を迎える」願いが込められていたに違いないと僕は感じるのです。

終戦を迎えた昭和20年代。中央からほど遠い札幌の人々は飢えと寒さに苦しんでいました。何もないのです。ほぼ自給自足の生活は、ボロをまとい、バラックに住み、生きることさえも危ぶまれる状態だったでしょう。

収穫も奉るほど無く。喜びも遠く。人々にすがるものがあるとすれば、それはきっと、「希望」や「夢」ばかりだったと感じます。




しかし、さっぽろの人々は夢を拾いました。憎い雪。収穫を奪い、命さえも脅かすその「雪」を奉ったのです。

予算なんかありませんでした。雪像を創ったのは若者たちでした。

「この雪が札幌なんだ。」

「この雪と生活しよう。」

「雪を手に生まれ変わろう!」


昭和25年。若者たちが作ったささやかな奉りごとに、当時では考えることのできない「5万人」の人々が徒歩や馬橇で駆けつけました。

「北海道で生きて行こう!」

「この地で幸福になろう!」

「雪を克服していこうよ!」


あまりのことに、主催者は一部のイベントを中止するほどの盛況を見せていました。

まつり。奉る。生まれ変わる。未来を見つめる。当時、札幌の未だみすぼらしい人々は雪に目覚め「雪」を奉りました。それは遠い未来を決定してくれる「限りない夢」だったのです。




今年も僕はオーストラリアから来た人々に声をかけられました。

「貴方たちは素晴らしい街に住んでいますね。ここは人間の街ですね。そのパワーは神聖で私達を魅了するのです。」と。

人は刹那に生まれ変わります。この人生にも何度でも。人が街に住むのなら、街は人により栄え、人は街により再び栄えます。

札幌を見てください!札幌は「日本人が住みたい街NO1」になりました。

生まれ変わることにのみに発展を繰り返す心の街。そして世界がいま、札幌に憧れる時代が到来しました。


おじいさま


おばあさま


この街へ


愛を貫くために駆け落ちしてきたアナタ達へ


家柄が許さずすべてを捨ててこの街へ来たアナタ達へ


何ももたず兵庫県から来た若いふたりの南国育ちの苦労はどうだったでしょうか。


雪に草鞋を履いた冷たさはどうだったでしょうか。


二十のおばあさまが経験した雪は決して美しくはなかったのではないでしょうか。


僕は泣きながら描いた今日の日記を心からの感謝をこめてアナタ達へ贈ります。


ありがとう。おばあさま。あなたの名前は僕たちの希望の「春」というのですね。


ここを僕のふるさとにしてくれたね。ありがとうございます。






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「想い出が積もる街」


ふるさと札幌は遠い街
風が行き交う白い街
人が落とした想い出が
とても優しく積もる街

一人きりでもかまわない

心が悲しく痛んだら
いってご覧よあの街へ
涙が小さく消える街

風に心をなびかせて

暮れゆく街を覗いてごらん

ふるさと札幌は僕の街

夢が行き交う光りの街
心を覆う寂しさを
とても優しく包む街

思い出してもかまわない

貴方は貴方でいるように
歩いて生きたいあの街を
たたずむ人を照らす街

いまマフラーをなびかせて

自分を見つけてみてごらん
通りすぎたもののなか
笑顔は再びよみがえる

ふるさと札幌は遠い街

風が行き交う白い街
人が落とした想い出が
とても優しく積もる街




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