今日の札幌、丘の上で幻想を見てきたつもり。即興で詩を書きました。

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「風の中の少女」



梳くように触れる風
君の毛がなびきたつ

太陽を向こうに光る
絹のふれあいの人よ

僕はただたたずんで
みとれるばかりだよ

後れ毛をみせつけて
振り向いた風のなか

僕はもうまわり込み
陽を背に立っていた





TAMON/梳く(すく)




自由詩人!松尾多聞のブログ


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●今日のエッセイ●




あたりまえのことを悩んでいた。しかし真剣だった。

「どうして人は人を好きになるの?」
「人を好きになるとどうして苦しいの?」



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多聞少年が10歳のときだったと思う。「愛と恋はどこが違うの?」小学生の私は友達と真剣に論議したことを憶えているが、答えなど見つかるはずもなく、それから考え続けることとなった。

とても、人に言えるような境遇ではなかった少年は、そればかりを考えていたし、その答えを探し続けた。

恋愛詩集「恋詩織」というサイトを私が立ち揚げた理由も、今思えばそれを探したかったのだと感じる。

「恋愛」恋と愛。なんて素敵な言葉だろう。口語の響きや文字の形。そして意味することを考えるとワクワクしてくる自分がいた。

「亦」と「心」を合わせたならば「恋」という字が出来上がる。

「亦」とは何度も同じことを繰り返すとの意。そう、恋とは心を何度も重ねて想い焦がれる感情。この文字は誰が考えたのだろうと感心してしまう。あまりにも素晴らしい造りなのだ。

そして、愛について考えた。

愛とは概念的に捉えられるとこが多い。数々の宗教の愛。民族が知る愛。個個的な愛。儀式としての婚姻愛。こだわり、執着、怒り、歓喜、悲しみ。

そう、「愛」の概念はあまりにも広義でいて、曖昧でもある。

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それでは、愛はどうしたら説明できることだろう。宗教を行っている人なら簡単に説明してしまう人がいるかもしれない。しかし、それは広義ではなく「部分的傾向」なのかもしれないと私は感じてしまう。

なぜなら、愛とは概念ではなく観念であると私は感じるからだ。それは、必要であると感じる人生の中で、一期一会に感ずる心。

私は人間の持つ観念を、心から信じているし、その可能性は無限であり限りなく広がり行く生命の代名詞だと捉えている。

時々刻々と変化する私たちの身体。それと同じく留まることのない環境。生命とは変化を続ける心と同化したものだ。

だからこそ「愛」とは、随時に生まれる知恵でなければならない。時と場所と機会と人々の考えと。それに合致してはじめて無限の力を発揮させることができる、人間が持ち生まれてきた根本的で最高の力だと感じる。

恋にも愛にも文字の中に「心」が含まれる。しかれば「心とは?」となるのは必然だ。


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「心」とは創造であり想像。人間が持つ創造とは、私たちが根本的に持ち合わせる想像とは、言葉では表しきれないが、一番近い言葉は「夢」なのかもしれない。

かのソクラテス は毒ニンジンの苦杯を飲み下して処刑された。彼は「知らないことを知っている」といった。(私のエッセイ「ソクラテスの苦悩」はここ
「それでも地球は動いている」と唱えたガリレオ は失明した投獄にさらされた。
しかし、想いを重ね、真実を信じた彼らは、命を脅かした相手を心から憎んでいたとは私には思えないのだ。


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「いつか、私たちの考えが普遍になる日が、必ず来る。そのために私は犠牲になろう。」と。

これは決して恋ではないだろう。博愛と言ってしまえばおも痒いほどの「想像」であり「創造」なのだ。だからこそ愛とは人間を信じきる勇気という「確信」であると私は断言したいのだ。

恋に苦しむ人がいる。愛に悩む人々がいる。

だからこそ人間なのだと感動する。愛と恋との境界線は私にはいまだ見つけることができない。だからこそ「恋愛」の二文字にこそ憧れ考え続けていたい。

恋の苦しみや喜びは?愛のそれは?個々が持ち合わせるヒューマニズム でその先が決定されるはずであり、その考えは刻々と進化するからこそ人間。「夢」とは観なければ実現できない創造なのだ。

そして、恋愛論とは生命論に他ならないと私は知った。

人は生きている「その時にも進化する。世代が変わる前から。」ダーウィン の言葉だ。

生きながら「夢を思い、ヒューマニズムを求めること。」それは種族として、地球人としてすべてを進化させる精神のマテリアであると私は信じている。

きっとそれは、先人が歩んできた道程であること。苦難の道であること。しかし、それは歩まなければ自覚できない歓喜であると私は信じている。

だからこそ「恋愛」とは、私たちが離れてはいけない素晴らしいものだと思うのだ。だからこそ私は探し続けていたい。



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ってなことを、この青い椅子で考えては釣りをしている私です。この素晴らしいアウトドアの世界が私を日々成長させてくれる実感があったりするんですよ。

●今日の俳句作品●

恋愛を重ねて君は吾亦紅


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【ワレモコウ(吾木香、吾亦紅)】  Sanguisorba officinalis/バラ科/多年草
 「吾亦紅」説は赤いのに目立たない小花が「ワレモコウ(紅)なり」と唱えていると見立てた名前。分布・生育地:日本全土。山や野原、丘陵地など。草丈:50~100cm。
花期:7~10月。花径:3~4mm(蕚片)。多数の蕚片がだんご状につく。上から下へと咲いていく

 花言葉・・・変化



ニセコ~岩内 パノラマライン 谷に見下ろす虹
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