どん!応援してくださいね。
多聞はいま何位でしょうか。
やった!↑今日もみなさんのおかげです。
ありがとう。涙
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人間には5感(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識)が備わっています。
仏法の世界では、その上の感覚を「意識」とします。これは5識を統合し、感じる心を創ります。その上の6感を統合して肉体と真体を左右する心を「マナ識」 といい、ココまでは人は感じることができますが、その上の「アラヤ識」にいたっては過去からの記憶や経験をしまっている倉庫であり、しかも人類や生命が共 有して進化の根拠としているのです。僕が尊敬する偉人・ユングはこれを「集合的無意識」として、その上の世界への研究に身を捧げました。預言者は自身でここまでアクセスできますね。
※参照:創作の鼓動
この考えは「空」(世界を創るもの:意識・現象・反応・表象・リアリティ等)により「色」(この物質世界)が創造されていると天台大使(チギ)は発見して いて、その上の潜在意識が「アマラ識」として宇宙生命の根本であると説いています。これは愛であり創造神のことですね。しかも、その全てが人間に備わって いるると釈迦も説いています。世界一の生物学者・ルパード シェルドレイクは、アラヤ識まで実験で証明しています。
※参照:愛の波動
僕は宗教者ではありませんが、歪められた聖書を勉強してから仏典を見るとキリスト教が惨めに見えてきます。永遠の生命さえ、削除されてしまったのですから。これがわからなければ意味なきものとなります。
私たちの生命はこのように活動していますが、他の「色」つまり「物質的環境」も生命の「識」により創造されたものです。全てがそうですので生命はこの宇宙に蔓延しているといえますね。
※遠深な知恵の完成.般若心経の真実
その無数の生命は「縁」(接触する関係性)で互いに関わりをもっています。言うなればこれが「運命」と呼ばれるものを造るといえます。
大切なことをいいます。匂いも、音も、温度も、現象も、全ては生命の発露です。それが環境を造ります。
そう、環境とは「貴方が選択できる生命」そのものであり「縁」なのですね。
私たちは多くの選択肢を与えられています。それは言い換えれば人生は「縁」によるものだが、その「縁」は自らの心で決まり、それが環境を構築し貴方を造っている。ということ。
難しいかな。
とにうかく、貴方が世界を創っていて、常時選択を繰り返しているから、その根本となる「心(道)」が非常に大切だといいたいんです。
音も生命。その組み合わせは「縁」により怪物にもなるし「愛」にもなります。
香りも生命。その調和は人々を癒したり、成長させたり地獄にも落とします。
栄養も生命です。人間の細胞は、脳と脊髄の一部を省いて約二年で全てが新陳代謝により入れ替わります。この二年で食べる「食」が偏ったり、調合を間違えば病気になりますね。
※参照:二年で別人に返信「空と星と石のはなし」
味にも、栄養にも、色彩にも生命が宿り、その無量の組み合わせによって人間は環境に支配され、そして人生が決まってくるのです。病気も決まり、幸福も健康も決まります。
みんな、みんなは音や香りや色や、その他の「感じる」ことに気を使わないでいるね。
本当は何よりも大切なことなのに。知らないでいるね。「感じる」ことを忘れているね。いいや、「感じる」ことを忘れるようにさせられているね。自分の心臓 や血流や細胞の音を聞けるかい?生命や星が常に発しているオーラや旋律を理解できるかな?ほとんどの人にはそれが出来るんです。「感じる」ことを知れば ね。
パチンコ屋でキンキンした音を聴きながらフラッシュライトを浴びて、タバコの匂いの中、欲望とエゴに燃えて半日過ごしてごらん。人を省みることをしない人になります。
全ては完成された愛による調合が一番なんだ。それはね、「大自然」だけなんだ。
多くのセラピストの皆様。なたは素晴らしい癒しを行っています。それは愛による調合であることを信じています。
情景を心の中でイメージして読んでくださいね。多聞。
ふっと気がつくと、その人はそこに立っていた。
広大な庭園には花が咲き誇り、木々はたくさんの香りをもった実を結び、その園に歌っている。
天空からは美しい虹彩が臨み、見上げると天人達が数々の楽器で幸福の音楽を奏で、地上では人々が抱擁を重ねながら楽しくたわむれている。
目前には空を突くような荘厳とした宮殿が佇み、光を放ちながらいざなっていた。
振り返ると、無数の白く楽しそうな牛馬の馬車が並び、その遠く地平線には、目前の宮殿にも増して輝く宝塔が無数に列挙していた。
彼は、導かれるように間取り豊かな宮殿に足を運ぶ。その中の回廊は広く高く、四面に物語のような絵画が描かれており、それを照らすように、天井高いシャンデリアは宝飾が美しく彼の心を奪った。
広い回廊の左右には遠く無数に扉があり、開いているものもあるが、ほとんどが閉ざされたままであった。
彼は最初に開かれた扉に向かったが、そこには再び細く暗い回廊が続き、数えるほどの部屋が存在していることがわかった。
そして彼は思い出した。そう、この細い回廊は、この部屋は、もと自分が閉じ込められていた場所だったことを。
彼はまた豊かに色づく回廊にいで、扉をめぐる。なぜなら彼の手には金色にかがやくキィーが握られていたから。
キィーが合わない扉がほとんどであったが、たまたま開いた扉にも人がいて、彼を待っている者もいた。彼が渾身で回廊や外の世界を教え出てくる者もいた。また、自らの苦悩の声で彼に呼応できない者もいた。
彼は数少ない者たちを扉の外へ連れ出したが、ある者は広き回廊の美しさに見とれ、ある者はそれで満足し、またある者は外の世界の眩しさを怖れ、そしてある者は彼の言葉を信じることがなく、宮殿の外にある素晴らしい幸福に出会うことを拒んでいた。
彼は、数人の人々を宮殿の外へ導いた。
歓喜にあふれた人は牛馬の御車にのり虹色に輝く世界を旅することになった。
その人は、ふっとその場所に立つことがあった。
その詩人は、苦悩の中に愛を燃やし、我が宝塔の中にあるマスターキィーを掘り当てて、その場所に立つことがある。その鍵は限りなく存在し、その詩人は、それを見つけるための歓喜の人生を送ることにした。それが彼の生きる意味だと知った。
釈尊:如来寿量品からヒントを得て。如是我聞/松尾多聞
僕の夢。心からそうなりたい。そんな夢。詩にしました。リンクの音楽でどうぞ。
http://homepage2.nifty.com/sapporo7king/relation.mid
「美 し が 丘」
言葉でも心でもなく
生きてゆきたいなぁ
誰もいない道を吹き
流れていく風に乗り
葉を散らし虫を転がせて
野に咲く花をなでながら
そんなふうにいたいと思う
恋をした丘のうえでは
何度も回って微笑んで
新たな風に溶け込んで
命になってゆくように
大きな自然になりたいな
いつまでも優しい世界に
私はそんなふうになりたいよ
自由詩人・松尾多聞

