【何によって憶えられたいか】

マネジメントの父、ドラッカーが13歳の時に教会で牧師さまに言われた言葉です。

『あなたは何によって憶えられたいか?
今すぐに答えを出せ、とは言いません。
出せると思って聞いたわけでもない。
だが、50歳になってもこの答えが見出せていなければあなたは人生を無駄にしたことになる。』

13歳の子供たちを集めて牧師さまはこうおっしゃられたそうです。

まず断っておきますが、私自身は50歳になってこの問いに答えられなかった人生を無駄と考えてはいません。
無駄な人生など無い、というのが私の考えです。
そして多くの人が答えられない問いかもしれません。
ですが、50歳になってこの問いに答えることが出来たならより質の高い人生だと言えるでしょう。

答えられないことが無駄では無く、今回の人生この問いに出会えたことが幸運である、と私は捉えています。
解釈次第で世界はどれだけでも豊かに感じられる。

30歳の冬にこの言葉に出会ったけど、その時は特に響くこともなかった。
偉人の名言、程度の捉え方でした。
しかし生き方在り方を自分自身に問い続け、学び続けた一年半を経てこの言葉がリフレインするようになって来ました。

『あなたは何によって憶えられたいか?』

答えはいつ出せる、というものではありません。
人生を歩む中で変わっていくことももちろんあるでしょう。
大切なのは一日に数回から始めて、

“問い続ける”

ということ。

今回の人生、最大限に命を活かしきる生き方を選択していきます。

では、また。