マスターは僕のことをボウズと呼ぶ、たまに「おしゃべり」と・・・。
僕はマスターの事をマスターと呼ぶ。
その繰り返しは、僕にとって大切な呪文だった。

中学生の頃から、なぜか「生きにくく」なってしまった僕は、高校に入るとその感情は決定的なものになり、ほとんど学校には行かない生活が続いた。
偶然に出会ったジャズだけが唯一僕の感じることのできる光だった。

家族以外とは口をきかなかった。ともすれば家族ともはぐれて一日中誰とも口をきかないような日もあった。
柔らかなスポンジのような棘が僕から言葉を奪っていった。
まるで言葉を忘れてしまったかのようだった。

だから、学校に通うように図書館や公園に自転車を走らせた。
図書館という宇宙では話せないことは罪ではなく、哀れみの視線という罰もなかった。
公園の芝生に寝転んで柔らかな午前の陽の光の中、小鳥の歌声に耳を澄ませていれば幸せだった。
図書館の視聴コーナーで、自分の好きな詩や小説や詩を読みながら、飽きるまでジャズを聴いていた。
そんな生活がずいぶんと続いたある日、僕は突然誰かと話がしたくなった。
何を話すのか、何が話したいのか、さっぱり分からなかったけれど。
そして、話す相手は家族ではダメなような気がした。今の自分にまともに話せることはジャズ以外ないと思った。
それからは公園や図書館とジャズ喫茶巡りが始まった。
山形というのは不思議な街で、繁華街もないような小さな街なのに実に9軒ものジャズ喫茶があった。
僕にとって9軒という数字は手に余るくらい十分すぎる数だった。
もちろん、いきなり店に入る勇気なんてなくて、表のガラス戸越しに店の中を眺めては、入り易そうな店を探して歩いた。
うだるような蝉の声に汗を流して、やっとその店の扉を開いたのは、肌寒くなってきた秋の初めだった。
その店を選んだ理由はいつも客がいなかったからだった。
父親くらいのどこかトボケタ顔のマスターがカウンターの中でタバコばかり吹かしていた。
客で賑わう他の店にくらべて、いくぶん入り易そうに見えたのだ。
そして、ジャズ喫茶に、僕にとっては大人の空間に受け入れてもらうための作戦はあった。
以前買ったお気に入りのエリック・ドルフィーのアルバムをレコード店の袋に入れ直して、何気ない素振りで店の中に入るのだ。

きっと、高校生でジャズを聴いてるのは珍しいだろうから、マスターは話しかけてくれるだろう。
そしたら、自分がいかにジャズが好きか話せばいい!
子供らしい発想は僕を夢中にさせた。すべて上手くいくはずだ。
自転車を店の前に止めて、そして作戦通りにレコードを抱えて店の中に入る。
来客を知らせる鈴の音。
ゆっくり顔を上げるマスター。
僕は緊張で手が震えるのを感じつつカウンターの真ん中の席に座った。
レコードを隣の椅子に置いて、マスターの言葉を待つ。
「いっらっしゃい。何にします?」とマスター。
「コーヒーをお願いします。」と僕。
マスターがコーヒーを淹れてくれてる間、僕は店内を見回す余裕もなくただ下を向いていた。
聴いた事のないサックスが流れていた。
目の前にコーヒーが置かれても僕は下を向いたままだった。
そして、自分の発想がいかに幼稚であったか思い知らされた。
マスターはいくらたっても口を開こうとはせず、僕はコーヒーばかりを眺めていた。
マスターはカウンターの隅に腰かけ、タバコばかりを吸っていた。
僕は相変わらず下を向いたままコーヒーの味が分からないくらいに悲しくなっていった。
時間だけが過ぎ、店内にはタバコの煙と切なげなサックスの音だけが流れていた。
コーヒーカップだけを無意味にいじりながら冷たくなってしまったコーヒーを飲み干し、悲しい気分と恥ずかしい気分で泣きそうになりながら、レコードを手にして席を立った。
最後まで下を向いたまま、350円を支払い扉を開けようとした時、後ろから声が聞こえた。
「またな、ボウズ・・」
一瞬、聞き違いかと思うくらい小さな声だった。
後ろを振り返ると、マスターがニヤリとした顔でこちらを向いていた。
外は寒くて、真っ暗だったけれど、僕は温かだった。世界に受け入れられたような気がした。
それからは、公園と図書館にジャズ喫茶が加わった。
僕は少しだけ変わった。
相変わらず僕もマスターも口数は驚くほど少なかったけれど、店に通う回数が増える度に最初のような気まずさも無くなっていった。
僕は店のコーヒー代を稼ぐためにアルバイトも始めた。
氷がゆっくり解けていくように僕の中の何かが溶けていった。
言葉は以前ほど喉の奥に引っかからなくなった。そして・・・笑うようになった。
相変わらず学校は苦手だったけれど・・
相変わらず口下手だったけれど・・

マスターは僕に「おしゃべり」というあだ名をつけた。

「ボウズみたいなヤツが一番喋ってるのさっ」という理由だった。
そして、マスターは僕に約束させた。
必ず高校は卒業すること。
それでも、どうしても学校に行きたくない日には朝から店へ自転車を走らせた。
マスターは怒るでもなく、ただニヤリと笑ってホウキとチリトリを僕に手渡す。
店前を掃除するとカウンターには淹れたてのコーヒーが湯気を立てている。
マスターの淹れてくれるコーヒーはとびきり温かく、いつも心に染みた。

無事に留年することもなく大学進学も決まり、上京する前日も僕はいつものように店に居た。
そして、いつものように僕もマスターも無口だった。
最後に350円のコーヒー代を支払い、
「マスター、行ってくるね」と言うと、
「多聞!」と初めて名前を呼んでくれた。
そして、カウンターの後ろにある膨大なレコードの中から一枚抜き取って
「これは俺からのお祝いだ。頑張れよ!」
と、僕に手渡した。
アルバムには細身の男がテナーサックスを吹いている写真で、写真の左半分には「ワーデル・グレイ・メモリアル」と書いてあった。
それは、マスターが何よりも愛したレコードで、僕が最初に店に入ったときに流れていたアルバムだった。

泣きそうになりながら、何を言っていいか分からずにマスターを見ると、マスターは僕の顔を見てニヤリと笑った。


今でもタバコとコーヒーが必需品です。