昨日、が付くほど有名な、将棋棋士が引退されました。

 

その名も、加藤一二三(かとうひふみ)九段。

 

通称、「ひふみん」と呼ばれるこのお方。

なんと、年齢は77歳。

昨日(6月20日)、引退されました。

 

加藤先生本人は、ずっと現役を続けたかったのでしょうけど、

将棋界は専ら勝負の世界。

 

対戦成績が振るわなければ、引退も仕方がないところですが

それでも77歳まで現役、という事実だけでも歴代棋士ナンバーワンだそうです。

 

 

なので、強さも半端なかったんですが、

将棋界にもちょうどコンピュータ、言わばAIが台頭する時代になってきてるので、

先生の引退は、将棋界全体でも別な意味で節目な年になる感じがします。

 

 

で、この加藤一二三先生。

 

どういう訳か、自分とよく似ています。

 

ざっと並べると、こんな感じでしょうか

 

 

・何と言っても将棋が強い(?)

 

とは言っても、加藤先生と比べては失礼極まりないですが、

 神武以来の天才と言われるこのお方。

 なんと、あの中学生棋士になった藤井四段が誕生するまで、現役最年少棋士の記録をずっと保持してたほど、早熟だったそうです。

 

 ところが自分だって、小学校の頃は市の将棋大会で優勝するくらい、強かったんです。

 

 

 でも、それは多少の理由があります。

 

 加藤先生は、何と言っても棒銀戦法。

 

 と言われても分からない方がいると思うので、説明致しますと、

 将棋にはいろーーーんな戦法があって、そのひとつである「棒銀戦法」

 

 初心者がまず最初に覚える戦法、とはよく言われますが、飛車先に銀を繰り出す戦法は、プロ棋士の間でもたびたび指され、まさしく加藤先生抜きじゃ語れない。

 

 まさに本家本元でもあります。

 

 何しろ、自分が子供の頃の将棋入門書にも、加藤先生の名前が載ってたくらいですから。

 

 その棒銀戦法を、子供の頃が覚えたら、どうなるか?

 

 まさしく「ハメ手」に近くなります。

 スト2で言えば、待ち「ガイル」みたいな感じ(ますます分からん)?

 

 

 要はこの戦法一つだけで勝っちゃったようなもんでしたが、

 他になーーーんも取り柄もない自分にとって、唯一

 親を喜ばせることが出来たネタでもありました(ちゃんちゃん)。

 

 

・大食漢

 

 加藤先生と言えば、対局中に食べる食べ物の凄さが有名でして、1分間にみかんを3個たいらげた、とか、板チョコを8枚も食べたとか、朝昼晩すべて鰻重を食べたとか、いろんな逸話がありますね。

 

おかげで77歳とは思えない恰幅の良さではありますが、自分も全盛期には115キロくらい体重があったんです。(今は80キロ台)、

 

そのくらい体重があると、

立っているとすぐベルトがずり下がってしまうんですよね(笑)

 

加藤先生はネクタイがこれまた超長~~いので、余計に目立ちます。

 

 

・話すのが苦手なのに、話したがる(笑)

 

 加藤先生が本当に面白いのは、ろれつが回らないのに話したがる、といったところに尽きます。

 

 そころらの芸人の話より、よっぽど面白いです。

 

 とは言っても、自分のことばっかり話してるだけなのですが、

 一度話し出すとと、止まらない(笑)。

 

 まさしく自分にそっくりです。

 

 自称ADHDだと思ってる自分にとって、加藤先生のそれは福音に近いですね。

 加藤先生も、実はADHDだったりして(?)。

 

 

そんなこんなで、とても親近感を抱くお方でしたが、やはり引退は寂しいですね。

 

 

自分は将棋こそ全くダメダメでしたが、

 

 

この先一生現役で取り組んでいこうと行こうと思っている趣味があります。

 

 

それは・・・?

 

「ハーイ、君たちもピアノに興味があるのかい」

 

 

加藤先生が猫に話しかけたネタではありますが

これだけは生涯現役、出来ればレジェンドになりたいところです。

 

 

皆さん、超お久しぶりです。

 

またまた、ブログ再開と言っておきながら、半年ぶりの更新となってしまいました(笑)。

 

なので、今回は再開ということにせず、また気が向いたら書くという方向で・・・

 

 

さて今回ブログを更新したのは、Yahooのとある記事が始まりでした。

 

「50年前“夢と対面” 下田須崎小卒業生、タイムカプセルに歓声」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170528-00000002-izu-l22

 

 

なるほど、タイムカプセルを掘り出したなんて、

 

イイハナシダナーにやり

 

 

そういう自分も、四捨五入すれば50歳の年齢。

ふと昔が懐かしく思うことがあります。

 

 

自分が卒業した小学校は、どうだったかな?

 

 

・・・これが、実はあまり良い思い出がなかったりします。

 

 

なんでかって?

 

それは、小学校6年生の頃に転校したことが原因で、転校先の学校で強烈なイジメに逢ってしまったのが原因なんですねぐすん

 

具体的には、モノが無くなるのは日常差万事。

次第にエスカレートすると、教科書のページ全部を糊付けされてたり、給食にゴミを入れられたり、持ってきた教材は壊れてないものが一つもない、ような有様。

当時流行り始めたシャープペンでいたずらされ、突き刺さった黒い芯が腕や背中にあちこち残ってました。

 

 

今でも思い出したくないことですが、最終的にそれを克服できたのは、実をいうとピアノでした。

 

当時、先生には内緒で弾いてたオッヘンバッハの「天国と地獄」のラストの部分。

 

 

運動会とかの定番曲で、それを教室に置いてあるオルガンで弾いたら大受けし、もう一回弾いてと言われるうちに、すっかりイジメが無くなった、という図式です。

 

されど、その程度のことで、心に負った傷が消えるということはありません。

 

 

話をもとに戻しますと、

要は、小学校最後の1年しか過ごしてない学校 を卒業したとは思いたくなかったからなんですね。

 

 

やっぱり、5年生まで過ごしていた小学校を卒業したかったんです。

 

 

自分の本来卒業すべきだった学校は、今はどうなってるのかなぁ・・・

 

今はインターネットの時代。

この手の情報は、簡単に調べられます。

 

 

おもむろに、調べてみると・・・

 

 

・・・ええっ?ガーン

 

 

なんと!! まさかの・・・

 

 

廃校

 

 

まじかよ!!!

 

 

坂戸市立泉小学校、38年の歴史に幕を閉じる。2016年に閉校

http://www.komei.or.jp/km/sakado-furuuchi-hidenobu/2016/02/27/105751/

 

 

なんでやぁ・・・?

 

 

あの学校、自分が通ってた頃。

 

北坂戸小学校から分校し、新しく出来た学校だったので、ピッカピカの校舎だったんですよ!!

 

それがまさかの廃校だとは!!!

 

 

あんな学校(最後の1年だけ過ごした学校)を卒業したとは

思いたくなぁぁぁぁい!!!ムキーッ

 

こっちこそ、廃校になっちまえば良かったのに!!(こらこら)

 

 

というのは冗談ですが、

長くなりそうなので、次回へ続きます。

 

皆さん、

、お久しぶりです。

 

自分はこの通り、チャッカリ生きてます。

 

長い間ご無沙汰しておりました、ぶらぼんびです。

 

 

「いったい今まで何をしてきたんだ?」

 

 

もし読者の方がまだいたとしたら、まぁ、あの、その・・・

 

 

・・・

 

 

・・・なんでクリスマスのこの時期に、ブログを再開しようと思ったのか?

 

 

いやぁ、やっぱりと言うか、

今年も自分は独りぼっちのクリスマスなんですよ。

 

 

クリスマスってのは、まぁ、アレです。

 

 

独り身にとっては、寂しくて、いまいましいだけの季節なだけなんですね。

 

 

毎年毎年、歳を重ねるにつれて、切なくなってくるもんなんです。

 

 

 

それがですね・・・

 

 

 

なんと!

 

 

 

去年は、ひとりぼっちじゃなかったんです!!

 

 

 

正直話すと・・・

 

 

 

ブログを休んでる間・・・

いったい何をしてたのか?

 

 

 

 

まさか、こんな自分が・・・

 

 

 

 

事もあろうに・・・

 

 

 

まさか、まさか・・・

 

 

 

なんと・・・

 

 

ドキドキをしてきました!!!

 

 

 

 

・・・

 

 

 

でも・・・

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだで、やっぱり

独りぼっちに戻ってしまいました。

 

 

ものの見事に、失恋ハートブレイクもしてきちゃったんです

 

 

 

 

なので、今年のクリスマスも、

寂しくていまいましいだけ季節に逆戻り。

 

 

 

・・・

 

 

・・・とは、ならなかったんですね。

 

 

 

なんでかって?

 

 

 

彼女のおかげで、クリスマスの良さが分かったからです。ニコ

 

 

 

 

今にして思えば、あのはかない恋ハートブレイクをしてる間・・・

 

 

 

・・・いろんなことがありました。

 

 

 

でも、正直なところ。

 

 

何でこんな俺みたいなどーーーーしようもない人間に、彼女なんか出来たのだろう?

 

 

最初はこんな気持ちでいっぱいだったと思います。

 

 

実際、結婚なんてもう諦めてましたから。

 

 

今まで恋なんてろくすっぽしたことがない中年醜男に

いったい誰が寄り添ってくるんだと言うのだ!!

 

 

 

だから、最初は冷やかしかと思ってましたよ。

 

 

・・・でも、人間一度メラメラが付くと、わからないものです。

 

 

逢うたびに、何というか、ハートドキドキが熱くなるとでも申しましょうか・・・

(ベタな言い草ですみません)

 

 

 

もしあの彼女と付き合うなら・・・

 

 

 

・・・どうしたらいい??

 

 

 

さんざん悩みました。

 

 

 

悩みに悩んで・・・

 

・・・ここで一体何を考えたと思います?

 

 

 

とにかく、まずはデート代を稼がないと!!!

 

 

 

おいおいおい・・・何だそりゃぁ?

 

 

 

いや、その時は超、真面目でした(笑)。

 

 

 

・・・自分はいちおうIT系の仕事をやってましたが、それはもう若い頃の話みたいなもの。

最近ではほぼフリーに近い状態で、ジリ貧もいいところだったんです。

 

何せ、IT系の定年は、35歳くらいと相場は決まってます。

 

それを、45歳過ぎでもまだ続けてる。

 

 

まだ何とかなったのも、会社勤めじゃないフリーに近い状態だったからです。

 

IT系、特にプログラマーやSEというのは、ある意味一人で黙々とやる仕事が多いです。

 

たとえ収入が低くても、時間的には余裕がある。

 

時間的に暇な時は、ピアノでも弾いてればいいや!

 

みたいな感じで、今までダラダラとやってたんです。

 

 

そんなんじゃダメだ!

・・・と、今まで何度思ったことか。

 

 

でも実際問題として、ダメだったんです。

 

 

なんでかって?!

 

 

だって、今のまんまじゃ彼女とデートするお金すらないやんけ!

 

 

始まりは、まさにそこでした(をいをい)。

 

 

 

彼女と付き合い始めてから、とにかく時間を見つけては、

 

日払い派遣アルバイトに勤しむ日々。

 

 

 

何せ、彼女も勤め人ですし、たぶん自分の何倍の収入もあったでしょう。

 

 

 

分かっています。

 

自分なんて、彼女とは全く釣り合わない身分の人間だったんです。

付き合ってはいけない人間だったんです。

 

 

でも、そんなこと気にしたら終わりだ!

 

 

諦めたら、そこでゲーム終了ですよ?!

 

 

 

(元ネタ知りません)

 

 

だから、頑張ったんです。

 

 

頑張れたんです。

 

 

 

・・・

 

 

 

でも・・・

 

 

 

 

付き合い始めたから1年過ぎたあたりでしょうか。

 

 

 

破局はやってきました。叫び

 

 

 

・・・

 

 

理由については、長くなるので書きません。

 

 

その時は。3日2晩は泣きどおしでした。

 

 

2か月間くらいは、ピアノすら弾けなかったですね。

 

 

 

でも、あの時精一杯頑張った。

 

 

あの時頑張れたからこそ、好きなうちに別れることが出来たんだと思います。

 

 

 

 

そろそろ話しを元に戻しましょう。

 

 

 

 

クリスマスだなんて・・・

 

 

 

彼女と出会って、別れてから。

 

 

クリスマスの季節が、苦にならなくなりました。

 

 

 

街に流れるクリスマスソングを聞いて・・・

こうして、ふと彼女のことを思い出す。

 

 

 

それだけで、十分楽しいのです。

 

 

 

クリスマスだなんて・・・て思ってる方。

 

 

 

やっぱり、一度くらいは恋をしてみましょう。

 

 

 

認識が変わるかも知れません。

 

 

 

そう思えるようになったのも、

あの彼女のおかげです。

 

 

 

彼女は、自分の人生を、本当に豊かにしてくれました。

 

 

これから先、また同じような恋が出来るかどうかは分かりません。

 

 

でも、そんなことよりも、今は・・・

 

 

 

愛しきあの子に、感謝!!

 

 

 

メリークリスマス!!