第62回_ファイザー_シナジー効果は意外なところで生まれる。 | 【松下幸之助、創業者、名経営者、政治家に学ぶ】          

第62回_ファイザー_シナジー効果は意外なところで生まれる。

1848年、冒険心あふれる二人のチェールズがドイツのルドヴィグスブルクからビックチャンスを夢見てアメリカに渡った。二人のチャールズは28歳と24歳の青年で従兄弟同士であった。それまで片方は薬剤師の助手として化学を学び、片方は菓子作りや販売を経験していた。彼らはアメリカに渡った最初の年に化学会社を設立しニューヨークのブリックリンに本店を構えた。


当時のアメリカの人々の生活は医学的に見て危険なことがいっぱいであった。例えば冷蔵設備がないため、肉やジャガイモを食べるだけでも寄生虫の危険にさらされた。アメリカで消化器関連疾患のよくある原因の一つが寄生虫であったが、当時この寄生虫を取り除く駆虫剤は中東産の直物シナヨモギから抽出されたサントニンというものであったが非常に苦く誰もこれを飲みたがらなかった。彼らはここに目をつけ一番最始めの製品を輸入品に勝てる駆虫剤サントニンにしようと決めた。


彼らが発明した駆虫剤サント二ンは何世紀も使われていた恐ろしくまずい駆虫剤サント二ンの薬を一変させるものであった。香りのいいアーモンドフィーとブレンドし、キャンディコーンの形にした駆虫剤サント二ンの薬はとても美味しく大当たりした。この二人のチャールズがニューヨークに設立したこの会社が後に世界最大の製薬メーカーとなる現在のファイザー社のである。


二人は原料の買い付けにしばしば大西洋を渡ったが、ある出張の途中でチャールズ・エアハルト・ファイザーはチャールズ・ファイザーの妹ファニーと求婚し、1856年二人は仕事のパートナーであり、従兄弟であることに加え義理の兄弟となった。


しかし世界のトップ企業となる会社の始まりが化学者と菓子職人との二つの才能の合作であったことが何とも面白い。


職場には一人や二人、合わない人や自分と価値観が全く違うと思える人がいるかもしれないが、そういう人とこそ協力関係で仕事をしてみると意外と二人のチャールズのように思わぬシナジー効果が生まれるかもしれない。一度トライしてみてはどうであろうか。



文責 田宮 卓