明日はkimitamiミーテイングの予定でしたが、

相方が熱発ということでお流れに。

 

 

 

 

昨日近所のお友達が来てくれて、

わたしがスキャンしてしまう体質というところをもう一歩自覚させてもらいました。

 

先月とある集まりに参加してから数日後、

倒れてしまい1週間寝ていました。

そんなことはしょっちゅうなので、何で倒れたかすらわからなくなってしまっていて、

自分をチェックするということがおざなりになっていたのですが、

ちょうど診察の予約を入れていて、その時たくさんの病名が書かれました。

 

もし病院で病名を伝えられると普通は、

意識の固定化をしてしまい、病気が定着してしまい本当の病気になってしまいます。

 

固定化しないで、させないようにさらりと、状況把握のために聞く側と伝える側がいれば、


単純に意識の向けどころで、

病気へと進むのか

元気になる方へと進むかを自分で選べます。


いつもこんな風に病名を知る必要はないですが、

わからずやのためには小さなショック療法として良かったです。

もちろん固定化しない意識で聞けるならば。

怖くなってしまう必要はないのです。

 

 

最近病気波動が溜まりやすくなっているので、

自分にとって病気であることの方が都合が良いことがあるのだろうか?

 

一つあるとすれば、何もしないでいい、

何かしないといけない強迫観念の裏返しですね。

少なくともこの状況は幸せではありませんという象徴ではあります。

原因となる人がいなくなったら、

嘘のように良くなる気がしていますから、

やはり病気になること自体、

どこかで自分で同意しているのでしょう。

 

 

波動の影響を受けやすいのは、

スキャン体質(もらいやすい)

エンパスがあるからですが、

 

それにしても、自分だけが体調を崩すことも多く、

度がすぎるんじゃないか、なぜなんだろう、

気質のせいだけにしてしまうのも、

整理できない感じがありました。

気質をどうしても自分の弱さだとジャッジしてしまいます。

 

入れたものをただそのまま流せばいいのだけど、そのお手入れはちょっと雑だから注意されています。自覚していないからこそ、軽視して疎かにしてしまうのです。

 

カラダに引っかかったまま抜けきれずに残っているものが少しづつ蓄積されているかのよう。

 

診断で出た病名のあれこれを見ると、たった1ヶ月でこんなに複数のガンになったり治ったりしていることを文字で見た時に、

 

近所の友人がこれがスキャンしているってことだよって言ってくれたのですが、

まさに!ゾゾゾ〜。

実際こんな風にもらっちゃうのかと理解しました。

結構わからずやなので、いろんな言葉で自分の中に何度も入れないと理解できないことがあります。特に見えない世界となると。

 

人と関わって体調悪くなるなんていうことは

昔からよくあるけど、その方の病気の波動をそのままを受けて、感情や痛みだけでなく、子宮がんとか病名が出てきたりすると、、

お腹の悪いのもらったということよりも重みがありました。

 

細胞は入れ替わるので、留まらせることも、

お掃除、整理、自分との対話で改善することもできます。

 

受けやすいからこそ、カラダのケアが大事だよ人には言ってるけど自分には適当になっていることですね。。。

 

 

自分の普段の習慣があれこれ響いてくることでもあって、

溜め込んでなければもっと早く抜けていくのに、溜め気味だと前の残りカスとと新しく受けたものが重なってこびりついてしまいますよね。

 

親の体調の悪さなどはだいぶ引き受けてしまっている自覚はあるけれど、そんな話が通じるわけもなく背負わない引き受けないと心で言ってみても、自動で背負ってしまいます。

 

いろんな意味で自分を守ること、子どもたちを守るためには、引き受けれることにも限度があり、もうとっくに許容オーバーになっていること、悲鳴をあげているけど、それも永遠じゃない有限の世界。

あと少しで状況が変わるのではないかという期待があり、流れることを信じて。

 

ただ自分をダメにしているわけでない、

よく頑張っていることを思い出せました。

 

そういう話ができる人と話すだけでも整理、浄化、肯定感が増しました。

 

降ろせば降ろすほど身を助ける。

同じ波動の人と付き合う、

仲間と繋がることは違う波動を引き込んだことへの整え、治療ですね。

さらっと書いてますが胸熱です。

 

ありがとう〜!


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