今年は良作に恵まれた1年で、それらを聴く至福がたまりませんでした。

とはいえ、良い作品ばかりではなく、大いに失望させられたアルバムがあったのも確か。


良いものは良い、悪いものは悪いと、はっきり言いたくなる性格(特に音楽に関しては顕著)なので、やっぱり自分が納得できないものについては、ベストアルバムをまとめるのと同じように、まとめておきたいと思います。


毒を吐かずに良いところを褒めてるだけの方が、皆に好かれるブログになるのはわかってるんですけどね。


アルバムのデキがひどく、まったく納得できなかったのは、あの解散したグループのミュージシャンもいるけれど、基本的には自分の好き嫌いによるものなので、ここではそれ以上触れないでおこうと思います。大絶賛している人もいるし。


しかし、それでも納得しきれないのが、この人のこのアルバム。

明らかにフツーのデキのアルバムじゃないですか。

それが年間ベストに選ぼうという人や、雑誌がぞろぞろと。

みんな手放しでリリースを喜び、その内容を褒め称えてる。


まあ、そういうフツーのポップスロック系が好きな人もいるのはわかる。

でも、仮にも昔ボウイに入れ込んだ人が、なんでこの作品を手放しで受け入れられるのか。


ボウイがアルバムリリースするだけで、リアルタイムで歌ってくれるだけで、すべてオッケーなんでしょうか。

あの年齢になってもロックを続けて、これだけ頑張ってアルバムをリリースしたことの功労賞なのでしょうか。

明らかにパワーもクリエイティビティも落ちているのに、笑顔でそれを迎い入れるような心の広さは自分には持てない。


そして更に納得できないのが、あのリリースに合わせたプロモーション。

それはジャケットデザインやアルバムタイトル含めたトータルのプロモーションのことです。

66才の誕生日にいきなりのリリース発表という仕掛けも含めて。


  往年のロックスター + 極秘プロジェクト + こけおどしの装い = 強烈な話題性の新作  


強烈な話題性をドライバーに、いろんなバージョンを持つアルバムやEPの企画、フックの強いPVなど、これでもかという仕掛けを畳みかけた。

これはすでに、純粋に音楽を楽しみ見極められる状況じゃあありません。

特にメディアに関係している人や音楽業界に属している人はね。

これを否定したり、中心からはずしたりしたら、つまはじきにされます。


一般のリスナーも、これはすごいんじゃないかと惑わされる。


肝心の音楽については、往年のボウイのアルバムに参加したミュージシャンもいますね。

ア-ル・スリックも参加していると聞き、これも大いに期待していた。

けれど、ここで出している音はアール・スリックのギターが出している音とは思えません。

ヤングアメリカンズやステーション・トゥ・ステーションで聴けた彼の刺激的なギターの跡形もない(The Next Day を除き)。

それだけ、よりサウンドに関しては無頓着で、ほんとに凡作。


プロモーションという厚化粧でボテボテに盛り付けられた、標準的なデキのロック。

自分も期待させられただけに、その落差分、デキが悪く聴こえてしまう。

The Next Day と The Stars の2曲だけあれば十分だ。


世間を煙に巻く虚飾の厚化粧さえなければ、久しぶりのボウイの新譜だな、往年のクオリティは求めるべくもないけど、元気な様子を見せてくれてよかった、くらいは思ったでしょう。


しかしやっぱり、ボウイだけは、ロックをやってくれるだけで満足とか、アルバムリリースしてくれるだけで嬉しいなど、絶対に思えない。


The Next Day とは、音楽の本質以外の仕掛けに頼らざるをえなくなったボウイの姿のことか。