これはなかなかいいアルバムです。
David Bowie の10年ぶりのニューアルバム、"The Next Day" 。
The Next Day/Sony

¥1,936
Amazon.co.jp
曲にもバリエーションがあって、それぞれの完成度も高い。
わかりやすくてキャッチーな曲も多いし。
良くできたアルバムだと思います。
この曲(1曲目の The Next Day )が、
この Beauty And The Beast に似てると思うのは自分だけでしょうか。
曲自体はなかなか良いものが多かったのに、自分とトニーでベーシックパートを演奏したがために、バッキングの緊張感がなく薄味になった、2002年リリースの Heathen 。
このデキが不満で、買わなかった次のアルバム(タイトルもわからん)。
改めてディスコグラフィを眺めて、始めて気がつきました。
なんと買ってないアルバムが2枚もあることに。
収録曲に聴き覚えがない曲がたくさんあるアルバムがあることに。
それだけTin Machine 以後のボウイには、呆れて興味を失ってた自分がいたということですね。
それに比べればこのアルバム The Next Day は遥かに良いし、楽しめます。
"David Bowie" のアルバムであると思わなければ。
このアルバム全編を通して、一種の「ゆるさ」を感じます。
その「ゆるさ」をボウイのアルバムで最初に感じたのは、ベルリン3部作の Lodger 。
特にその前の2作、 Low、Heroes での緊張感は、それまでのボウイにもなかったほど印象的だったにもかかわらず、Lodger では緩んでしまった。
Lodger 以降、駄作と言われたボウイのアルバムには、この「ゆるさ」が通底音になっています。
並みのロックミュージシャンには当たり前のこの「ゆるさ」がボウイには似合わない。
傑作と言われた過去のボウイのアルバムには、必ずどの曲にもカタチを変えて存在する独特の緊張感があった。
そしてボーカルを中心として醸し出す色気。
屈折したポップ感覚。
ヒリヒリとした存在感。
彼にしか創り出しえないロックの在り方。
そういったロックを創りだしていたのが、"David Bowie" 。
「ゆるさ」とは同居ができないはずの存在。
そして、"David Bowie" が産み出すアルバムにはテーマ性が存在していた。
始めから意図していたわけでなくても、できあがったアルバムからは否応なく立ちあがるボウイらしさ。
鋭い感性と知性と視線が見つめた先にあるもの。
アルバムコンセプトともちょっと違った、その時の自分が置かれた環境や時代性に響いたものとして立ちあがり、歌詞からしか読み取れないようなものでもなく、音の在り方や曲の成り立ち方から立ち上ってくるようなテーマ性。
そのテーマ性は、ボウイのアルバムに強い磁力を発生させてくれていました。
言うまでもなく、ベルリン3部作においてそのテーマ性はピークを迎えていた訳ですが。
このアルバムからは "David Bowie" のロックの在り方も、テーマ性も感じることができません。
ここにあるものは、「皆に微笑むサービス精神豊かなロック」です。
逆説的に、それが今回のテーマ性であると言えばとても悲しいけれど。
今回のアルバムは、聴き手の拠り所がどこにあろうと、彼らが自分の音楽に何を求めていようと、皆を満足させてやるという意気込みに溢れています。
過去の駄作に比べると、たしかにデキのいい曲が多い。
昔からの大ファンであろうと、普通のロックファンであろうと、ポップミュージック好きであろうと、話題の音楽に飛びつくだけの人たちであろうと、いいアルバムだと言わせてやろうと。
まるでグラミー賞でも狙いかねない勢いです。
広く認められ売れるロック。
聴きやすくノリも良く、コンパクトでバリエーション豊かな曲たちがラインアップしている。
リリース前からの話題性も充分。
ジャケットデザインや、さりげなく忍び込ましたFive Years のドラムフレーズなどは、往年のファン向けのサービスか。
しかし、これが "David Bowie" のアルバムである必然性はありません。
広く受け入れられ、皆に楽しんでもらえるロックを演ること。
ここにあるのは聴きやすくわかり易いロックナンバーのオンパレード。
ボーカルが誰であっても変わらないでしょう、きっと。
ボウイはアルバムを出してくれるだけで嬉しいと思っている人もいるだろうけど、彼は自分にとってただのロックスターではないし、陳腐なアイドルでもない。
元気な姿を見られれば、ニューアルバムを聴くだけで満足なんて、とてもできない。
Lodger のジャケットには鼻も顔面も曲がって、倒れ込んだボウイがいました。
ここ数作のジャケットもボウイの顔がまともには描かれていません。
この最新作のジャケットでは、顔を白窓とタイトルで隠して(消去して)います。
ジャケットにも、"David Bowie" がいない。
「ゆるい」アルバムに、共通の傾向です。
その昔、"David Bowie" に僕らは煽られ、期待というバルーンを大きく膨らませていました。
この20年、そのバルーンはしぼみ続けています。
今回のアルバムは愛聴盤になるでしょう。
それでもバルーンは膨らむことはないのが悲しいですね。
David Bowie の10年ぶりのニューアルバム、"The Next Day" 。
The Next Day/Sony

¥1,936
Amazon.co.jp
曲にもバリエーションがあって、それぞれの完成度も高い。
わかりやすくてキャッチーな曲も多いし。
良くできたアルバムだと思います。
この曲(1曲目の The Next Day )が、
この Beauty And The Beast に似てると思うのは自分だけでしょうか。
曲自体はなかなか良いものが多かったのに、自分とトニーでベーシックパートを演奏したがために、バッキングの緊張感がなく薄味になった、2002年リリースの Heathen 。
このデキが不満で、買わなかった次のアルバム(タイトルもわからん)。
改めてディスコグラフィを眺めて、始めて気がつきました。
なんと買ってないアルバムが2枚もあることに。
収録曲に聴き覚えがない曲がたくさんあるアルバムがあることに。
それだけTin Machine 以後のボウイには、呆れて興味を失ってた自分がいたということですね。
それに比べればこのアルバム The Next Day は遥かに良いし、楽しめます。
"David Bowie" のアルバムであると思わなければ。
このアルバム全編を通して、一種の「ゆるさ」を感じます。
その「ゆるさ」をボウイのアルバムで最初に感じたのは、ベルリン3部作の Lodger 。
特にその前の2作、 Low、Heroes での緊張感は、それまでのボウイにもなかったほど印象的だったにもかかわらず、Lodger では緩んでしまった。
Lodger 以降、駄作と言われたボウイのアルバムには、この「ゆるさ」が通底音になっています。
並みのロックミュージシャンには当たり前のこの「ゆるさ」がボウイには似合わない。
傑作と言われた過去のボウイのアルバムには、必ずどの曲にもカタチを変えて存在する独特の緊張感があった。
そしてボーカルを中心として醸し出す色気。
屈折したポップ感覚。
ヒリヒリとした存在感。
彼にしか創り出しえないロックの在り方。
そういったロックを創りだしていたのが、"David Bowie" 。
「ゆるさ」とは同居ができないはずの存在。
そして、"David Bowie" が産み出すアルバムにはテーマ性が存在していた。
始めから意図していたわけでなくても、できあがったアルバムからは否応なく立ちあがるボウイらしさ。
鋭い感性と知性と視線が見つめた先にあるもの。
アルバムコンセプトともちょっと違った、その時の自分が置かれた環境や時代性に響いたものとして立ちあがり、歌詞からしか読み取れないようなものでもなく、音の在り方や曲の成り立ち方から立ち上ってくるようなテーマ性。
そのテーマ性は、ボウイのアルバムに強い磁力を発生させてくれていました。
言うまでもなく、ベルリン3部作においてそのテーマ性はピークを迎えていた訳ですが。
このアルバムからは "David Bowie" のロックの在り方も、テーマ性も感じることができません。
ここにあるものは、「皆に微笑むサービス精神豊かなロック」です。
逆説的に、それが今回のテーマ性であると言えばとても悲しいけれど。
今回のアルバムは、聴き手の拠り所がどこにあろうと、彼らが自分の音楽に何を求めていようと、皆を満足させてやるという意気込みに溢れています。
過去の駄作に比べると、たしかにデキのいい曲が多い。
昔からの大ファンであろうと、普通のロックファンであろうと、ポップミュージック好きであろうと、話題の音楽に飛びつくだけの人たちであろうと、いいアルバムだと言わせてやろうと。
まるでグラミー賞でも狙いかねない勢いです。
広く認められ売れるロック。
聴きやすくノリも良く、コンパクトでバリエーション豊かな曲たちがラインアップしている。
リリース前からの話題性も充分。
ジャケットデザインや、さりげなく忍び込ましたFive Years のドラムフレーズなどは、往年のファン向けのサービスか。
しかし、これが "David Bowie" のアルバムである必然性はありません。
広く受け入れられ、皆に楽しんでもらえるロックを演ること。
ここにあるのは聴きやすくわかり易いロックナンバーのオンパレード。
ボーカルが誰であっても変わらないでしょう、きっと。
ボウイはアルバムを出してくれるだけで嬉しいと思っている人もいるだろうけど、彼は自分にとってただのロックスターではないし、陳腐なアイドルでもない。
元気な姿を見られれば、ニューアルバムを聴くだけで満足なんて、とてもできない。
Lodger のジャケットには鼻も顔面も曲がって、倒れ込んだボウイがいました。
ここ数作のジャケットもボウイの顔がまともには描かれていません。
この最新作のジャケットでは、顔を白窓とタイトルで隠して(消去して)います。
ジャケットにも、"David Bowie" がいない。
「ゆるい」アルバムに、共通の傾向です。
その昔、"David Bowie" に僕らは煽られ、期待というバルーンを大きく膨らませていました。
この20年、そのバルーンはしぼみ続けています。
今回のアルバムは愛聴盤になるでしょう。
それでもバルーンは膨らむことはないのが悲しいですね。