ん??デジャブ?と思われるかもしれませんが、一応こっちがアルバムレビューとなります。
先日、初めて聴いた直後に稲妻が走り、電光石火の印象レビューをした Arcade Fire "The Suburbs" 。
ちょっと前のロッキングオンをパラパラとめくっていたら、アルバム評が載ってました。

山崎洋一郎氏が、「聴いていると胸が熱くなり、喉元が締め付けられ、手の甲を血がどくどくと流れるのを感じる。・・・。ロックとはこういう音楽だった。優れたロックを聴くということはこういうことだったということが蘇る。・・・。もう音源を受け取ってから、このアルバムしか聴いていない。少なくとも聴く「必要」を感じるのはこのアルバムだけだ。あまりにもレベルが、次元が違う。」と書いています。
まさしくそのとおりだと思います。
このことはSurf's-Upさんの言う、「The Suburbsのイントロのピアノが鳴った瞬間に、胸ぐらをグイッと捕まれるように聴き手は自らの心にある「郊外」に連れて行かれてしまう。何度聞いてもその感覚が薄れない」というところにも、通じます。
次から次へと新手のミュージシャンが登場して面白い音楽や刺激の多い音を聴かせてくれますが、やっぱり音楽がもたらす人の心を動かす本物の力ってのは、誰にでも創りだせるものではなく、限られたミュージシャンだけが実現できること。
その数少ないミュージシャンのひとつが Arcade Fire なんだということを再認識させてくれます。
そういう想いもあり、必然的にそうなってしまうということもあり、このアルバムを聴くときには、襟を正して聴きたくなるというか、この音楽だけに没入できる環境でしか聴かないようにしてます。
隅から隅まで、味わいたい。その世界に浸りきりたい。
それでも、このアルバムはたっぷり16曲と、けっこうボリュームがあるんですね。
時間もエネルギーも必要となります。
そうすると平日は無理。
土日の朝、まだ家人が起きてこない時間帯に、今だと朝の日差しがある時にしか聴く機会がありません。
この週末も、土曜と日曜、しっかり聴きました。
聴きこむにつれ思うのが、このアルバムのキーワードは「抑制」ということだな、と。
今までの彼らは、どちらかというと発散型の音楽を演ってました。
あふれんばかりのエモーションとエネルギーをダイナミックに解き放つタイプのロック。
直情型とでもいうべきでしょうか。
ウィン・バトラーの歌もとてもエモーショナル。
曲の良さに合わせて、それがとても魅力だったわけですが。
The Suburbs では、ミュージシャンとして、曲として持つエネルギーの大きさは変わらない。
しかし、今回は、そのエネルギーを曲の中に溜め込みながらも、発散してしまわない。
とても抑制が効いた曲創りと、パフォーマンスをしていると思います。
抑制といっても、決して出し惜しみをしてるという意味ではありません。
あふれるエネルギーを抑え込みながら、制御しているというのが近いかな。
その制御はアルバム全体に通じていて、全体のつながりやバランスを取ることにも寄与してます。
この抑制感が、人によっては単調だとか、地味だとかの印象につながる場合もあるでしょうね。
でも自分にとっては、彼らのよさでもあり若干のクドさにも通じる、展開での仰々しいところが抑えられ、とても好印象というか、次のステップに入り始めたな、という感触です。
この曲を聴くたびに気持ちが高揚します。
ロックとはこういうものだったと。
幅の広がりがこういう曲に現われてますね。
穏やかな美しさ。
アルバム中、もっともハードな曲ですが、これでもうまく抑制された感があります。
しかし、なんという完成度のアルバムでしょうか。
大きなパワーを秘めたエネルギーを抑制することで生まれた、核分裂を制御して強大な電力を安定発生させ続ける原子力発電のような、ロックジェネレーター。
しかも本質としての曲の良さだけでなく、全体の密度感、バランス、細部へのこだわり、ロックとしてのスピリッツなど、とにかくひれ伏して聴くしかありません。
なんてアルバムを創ったのだろう、この人たちは。
これを超えるアルバムなんて想像もできないけれど、数年後にさらっとやってのけるんだろうな。