こうして考えると、ブライアン・イーノの初期アンビエント作品 Music For Airport はとても優れた作品でした。

制作意図はアンビエント・ミュージックであったとしても、それは一個の音楽としても成立しうるものだったし、その音の響きは限りなく美しく、心に不思議な作用をもたらす、空気感を持っていた。

アンビエントのコンセプトによると、その音量は周囲のノイズと同等レベルが望ましく、周囲の生活音なのかアンビエントミュージックによる音なのかが判別できないものが良いとか。

できるだけ静かな場所で、小さな音量で聴くのがもっともその音楽の作用を深く感じることができたのは、限りなく空気に近い存在として自分のカラダに沁み込んで来たからでしょう。

限りなく空気と同化して空気感を変える作用を持つ音楽。
これがイーノのアンビエントであり、Music For Airport なんだと思っています。

ロックは一般に、音量は許される限り上げて聴くものであり、その限界と近所迷惑のせめぎあいが宿命なわけですが、イーノのアンビエントミュージックは必要以上に大きな音量で聴くことは、その音楽の意図やサウンドスケープのバランスを壊すことになり、御法度です。

Brian Eno の新作、Small Craft On A Milk Sea
$煩悩の日々

本人がコンセプトとして持っていたことなのか、インタビューのワンフレーズを捉えてレコード会社がセールスプロモーションワードとして利用しているだけなのかわかりませんが、これは音楽だけで創った映画なのだとか。

もともと映像を喚起する力のあるイーノの音楽ですが、音楽だけで創った映画って一体?
わかったような、わからないような。
映画って、やはり映像があってそのワンカットがすべてを物語っているからこそ、映画なんじゃないかと思いますが。

このアルバムはむしろ、映画を感じて欲しい音楽。
音の持つイマジネーションの広がりを感じ取って欲しい音楽。
そんなことなんじゃないかと思います。

今回のイーノのアルバムは、わりと大きな音量で聴くことにも耐えられるバランスです。
基本は一見アンビエント系のゆったり静かな曲が多いですが、そのことでもアンビエントミュージックとして聴かれることは意図してないですね。

静かな曲は、あくまでもイマジネーション喚起を意図して静かな創りになっているだけで、アンビエントを目的化したのではない。
アグレッシブな曲調のものは、インプロヴィゼーションをベースに創られたそうですが、それもイマジネーションの幅を広げるための仕組みなんだろうと思います。

比較的聴きなれたアンビエント系に近い曲。


なんとも美しい曲です。


インプロヴィゼーションをベースにしたアグレッシブな曲。


この試みが成功したかどうかについては、イーノの創りだすアルバムのクオリティレベルを考えるとちょっと疑問を感じる部分もありますが、イーノならではの上質のサウンドスケープを楽しめるアルバムであることは間違いない。

それでも、、イーノのボーカルが大好きな自分としては、Another Day On Earth のような、ボーカルアルバムが恋しくなってしまいます。

音だけで映像の持つイマジネーションの広がりを実現する方向性もありですが、彼の音楽はそもそもボーカル入りが限りないイマジネーションの広がりを持つので、今のままでいいんじゃないかと思ったりもします。

例えば、この Another Day On Earth からの曲、This なんて、やはり素晴らしい。
これはあえて映像を切ります。


イーノが好きになってイーノに期待し続けて、かなりの年月が経ちますが、その期待に応えてくれながらもちょっとした驚きをいつも与えてくれている。
そして気がついたら、なにがしかのイーノのアルバムを聴いている。

自分にとって、イーノの音楽それ自体が、生活の中での環境音楽なのかもしれません。