そのミュージシャンが大好きでアルバムがたまらなく好きで死ぬほど聴いた曲の場合、なんでこんなところまで憶えてるんだろうと思うくらいに、細部まで思い入れがあることありませんか。
歌詞なんて意味よくわかってないのに、英語の発音のニュアンスまで憶えてて、歌い方のクセや息継ぎのタイミングやメロディをちょっとはずすところとかね、空で歌えるくらいに憶えてる。
イントロを聴いただけで、その曲が細部までよみがえり、なんだかもう聴き終わったくらいの感動を味わってる。
それほどまでスタジオ盤のオリジナルを聴きこんだミュージシャンのアルバムは、ライブで複雑な想いがすることがあります。
ライブの良さはそのダイナミズムと、まさしくそこにミュージシャンがいてくれることですが、オリジナルがダイナミズムでもってさらに先の次元に昇華されている時は至福です。
ところが、自分が細部まで憶えてしまった曲の場合、ライブバージョンとしての変質が違和感となる場合があって。
ここのメロディーはそうじゃないだろう、そういう風に軽く歌わないでほしいとか、この高音の声のトーンがいいのにかんたんにキー下げないでほしいなあ、あのギターのカッティングの代わりにチャカポコしたパーカッションでごまかさないでよ、この曲のトーンはもっとシリアスなんじゃないの明るけりゃいいってもんじゃないし、などなど。
自分の場合、それはデビッド・ボウイのライブにおいて顕著な傾向です。
ボウイはスタジオ型のミュージシャンだと思っています。
アルバムごとにまったく新しい世界観を創り、世の中に提示する。
一作ごとに、あまりにもドラスティックな変化。
リスナーである我々は、ボウイが提示する新しい世界観に最初は戸惑い、ほどなく絶賛し始める。
聴けばきくほどそのアルバムが好きになり、その世界観にのめり込んでいく。
アルバムをリリースした後のツアーは、サポートメンバーもアルバムとほぼ同じメンバーを組んで行くのが通常のため、比較的幸せなカタチのツアーとなります。
最新アルバムから大きく変わってはいないアレンジと、ライブならではのダイナミズム。
そこにはアルバムで提示された世界観も垣間見られます。
ただし、それは最新アルバムからの選曲に限って。
他のミュージシャンと同様、以前リリースされたアルバムからもピックアップされ、ライブで演奏されますが、最大の違和感はこれらの曲たちから生まれます。
その曲が収録されたアルバムで創られた世界観とは違う世界観で歌われる曲たち。
おそらくボウイ自身も、そこには大きなジレンマを抱えていることでしょう。
今回、Station To Station の Delux Edition が発売になりましたが、そこでのもうひとつの目玉は1976年にナッソーコロシアムで行われたライブの2枚組CDです。

これは StoS のリリースされた直後のツアーでの記録ですが、これまでのボウイの公式ライブアルバムは、次の次の Heroes がリリースされた後のワールドツアーでの模様を収録した Stage となりますので、Stage の2年前のライブアルバム、ということですね。
昔FMでこの音源がオンエアされたことがあるそうで、その時の模様をもとに、たくさんの海賊版がリリースされたようです。
この次のStageツアーの時は日本にも来てくれたボウイ。
たしか武道館だったかに、見に行ったのですが、今一歩感動が薄かった印象があります。
そして出たStageも、それほど良いライブアルバムとは思えませんでした。
なぜライブもライブアルバムも物足りなかったのか。
その理由がこのナッソーコロシアムライブを聴いて納得がいきました。
実に30年ぶりの納得、ということになります^ ^
それは先ほど言った、世界観の問題。
StoS からの曲は素晴らしい。
スタジオバージョンに、ライブならではのダイナミズムが加わってる。
RYKOからのリマスターでオマケについていたSTAYのライブなど、音源はこのライブからのようですが、今回は明らかに音質に飛躍的な改善が見られます。
しかし、それ以外のアルバムからの選曲。
あきらかにStoSのサポートメンバーをバックに、この時期のボウイが歌うことへの明白な違和感があります。
その曲の持つ世界観、オリジナルでのボーカルの魅力。
ともに大きく失っています。
その2年後に行われたツアーのライブアルバム Stage では、このナッソーで良かったStoSからの曲すらも違和感が出てきてます。
メンバーも、やってる世界観もさらに違ってきてるので。
もしかしたら、ライブはショーと割り切っているのかもしれない。
すべての曲の世界観を生かしたライブを行うのは無理なので。
そこではファンの思い入れなんて、断ち切ってる。
だから、自分のレパートリーの中から人気投票を行ってライブで演る、なんて発想が出てくるのかもしれない。
本来であれば、そのミュージシャンの生を満喫するはずのライブ。
そこが欲求不満の場になるなんて、こんなミュージシャンも珍しいかもしれませんね。