松田聖子。
一応、お断りしておきますと、別にファンじゃありません。
娘がテレビを見ていて、松田聖子が出ると、あパパの好きな松田聖子だ、と言いますが、これは妻の差し金であって、事実はまったく違うので、念のため。
ボーカリストとして、かなり評価しています。
特に、結婚前、彼女の存在が日本の歌謡曲界で、燦然と輝きを放っていたころ。
天性の媚びを持つよく伸びる声。
音楽をマーケティングとして捉え、チーム松田聖子が戦略的に音源制作からプロモーションまで行ったことも彼女の成功の一要素だとは思いますが、やはりその核に彼女の音楽的な魅力があったからこそです。
松田聖子はシングルを出すと、楽曲タイアップも含め大量の露出のバックアップもあり、必ず大ヒットを飛ばしたわけですが、実はアルバムミュージシャンとしても優れていたのが、彼女の評価をあそこまで高めた最大要因ではないか、と思っています。
彼女がアルバムを発売するのは、夏の入り口と冬の入り口の年2回のペース。
それ以外にも、企画盤とかベストとかのリリースはありますが、基本このペース。
夏休みに聴かれるアルバムとして、夏の入り口にリリース。
クリスマスや冬休みに聴かれるアルバムとして、冬の入り口にリリース。
ジャケットの写真、アルバムタイトル、収録曲、すべてが戦略に則って企画・制作されている。
表向きの目玉は、その豪華な制作陣ですね。
作詞は松本隆にほぼ統一されていますが、作曲陣は、大滝詠一、細野晴臣、松任谷由実、財津和夫、佐野元春、南佳孝など、当時の日本ポップス界では欠かすことのできないミュージシャンが目白押しです。
だからどうした、ってことでもあるんですが、これらの人たちを起用して夏と冬にフォーカスされたアルバムを創る。
このクオリティがとんでもなかった。
これが松田聖子のすごかったところ。
日本の歌謡曲で、ここまでアルバムのクオリティが高い人は、初めてだったのではないでしょうか。
かなりの歌手のアルバムは、ヒット曲を中心に、歌数を埋めているだけのものが多かった。
それが、すべての曲がシングルカット向きではないけれど、ちゃんと創られてる。
トータルでのプロデュースがされている。
アルバム「風立ちぬ」なんて、A面が全部大瀧詠一ですぜ。
作曲と編曲が。
そこから、「一千一秒物語」
音楽的には、日本でそれまでになかった、最高峰のPOPSと言えると思います。
練り上げられた作詞・作曲。
存在感と個性にあふれたボーカル。
ジャケットからプロモーションまでコーディネイトされた戦略。
ところが、聴いてる僕らは、操作されてる感というか、思い通りに操られてる感が否めません。
ほら、ここまで楽しめるもの創ったぞ。
売れるはずだぞ。
ほらやっぱりみんな買っていく。
それなら次はこれに食いついてくるはずだ。
よし、これも当たった。
当時、天の邪鬼だった(今もか)僕は、なんとか乗せられているわけではない、ただ純粋に優れた音楽として評価し、買ってるだけだと、自分に言い聞かせてましたけどね。
このクオリティを維持していたのは、なぜか独身時代だけです。
アルバムとしては、The 9th Wave まで。
そこから"Vacancy"。
この歌のトーンや、絶妙の声は彼女ならではですね。
その後の彼女は、独特の軽やかさを失い、ふてぶてしさのようなものを身につけてしまいました。
日本のPOPSにとってのひとつの頂点が終わりました。
一応、お断りしておきますと、別にファンじゃありません。
娘がテレビを見ていて、松田聖子が出ると、あパパの好きな松田聖子だ、と言いますが、これは妻の差し金であって、事実はまったく違うので、念のため。
ボーカリストとして、かなり評価しています。
特に、結婚前、彼女の存在が日本の歌謡曲界で、燦然と輝きを放っていたころ。
天性の媚びを持つよく伸びる声。
音楽をマーケティングとして捉え、チーム松田聖子が戦略的に音源制作からプロモーションまで行ったことも彼女の成功の一要素だとは思いますが、やはりその核に彼女の音楽的な魅力があったからこそです。
松田聖子はシングルを出すと、楽曲タイアップも含め大量の露出のバックアップもあり、必ず大ヒットを飛ばしたわけですが、実はアルバムミュージシャンとしても優れていたのが、彼女の評価をあそこまで高めた最大要因ではないか、と思っています。
彼女がアルバムを発売するのは、夏の入り口と冬の入り口の年2回のペース。
それ以外にも、企画盤とかベストとかのリリースはありますが、基本このペース。
夏休みに聴かれるアルバムとして、夏の入り口にリリース。
クリスマスや冬休みに聴かれるアルバムとして、冬の入り口にリリース。
ジャケットの写真、アルバムタイトル、収録曲、すべてが戦略に則って企画・制作されている。
表向きの目玉は、その豪華な制作陣ですね。
作詞は松本隆にほぼ統一されていますが、作曲陣は、大滝詠一、細野晴臣、松任谷由実、財津和夫、佐野元春、南佳孝など、当時の日本ポップス界では欠かすことのできないミュージシャンが目白押しです。
だからどうした、ってことでもあるんですが、これらの人たちを起用して夏と冬にフォーカスされたアルバムを創る。
このクオリティがとんでもなかった。
これが松田聖子のすごかったところ。
日本の歌謡曲で、ここまでアルバムのクオリティが高い人は、初めてだったのではないでしょうか。
かなりの歌手のアルバムは、ヒット曲を中心に、歌数を埋めているだけのものが多かった。
それが、すべての曲がシングルカット向きではないけれど、ちゃんと創られてる。
トータルでのプロデュースがされている。
アルバム「風立ちぬ」なんて、A面が全部大瀧詠一ですぜ。
作曲と編曲が。
そこから、「一千一秒物語」
音楽的には、日本でそれまでになかった、最高峰のPOPSと言えると思います。
練り上げられた作詞・作曲。
存在感と個性にあふれたボーカル。
ジャケットからプロモーションまでコーディネイトされた戦略。
ところが、聴いてる僕らは、操作されてる感というか、思い通りに操られてる感が否めません。
ほら、ここまで楽しめるもの創ったぞ。
売れるはずだぞ。
ほらやっぱりみんな買っていく。
それなら次はこれに食いついてくるはずだ。
よし、これも当たった。
当時、天の邪鬼だった(今もか)僕は、なんとか乗せられているわけではない、ただ純粋に優れた音楽として評価し、買ってるだけだと、自分に言い聞かせてましたけどね。
このクオリティを維持していたのは、なぜか独身時代だけです。
アルバムとしては、The 9th Wave まで。
そこから"Vacancy"。
この歌のトーンや、絶妙の声は彼女ならではですね。
その後の彼女は、独特の軽やかさを失い、ふてぶてしさのようなものを身につけてしまいました。
日本のPOPSにとってのひとつの頂点が終わりました。