Sting 。
1988年、Nothing Like The Sun ツアーの東京ドーム公演。
今まで見たコンサートの3本の指に入いる感動。
今は亡きケニー・カークランドのピアノ、ブランフォード・マルサリスのサックスを始めとしたたくさんの名手たちを従え、完ぺきな演奏と歌をドームでは聴いたことのないほどの音の良さの中で聴かせてくれました。
その中でも、Sting の弾き語りによるFragile は最高でした。ギターと歌がうまいって、ほんとにうらやましいと感じたもんです。

そのFragile、彼は数えきれないほどコンサートで歌ってきたと思いますが、この日のライブほどこの歌を歌うのが辛かった時はないと思われます。

2001年9月11日。
場所は、イタリア・トスカーナ、彼の自宅兼農場の特設ステージ。
厳選されたファン200名だけが招待されて、スペシャルなライブを楽しめるはずの舞台。
夜6時の本番の数時間前、アメリカからの緊急映像がここトスカーナにも届いていました。

演奏をするべきか、やめるべきか。
悩んだ末にStingが選択したのは、Fragile だけを演奏して黙祷すること。
この曲は、この日に歌われるために生まれたのかもしれません。

これがその日のFragile です。



生身のからだに鋼の刃が突き刺さり
流された血が夕日に染まって乾いていく時
明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される
だけどぼくらの心を襲ったものはいつまでも消え去りはしない

ことによるとこの最終的手段は
暴力は何の解決にもならず
怒れる星の下に生まれた者たちに為す術がないという
一生かけての主張をねじ伏せるものだったのかもしれない
人というものがこんなに儚いとぼくらに思い知らせようと

いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう
人というものがどれほど儚い存在か
ぼくらがどんなに儚い存在か

いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう
人というものがどれほど脆い存在か
ぼくらがどんなに儚い存在か
人がどれほどかよわいか
ぼくらがどれほど儚いか


音楽が持つ特別な力というものを感じざるを得ません。

他のどんな表現が、ここまで心を揺さぶることができるでしょうか。
悲しみを、辛さを、共有することができるでしょうか。