ストーブ焚いても室温が零下から上がらない寒い部屋でふとんにくるまり、手袋をして本を読む。
井上靖。やはり静寂の中で読む本は格別。
翌日に期待を膨らませ、天候に不安をよぎらせ、就寝。
翌朝、朝食後、旅館におにぎりを作っていただき、出発。午前8時。
出発してすぐに、難所・釜トンネル。
一車線分しかないトンネル幅。平均斜度10度、最大斜度20度以上の急坂。マニュアル車だとローでしか登れない、信じられないトンネル。トンネルの壁はむき出しの荒い岩肌。路面は凍った凍結路。
真っ暗やみの氷のトンネルを抜けるかのよう。
ヘッドランプを着けて進む。ライトが照らすのは足元よりも、頭上。なぜなら、巨大なツララがいくつもぶら下がっているから。それが落ちてこなごなになっている個所がたくさんあり、この被害にあわないようにするのが最優先だからだ。
ゆっくり進む。1kmが長い。そして出口。
おおお・・・
ついにたどりついた、雪に閉ざされた上高地。眼下には梓川。左手には焼岳。そして景色を覆い尽くす雪。
無音だが、シンと鳴っている。風がサーッと抜ける。雲がゆっくり動く。歩き出す。ギュウッ。ギュウッ。東京では絶対に味わえない、パウダースノーを踏み固める音がする。
そのまま頭の中まで真っ白になりながら、歩き続ける。
大正池そばの湿地帯に到着。もちろん雪に覆われ、白い平原と化している。
焼岳を振り返る。They Dance Alone。この景色ほど、この空気感ほど、Stingの音楽に近いものはないのではないか。ピーンと張りつめたヒンヤリとした空気感。限りなく透明度の高い空間。落ち着き払った、確固たる存在感。
ゆったりと流れる気高い時間。Sister Moon。
至福の時間を過ごす。河童橋のたもとに座ってお茶を飲み、にぎり飯をほおばり、視線を穂高に向ける。
誰もいない。何も人工的な音がしない。上高地に溶けていく。
また雪が降り始めた。もう少しここにいたい。青空が消え、幽玄な景色に。
Sister Moon。
少し降りが強くなった雪が吹雪にならないうちに戻る方がよさそうだ。
この体験が素晴らしいままであるために。
穂高を背に、足跡のない雪の平原を歩きだす。
Nothing Like The Sunももうすぐ終わる。
Secret Marriage。雪が降りしきる。