Chihiro Sato-SchuhさんFacebookより


【魂の中を覗けば、本人か別人かははっきりわかる】


公開セミナー「真実を見抜く感性を磨く」の第2回は、「本人とダブルの見分け方」というので、誰でも知っている政治家のいろいろな時期の写真を比べてみた。あるときから政治家が別人に入れ換わっているという話はよくあって、骨格が違うとか、耳の形が違うとかでわかるということが言われている。実際、整形手術だとか、3Dでコピーするゴムマスクとかで、本人そっくりの外見を作ることは可能で、CGグラフィックを使うディープフェイクのような技術もある。しかし、耳の形を比較しなくても、別人であれば、魂の中身が違うのは、内なる子供の感性を使えば、実はかなり明白にわかる。


そうした感性は、子供のときには誰でも持っているけれど、大きくなるに連れて、だんだんと使わないようになっていくのだ。そしてその代わりに、親や先生の言うことやテレビの言うことを信じるようになっていく。


第1回のときと同様に、真実を見抜く力を持っていた子供のときに戻ったつもりで、あるいは自分の内なる子供を信頼して感想を聞くような感じで、写真の人物がどういう人物なのかを見てもらった。そのときに、骨格だとか耳の形だとか、服装だとかヘアスタイルだとかに意識を向けるのではなくて、目だけを見て、そこから魂の中を覗くような気持ちで見てもらった。そして、身体の感覚がどう変わったか、内なる子供がどう反応したかをシェアしてもらった。


最初に使ったのは、ウクライナ大統領ゼレンスキーの就任当初の画像だった。一見、にこやかで親しみがある感じの写真なのだけれど、みぞおちのあたりがギュッと締まって痛くなったり、背骨が痛くなったりといった身体の変化を感じた人が多かった。気持ち悪くて見ていられなくなったり、喉が締め付けられて息苦しくなったり、ザワザワした嫌な感覚がしたりといった反応があった。これは、本能的に危険を感じ取っているときの反応だ。胸から頭までカッと熱くなるような感覚を感じた人もいた。これは、危険を感じて、血中のアドレナリンが増加しているときの感覚だ。


内なる子供に聞いてみると、嘘つき、信頼できない、自分の欲で動いているから、悪いこともできる、といった言葉が出てきた。


闇が深い人物の魂を覗き込もうとするとき、第三チャクラの力が弱いと、恐怖心の方が勝ってしまって、覗き込めない状態になることがある。第三チャクラは、「肚が据わっている」という感覚の力なのだけれど、これがしっかりしていると、どんなときでも自分軸がブレないでいられることができ、自分の感覚を信じることができる。それで、第三チャクラのエネルギーのポイントである「悪魔の岩」と呼ばれている巨石の画像を使って、その岩のところに自分が立っているのをイメージして、岩のエネルギーを皆で遠隔で受け取ってみた。


すると、参加者の表情がとたんに変わって、落ち着いて安定した感じになった。さっきはギュッと締まっていた身体が緩んで、お腹からハートのあたりまで暖かくなったり、みぞおちのあたりに太陽のような光を感じたりした。自分が実はずっと大きな存在なのだということを感じたといった人もいた。だから、何があっても自分を守る力もあるし、大地や宇宙に支えられているという感覚が持てると。私たちは、物質的には身体の大きさしかないけれど、エネルギー体としては実はずっと大きくて、地球をすべて包むような大きさでもあり、宇宙と同じ大きさでさえある。どこまでを「自分」として意識するかの問題なのだ。こういう巨石のようなエネルギーのスポットは、その力を思い出させてくれる場所だと言える。


そして、第三チャクラを活性化したところで、また同じ写真を見てもらった。すると、さっきは恐い感じがしたのに、今度は恐くなくなっていると言った人も多かった。何をしようが、ちゃんと自分を守れるという感じがしたり、やっつけてやれるような感覚が持てたりした。一方、まるで爬虫類のような気持ち悪さだとか、邪悪さを感じた人も多かった。第三チャクラがしっかりしていればいるほど、闇をしっかりと見て取る力も増すのだ。また、「本当はこんなつもりじゃなかったのに、ここまで追い詰められてしまった」というような焦りを感じているようだと言った人もいた。


それから、今のゼレンスキーの写真を使って、就任当初の写真とどう違うのかを感じてもらった。やっぱり身体の感覚を感じてもらって、内なる子供に、この人はどんな人なのか、信頼できる人なのか信頼してはいけない人なのか、さっきの写真と同じ人なのか、と聞いてもらった。すると、ほとんどの人が、すぐに別な人だという反応が返ってきたのを感じていたようだった。目の中が真っ暗だったり空洞だったりに見えて、まるでブラックホールを覗き込んでいるようだとか、魂を売り渡しているとか、言われたままにやっているだけで自分には関係のないことだと魂が言っていると、感じていた。


本人でなく、誰か別の人が演じている場合には、本人にはあった欲深そうな邪悪さとかギラギラした感じはなくなって、まるで人形のように空っぽな感じがする。だから、それほどねっとりした気持ち悪さはないけれど、その代わり、だからこそどんなひどいことでも平気でできてしまうような恐さがある。また、右目と左目が違うことを言っている、と言った人もいた。これは、本心をごまかしているときの徴のようだ。見せかけようとしている自分と本心の自分が食い違っているのが、右目と左目の違いとして現れてくるようだ。


それから今度は、プーチン大統領の就任当初の写真を使って、どういう人だと感じるかを、内なる子供に聞いてもらった。一見、クールで冷徹なようにも見えるけれど、身体はすぐに緩んで暖かさを感じた人が多かった。深い慈愛を感じるし、意志の強さや知性、深い悲しみを感じながらも、崇高な信念がある人だと感じた人もいた。ハグしたいような親しみを感じたと言った人もいた。この人は子供には優しい人だと内なる子供が言った、と言っていた人もいた。


それから、ミュンヘンの安全保障会議で有名なスピーチを行ったときのプーチンの写真を使って、この人はどういう人なのか、何をしようとしているのか、と内なる子供に聞いてもらった。最初の写真と同じ頃の写真なのだけれど、この写真では、さっきと違う人のようだと感じた人が何人かいた。さっきの人のように強い意志がなく、弱々しく見える、と。一方、これは同じ人だけれど、まるで敵に囲まれているように感じているようだと言っていた人もいた。


このスピーチでは、プーチンはまさに敵の陣中に乗り込んでいったようなものだった。笑いものにされるだけかもしれないのに、軍事ブロックで考えるのはやめて、多極的な世界秩序を作ることが、世界平和への道だと、当時は理想論としか受け取られないようなことを語っていたのだ。そして実際、西側諸国はただ笑いものにしただけだった。


おそらくそのために、最初の写真とはまるで別人みたいに、弱々しく見えたのだと思う。しかし、彼がこのときどのような状況で語っていたのかを考えると、絶望的な状況でこれほどの希望を持って、語り切った彼に、とてつもない意志の強さと純粋さを感じることができる。


最後に、今のプーチンの写真を使って、この人はどういう人なのか、さっきの写真と同じ人なのか、と内なる子供に聞いてもらった。若い頃とは顔つきがかなり変わったので、別人ではないかということがよく言われているけれど、ほとんどの人は、内なる子供が同じ人だと言っていると言っていた。最初の写真と同様に、深い慈愛のようなものがあり、今の写真の方が、信頼できる感じがずっと強くなっていると感じた人が多かった。ずっと自信があるし、若い頃の写真からは感じられた孤独感や悲しみのようなものが癒やされていると。最初の写真の頃から、とてつもないような苦闘の年月をすごしてきて、魂の中身もまったく違うものになったように思えるけれど、同じ志のようなものがあり、やはり同じ人物だと感じたようだった。


違う人物のように見えても、別人に入れ換わっている場合は、魂が空っぽになったような、自分とのつながりがなくなったような感じになる。だけど、年月を経て変わった場合には、より深みを増した感じになる。いろいろ聞いたり読んだりしたことを一旦取り払って、純粋に内なる子供の声を聞いてみると、私たちの本能的な感性は、実はすべて精確に感じ取っているということがよくわかる。


メディア操作の手法も潜在意識に呼びかける手法を使っていたりして、絶対に信頼してはいけない人をいい人だと思い込まされてしまったりもしているのだけれど、内なる子供の感性を再び取り戻して、その声に耳を傾けることを知ったら、どんなにメディア操作されていても、私たちはやはりその奥にある真実を見て取ることができるはずなのだ。誰を信じるべきかということを議論するよりも、この感性を取り戻すことが、世界を根底から変えていく力を持つのじゃないかと思う。


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画像は、セミナーで使った写真


セミナーのライブ配信の録画は、こちらで見られます。


















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