前回のブログで、世界線、パラレルワールドを映画のフィルムに例えて話しました。そのフィルムはこの3次元の世界だけではなく、宇宙、高次元も含んだものではないかと思います。
3次元の世界だけが変わるのではなく、宇宙、高次元も含めたすべてが変わると思います。◯◯星人という宇宙人も含まれますし、死後の世界、つまり次元の違う世界も含まれるのだろうと思います。
世界線のフィルムはそういうものだと思います。まあ、逆に、3次元だけのファイルというのでは、無理があります。
自分が生まれた瞬間から、そんな世界線を自分の意識、思考、感情、想像が作用して、常に世界線を移動、変更しながら生きているのでしょう。そして、今ここにいます。
裏返せば、世界線を選択しているということは、自分が世界を創造しながら生きているとも言えます。つまり、いつでも例外なく、自分が創った世界にいるとも言えます。
望む現実の世界線に居ることは、大変なことでもなく複雑な話ではなく、とってもシンプルなことだと思います。シンプルなシステムだと思います。
このシステムは、自分はどうありたいのか、もっとつき詰めると、自分とは何か?ということに向かい合うためにあるのだと思います。言い方を変えると、自分を思い出すための仕掛け、とも言えます。
向かい合っていると、自分は何をしたいのか?ということが少しずつ見えてきます。見えてくるというか、気づいていきます。そして、見えてきたこと、気づいたことをすればいいんだと思います。小さなことでもいいんです。それが望む世界線ではないかと思います。
人は、このような連続したゲームのような世界を味わう為に生まれてきたのではないか?と。。思います。少なくとも、私はそうだなあと感じています。
このゲームは楽しく安心してプレイができる保証書付き、笑、だと思っています。
その世界線の選択、変更は、完璧な台本のもとに起きているのだろうと思っています。だから、安心してやりたいことをやって生きていればいいのではないかなあと思っています。
まあ、そう思うと楽に生きられるから、そう思っているというところもあります、笑。
さて、これは私自身に言っているのですが。。。私自身は何をしたいのか?、どう在りたいのか?。。。ここが世界線を考える時の最も重要だと思います。生に対して執着も無く、欲しいもの、やりたいことが無い私自身に書いています、笑。生きてるだけで十分と思っているので、笑。
ここまで読んでくださりありがとうございました。もう少し、世界線について書いて整理してみたいと思います。