望む現実を選ぶ、創ることに関して記してきましたが、引き寄せの法則と言われているものも、同じことなのでしょう。引き寄せの法則は、外から望むことがやって来るのではなく、自分の意識、意図、決意が原動力となって望む現実が現れることですよね。
いずれにしろ、私はどうありたいのかを見つめることになります。見つめることは、気づきのきっかけになります。気づきは自分を知ることに繋がります。それは、生まれる時に忘れた記憶を思い出すことで、人生は、それを思い出し気づく喜びを味わうために用意された世界、劇場なのでしょうね。
ここで矛盾したことを言うのですが、不安になったり、心配したり、または望まない世界線を選んでも間違えではないということです。望まない世界線という言い方は正確でないですね、誰もが望んだ世界しか選べないから。
それが、実は、大いなる流れのなか、言い換えると生まれる前の計画で、その人が経験したいと潜在的に望んでいたことかもしれないからです。そのような冒険を経験したいと思って生まれたかもしれないからです。
そんな冒険を経験するだけではなく、そこで気づきを得たいと望んでいるのかもしれません。相対的な世界である地球で、悲しみ、苦しみ、辛さを経験してから、楽しく安全な世界を実感したいと思っているのかもしれません。なぜなら、その実感は、無性の喜びになるから。その喜びはネガティヴが無ければ実感することができません。
要するに、望む現実の世界線を選んでも、仮にうまくいかなくても、それはそうなるようになっていたということで、その人にとってそれが必要だから、そうなった。というような視点で見守れると楽になれるかと思います。
悲しい、辛い、苦しい冒険活劇は、私たちに気づきのきっかけを与えてくれるのでしょう。そこから抜け出したいと願い、そこからどう抜け出していくのか、その方法に気づくことで人間の真理を垣間見るのだと思うことがあります。
そんな風に人の一生を見られると、計り知れない大きな流れを感じます。大きな流れのなかで、いずれにしても、うまくいくようになっているのではないかと思ってしまいます。
自分に言い聞かせているような内容になってしまいました、笑。次回は、今回記したことを踏まえて望む現実の世界線を選ぶ際に留意したいことを書きたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。