葉の構成は、第1章の基本章が人生の概要が書かれており、その他にも、専門の章があります。

基本章は人生個性全般、その他に、教育と富、兄弟姉妹、物質的な快楽、子孫、子ども、病気、結婚、寿命、祖先と霊性、仕事、社会的な利益、感情、前世、救済、お守り等、特別章みたいなものあり、全体で17章くらいかもしれません。記憶が曖昧ですみません。

そして、第1章が出ると、あとの章は自動的に出てきます。

ところで、私はすべての葉は開きませんでした。すべての葉を開くと、そこそこの費用がかかったこともあるのですが、何章か開くべき葉を開いて、自分の気持ちとしては、あっ、ここでストップして、もう開かなくてもいいかなあ、と感覚的に思ってしまいました。

さて、この聖者の葉の最もすごいところは、基本章である第1章で書かれていた災難を小さくする方法、つまり、大難を小難にする救済法まで書かれていることです。そして、さらにお守りの作り方まで書かれていることです。そして、自分と関わる家族の大難も小難にできるということです。ここがすごいところです。

たぶん、葉を開く意味は、そこにあると思います。救済法、お守りを作る、これをしないのであれば、開く意味は半減するのではないかと思います。せめて、救済法だけでも。葉に書かれている家族にとっても、良い影響があるのかもしれません。

私は、ただ単に自分の葉を見たい!という気持ちで開いて、救済法、お守りはオプションぐらいに考えていました。でも、そうではなく、救済する、お守りを作ることが目的の葉なのだと、後から理解しました。

この救済法はカルマを解消する方法とも言われいます。正直なところ、私はカルマについては、よく分かっていません。勉強不足で。カルマには正の側面と負の側面があり、自分のすべての行為等は、例外なく自分にかえってくるというものですよね。ということならば、「カルマの解消」という場合には、負の側面だけを指すのか?神道でいう「罪、穢れ(けがれ)」と置きかえても良いのか??もしそういう解釈でも良ければ、解消した方がいいですよね。神社の大祓のように。

さて、私の葉に書かれた救済法は、いくつかの指定された複数の寺院にいって祈祷、お供えをする、貧しい女性、たしか12人にサリーを贈る、貧しい子ども、たしか10人に、学校に文房具を贈り、食事を振る舞う、と書かれていて、すべてやってきました。学校では子ども達が集まってくれて、校長先生から感謝されたのは、今でも懐かしい思い出です。これらの救済法は館のスタッフが同行して手順を教えてくれたり、手配してくれました。

また、お守りも、どこそこの寺院で○○○日、祈祷したビブーティ(粉)を身につけるようにと書かれてました。インドで買った金属製の容器に入れて、今もそのお守りを財布にいれています。寺院で祈ってもらった日数は忘れてしまいましたが、3ヶ月以上だったと思います。後日、日本に送られてきました。

以上が、アガスティアの葉を検索して来た概要です。次回は、通常の葉とは異なる、びっくりするような葉がありましたので、お伝えしたいと思います。