「真我」は本当の自分というもので、「自我」は今この世界にいる自分で、身体、意思、思考、感情ということです。映画の例えで言えば、スクリーンの中の自分が「自我」で、それを見ている自分が「真我」という感じでしょうか。正確ではないかもしれませんが、そう考えると分かりやすいかもしれません。
スクリーンの中で何があっても、それは幻想であり、本来の自分はそれを観察しているだけなんです。だから、この現実の世界で何が起きても、本来の自分は安全安心な場所にいます。
「真我」は、「自我」が消えていくと自然に現れてくるものだと思いますが、消すというより、大人しくさせていくようなイメージかもしれません。
「自我」を消していくというよりも、今の自分の視点とは異なる視点を持ってみる、という理解で良いかと思います。たぶん「自我」は消えないと思います。消えてしまうと、この3次元の世界で生きていくのが難しくなると思います。だから、消そうと思わないで、付き合っていくということかと思います。異なる視点とは、少し離れた位置から自分を見るという意識を持ってみる。俯瞰する視点です。例えば、空から自分を眺める意識を持つとかはどうでしょうか。
「自我」を大人しくさせていき、「真我」を実感していく方法として、次のような方法を試すことがあります。
部屋の中で椅子に座って、ぼんやりと周りをただ眺めてみる。そして、聞こえている音をただ聞くようにします。
もちろん、部屋でなくても、公園でもいいです。この方法は、二人のノンデュアリティ・ティーチャーに教わりました。とても簡単です。
ぼんやりと公園の木とか、空に浮かぶ雲を見つめます。クルマの音、人の声などの聞こえる音をただ聞きます。しばらくすると、静けさというか無というのか、ふと時が止まったように感じる瞬間があります。自分が周りに溶け込むような感覚を覚えることもあります。そのような時に、「自我」は静かになって、「真我」に触れているのかもしれません。
気持ちも落ち着きます。
私はあまりやりませんが、瞑想する時の感覚かもしれません。
さて、ちょっと留意したいのは、「真我は善」で「自我は悪」ということではないということです。
「自我」は、あるべくしてあるもので、三次元の世界を生きていくためには欠かせないものです。善悪の基準で判断すべきものではないと思っています。
次回は、善悪の判断について少しお話します。