最近は、ノンデュアリティ、非二元を語る、いわゆるスピーカー、ライター、そして教えるティーチャーも増えました。そういう状況も起こるべくして起きているのかもしれません。

ただ、語る人により若干ニュアンスの違いがあるかと感じています。これは、スピリチュアルの世界でも同様のことが起きますが、ある意味、仕方がないことだと思います。3次元に生きる私たち人間が、その人の脳というフィルターを通して言語化しているので、どうしても違いが出てしまいます。

また、ノンデュアリティのスピーカー、ライターの方の多くは、それらを説明しているだけにとどまり、「ではどうしたら、それを実感出来るのか」というところまで話している人は少ないかと感じています。また、教える人によっても教え方なども、当然ですが違っているようです。語る人、教える人によって理解度、性格、気質、感性、表現力等で違いがあり、言語化されます。また、私たちは、その言語化された内容を完璧に受け取っているとも限りません。

特に、ノンデュアリティは、語り手によっては禅問答のようでわかりにくい場合があります。特に、海外の「覚者」と呼ばれている方々が書かれた書籍は、理解するのが難しいなあと思ってしまいます。私の理解力、読解力がないのかもしれません。

さて、ここでくどいのですが、以前、お話したように、スピリチュアルなことは少し俯瞰して見るべきだと思っています。絶対正しいということは、この世にはありません。それが真理だと思っています。ですから、ほんの少し距離をとって見るべきかと思います。ノンデュアリティアはスピリチュアルとは違うという人もいますが、それでも、少し距離を置いた方が良いかと思います。

常に「なるほど、そうかもしれない、でも、自分はどう思うか、何を感じるのか」という自分の感覚を大切にして見て欲しいと思います。

そのように俯瞰しているという前提で、非二元、ノンデュアリティの世界ですが、「この世は一つのエネルギーが、様々な形となって現れている一つの世界」だというものです。近い表現で、「ワンネス」という概念がありますが、これとはニュアンスが異なると思います。個々が存在していて、それらが繋がっているというのが「ワンネス」だと、私は解釈しています。非二元、ノンデュアリティアは、個々に存在せず、すべてが一つということです。だから、二元の世界で個々が分離しているように見えるだけで、「私」と思っている自分も一つの全体の一部であり、幻想というものです。