ブラジルに来てから、
時間の流れ方が少し変わったように感じる。

 空の色も、風の匂いも、
聞き慣れない言葉のリズムも、
すべてがどこか遠い国のものだったはずなのに、
気づけばそれらが日常に溶け込んでいる。

けれど、本当に私の中で大きく揺れたのは、
風景ではなく「人との距離感」だったのかもしれない。 

 彼の家族に初めて会ったとき、私は少し戸惑った。  

その距離の近さに。 

 言葉よりも先に、抱きしめられる。
 説明よりも先に、心配される。 

 「大丈夫?」と、何度も何度も繰り返されるその言葉は、まるで確認ではなく、祈りのようだった。 

 それは、私が知っている家族のかたちとは、
少し違っていた。 

 私の両親は日系ブラジル人でありながら、 日本の文化の中で生きてきた人たちだ。 

 感情は、言葉にしすぎないほうがいい。 

 心配は、相手を強くするために、少し控えめでいい。 

 そんな空気の中で育った私は、「愛情」とは静かなものだと、どこかで思っていた。

 だからこそ、彼の家族の在り方は、
まぶしいほどに鮮やかだった。 

 少し大げさで、少し近すぎて、でも確かに温かい。

 どちらが正しくて、
どちらが間違っている、

という話ではない。
 ただ、違うだけだ。 

 けれど、その「違い」は、
ときに思っていた以上に深く、心に触れる。 

 私はいま、これまで一度も
住んだことのない国で生活している。 

 すぐに会える距離に、
血のつながった家族はいない。 

 そして、お腹の中には、新しい命がいる。

6ヶ月という、
決して軽くはない時間を共にしている命が。 

そんな中で、ふとした瞬間に、
思ってしまうことがある。 


 どうして、もう少し連絡をくれないんだろう。

 どうして、「大丈夫?」
と聞いてくれないんだろう。


 彼の家族のように、
何度も名前を呼んでくれたらいいのに、と。 

 きっと、私の両親なりの愛情は、
ちゃんとそこにある。

 ただそれが、私の今いる場所や状況には、
少しだけ届きにくい形をしているだけで。

 頭ではわかっているのに、
心は時々、追いつかない。

 文化の違いとは、
言語や習慣のことだけではなくて、 

 「愛し方の違い」なのだと、
ここに来て初めて知った。 

 そして私はいま、その二つの間で、
静かに揺れている。