強風の中お墓参りに出掛けました。

今日は母のお命日

あれから随分経ちましたけれど

母と娘という関係は断ち難いものがあるようで

未だにふいに母の声や表情が蘇ることがあります。

 

父と弟、母にとっては夫と息子をほぼ同時期に亡くすという不幸に見舞われた母は

その後亡くなるまでの7年間を一人で暮らしました。

嫁いだ私の家は近いと言っても15~6キロほどは離れていて

仕事も持っていた私は母のことが気にはなっても週末行くのがやっとでした。

訪れると聞かされるのは母の暗い話し。

ここが痛いあそこが辛い、父や弟が亡くなった頃のこと。

何故もっと楽しいことを考えないの?

そんなことばかり言っていても仕方ないじゃないの。

母の時間は父と弟を亡くした悲しみの時から止まったまま。

私には母の寂しさを慮る余裕などありませんでした。

 

母が亡くなってから後悔するだろうなと、その時自覚はあったのに

忙しさに感けて私はその期に及んでも老いた母に甘える情けない娘だったのです。

 

どうしてあんなことを言ってしまったのだろう
なぜもっと優しくしてあげられなかったのだろう

戻りたくても取り戻せないそのときの自分を思うことは
かなり 辛い。

でも思わないといけない。
ずっと負い目を持って生きていくことが
もしかしたら 自分を育てているのかもしれないのですから・・

 

母の命日は私にとってそういう日なのです。

 

 

画像は「玉」母も愛した猫。今頃空の上で一緒に笑っていてくれたら嬉しい。