さて先日の続きです。虫のオケラを見たのは子供たちがまだ幼い頃のことで、

半ばどんな姿をしていたかの記憶も薄れてはいるものの前足がモグラのようであったこと、

それだけは強く覚えています。以下は大辞林引用。

 

①昆虫ケラの通称。

②俗に、一文無しのこと。 「競馬ですって-になる」

バッタ目ケラ科の昆虫。体長約3センチメートル。体は円柱状で褐色。前足は幅広く、土を掘るのに適する。前ばねは短く発音器があり、土中でジーと鳴く声は俗にミミズが鳴くといわれる。昼は地中に潜み、夜は出て飛び、よく灯火に来る。日本全土とアジア・アフリカ・オーストラリアに分布。オケラ。 [季] 夏。 《 灯りたる障子に-の礫かな /岡田耿陽 》 〔「螻蛄鳴く」は [季] 秋〕

 

一文無しをオケラ、これは螻蛄が前足を上げ広げた姿が人間のお手上げ状態に似ているから、

あるいは無一文になり身ぐるみはがされた者を裸虫といい、それを螻蛄になぞらえたもの。

もう一説に、植物の「朮(おけら)}の根の皮を剥いで薬として用いることから、

これも身ぐるみはがすに通じる。その洒落です。

 

植物のことはさて置き、今日は虫の螻蛄の話し。

螻蛄と書いて読みはふたつ「けら」「おけら」

一体なぜ螻蛄には「お」が付くの?

 

接頭語の「お」あるいは「ご」は何かを美化したり高めたりする丁寧語だったり尊敬語ですよね?

でも虫に「お」をつけたりします?あれこれ思いを巡らせたところ気付いたのは「蚕」

おかいこさん、って耳にしたことありませんか?蚕には「お」を付けた上に「さん」までつけてる。

これは人の役に立っているからなのだと推測されます。

でも、「蚕」の字をオカイコとは読みません。蚕はカイコのみ。

 

とすれば、オケラも尊敬するに値する生き物なのか?

 

オケラは走り、飛び、掘る。さらに泳ぎ、上ることも出来るため、「五能」の虫と呼ばれています。

だから偉いのかと言えばそうでもなくて、

 

「よく飛べども屋上に上ることあたはず、よく上れども木をきはむる事あたはず、

よく泳げども谷を渡る事あたはず、よく穴をうがてども身をおほふ事あたはず、

よく走れども人に先だつことあたはず」
と書いて、「これケラ才といひて、実のなき人のたとへ也」 (物類称呼)

 

器用貧乏を意味する「ケラ芸」「ケラ才」などと軽視されます。

 

さらには蚯蚓(ミミズ)と並べて「螻蚓(ろういん)」、蟻(アリ)とケラとで「螻蟻(ろうぎ)」。

取るに足りないつまらないものの例えにまで使われます。

そういえば虫ケラなどともいいますが、これもケラのことなのかしら?

 

兎も角、おけらの「お」は「御」ではなさそう・・・

私見ですが、語呂がいいからなのかもしれない。

ケラと呼ぶよりオケラのほうが愛らしくて親近感も沸くというもの。

 

このごろでは見かけなくなったオケラは子供たちにも人気があったようで

夫が子供のころは手の中に入れて中で指をこじ開けようとする

オケラの前足の感触を面白がって遊んだと話しておりました。

 

結局わからずじまいのオケラの「お」

どなたかご存知のかたいらっしゃいましたらご教示お願いいたします。

 

そして、ここで、野口雨情「おけらの唄」に戻ります。

 

おけらの唄の さびしさに
窓にもたれて すすり泣く

まぼろし草も コスモスも
花は昔の ままで咲く

おけらの唄の さびしさに
畳の上に 伏して泣く

 

おけらの唄=鳴き声だと捉えたとき

オケラの声はそれほどに寂しいものなのでしょうか?

突っ伏して泣くほど寂しいのは、ほかに作者自身の悲しみがあって

それをオケラの唄が助長するのでしょうか?

 

そうではなくて、秋のはじめの夜、暗い闇の更に地中は真の闇

そこで鳴く螻蛄、螻蛄は何を思い何を必死に唄うのだろう。

そこに思いを馳せたとき雨情は切なくて涙したのではないかしら・・

 

 

最近見かけないオケラではありますが、夜更けにこの鳴き声を聞いたことはあります。

湿地を好むオケラは田んぼの畔によくいるのだそうで、

それならうちの周りにもいても不思議はありません。

 

大辞林にもありましたが、この声を俗にミミズが鳴くと言うそうで

歳時記にも秋の項に「蚯蚓鳴く」「螻蛄鳴く」「地虫鳴く」を認めます。

同じような場所に生息するためにオケラを探そうと地面を掘ったらミミズが出てきた?

その類かなと思いさらに調べすすんだところこんな話がありました。

モグラは餌としてミミズを食べますが、その時のミミズの断末魔の叫びがあの鳴き声なのだと!

 

もとよりミミズには発声器官はなく、鳴くことはありません。

それでもなお、ミミズが鳴くのだと伝わる理由はどこにあるのでしょうね。

螻蛄ではだめなのでしょうか・・。 

 

ここでお話をもうひとつ。蛇は昔、目を持たなかったが、歌がめっぽううまかった。

その蛇のもとに蚯蚓がやって来て、歌を教えてくれるよう乞うた。

蛇は歌を教えることと引き換えに蚯蚓の目をもらった。

 

あらら?脱線?オケラの唄のはずがこれでは蚯蚓の唄になってしまいますね。

 

では何故オケラが鳴くのか?寂しいからではありません。

こんな理由がありました。

 

 

斯様な落ちでごめんなさい。

どうにもまとまらぬオケラのお話はこの辺で・・