いらっしゃいませ![]()
今回は、どういう最期の迎え方が理想なのかを考えてました。
もちろん、近々迎えるつもりもないし、だからこそ考えてみようかな、と。
私は2020年に両親を相次いで亡くしてから、よく死について考えるようになりました。
それは暗い話ではなくて、誰しもいつかは迎える最期、って捉えてます。
両親はともに死因はガンでした。
母はガンと真っ向から闘い、父はのらりくらりと闘わず、という両極端でした。
母の年齢は80チョイ過ぎ、父は80代後半。
結果から言えば、母は死の間際、かなり苦しんだ(痛がった)みたいです。近くにいた父の話。
父はといえば、朝、寝室で目覚めてテレビをつけて、そのままベッドで眠るように亡くなってたそうです。兄の話。
ガンの種類とか進行度とかによって一概にこう、とは言えないと思うけど、絶対父のような最期を迎えたい、と思いますよね。
今回、病院で同室になったお婆ちゃん達。
一人は透析を受けていて、日中は痛み止めを上限まで飲み続けていました。
「もう死にたい」との声も聞こえました。
それでも看護士さんは一生懸命優しく声をかけ続けていました。
点滴の管がずれて、衣類が濡れていることも多々あるようで。
看護士さんの「痛いよね」(かわいそう)という声も聞こえてきました。
もう一人の方は、食が細くなり、
「食べなきゃダメだよ」って、食べ終わるまで見届けてました。
こういう姿ってご家族とか知ってるのかな?
知ってるとは思うけど、どう思ってるのかな?
正直、今以上良くなることは無いと思うんです。今をとにかく頑張って生きている。生かされている。
最期は、血圧とか下がって呼吸も浅くなって、家族を呼んで。。
それが理想?の病院で迎える最期、なのかな?
どのくらい頑張ればいいんだろう。。
お迎え🌈がくるまでひたすら頑張るの?
私は痛いのは苦手だからな〜![]()
治って元気になる見込みがあるなら、多少の痛みも乗り越えるし、家族や友人にも乗り越えてほしいと思う。
でも私が年老いて、もういいよって思えたら、静かに楽に逝けたらいいなぁ。
年齢は関係ないのかな?
安楽死のドキュメンタリーも観たことがあるけど、ありかも、と思う。難しい問題だけどね。
父は死因の欄はガンだったけど、老衰なのかも、とも思ってます。
母との違いは、父は食べられなくなってきたら、無理には食べさせなかったこと。
食べたいものだけを口に含ませていました。
アイスクリームのクーリッシュを買い置きしてて、あとは氷🧊
兄の意向で点滴はつけなかった。
点滴は毒だ!と医者に言い放った兄。
母は生きる意思が強く、兄との確執もあったので、食べられなくなっても点滴や栄養を欠かさなかったです。
両親の時はコロナ禍でもあったので、家族との面会が限られる病院や施設の入所はやめて、自宅療養してました。
もちろん訪問看護、訪問介護の方々の助けを借り、介護ベッドも借りました。
でも場所じゃない気もします。
病院でも施設でも、そこで親身になってくれる人がいたら、新たな人間関係が生まれて、その中で自分の居場所ができたなら、あり、ですよね?
私だったらどうかな?
自宅だと、どうしても家族の手を煩わせてしまうだろうし、家族が「病院の方が安心だ」と言われるなら、そちらを選ぶかも。
両親はボケとかはほとんどなく、ギリギリまで意識は正常で、会話も意思疎通もできました。
母は苦しんだのは最期の3日前からで、父は亡くなる前日の夜まで会話をし、
「また明日来るね」が最期の会話でした。
同居ではなく、私は車で10分、兄は徒歩圏内に住んでいました。
自分も、いつどうなるかわからない。
だからどういう最期を迎えたいか、きちんと家族に伝えておかなくちゃ、と再確認した今回の入院でした。
さぁ、ボチボチ通常(仕事)モード再開です。
自分や大切な人達が笑顔で生きている今に感謝しながら、暮らしていきまっしょ![]()
p.s
カバー写真のイチゴケーキ🍰は息子が快気祝いで作ってくれました❣️ 美味しかった😋