<小説>水滴
お腹がすいてばかりの主婦がいた。
朝ご飯をだんなと一緒に食べ、夫を見送り、洗濯機を回して、簡単に掃除をし、テレビを見ていると10時過ぎる。その頃にはもうお腹がすいている。いいともが始まる前にお昼ご飯を食べる。夫がいないときは二人分の量を自分で作り食べる。決まってメニューはスパゲッティーだった。満腹が主婦の心の満たすとき、主婦は一番の幸福を感じた。満腹のまま少しまどろむと決まって夢を見た。今日は宇宙飛行士になりたいと騒ぐ子供を説得する夢だった。毎日見る夢が主婦の午後を左右した。悲しいことを思い出す夢の日は主婦は決まって涙をこぼし、夫が帰ってきてからもふさぎ込んだまま、口もきかず、夫を困惑させた。楽しいことを思い出す夢の日は一日上機嫌だった。夫が帰ってくる9時ごろまでに毎日主婦は5回ほど食事をした。スパゲッティーばかり何度も何度も口に運んだ。夫が帰って来た後の食事はいつも豪華で、夫の好物をテーブルに並べた。夫から「子供が欲しいね、」と言われた日から、ずっと、主婦は食べ続けている。
ある日腹痛を訴え、主婦は入院した。
胃に小さな穴が開いていた。
夫は心配し、「何か苦しいことでもあるの?」と聞いた。
主婦は「何もないけど、何かあるのかもしれないけど、わからない」とだけ言って、夫に入院の手間をわびた。
主婦は入院中看護婦に「お腹がすいた」とわめいた。
ベットの上でまどろむことも出来ず、涙をこぼした。
看護婦は噂した。「あの人は、何故あんなに食べたがるのかしら?」「何か他に疾患があるんじゃないかしら?」主婦は精神科の診断を受けたが、別段悩みもないと主婦は言い張り、生い立ちから現在の全てを医師が質問しても、「幸福でした」と答えた。
やがて主婦は退院して、普通の生活に戻った。
「お腹がすいても1日3食以上食べてはいけないよ」という医者の教えを守り、毎日を過ごした。
夫も相変わらず優しかった。
ある日主婦は夢を見た。
大きな怪物に自分が食べられる夢だ。
主婦は次の日一日中食べ続けた。冷蔵庫のものを手当たり次第、むさぼるように。
夫が玄関の扉を開いた時主婦は冷蔵庫の前に座り込んでキャベツにくらいついていた。
驚いた夫は主婦を抱きしめた。
「どうしたの?」
主婦は、
「不安なの」
と初めて言葉にした、泣きじゃくっていた不安が転げ落ち、崩れた。
夫は冷蔵庫の周りを片付け、布団を引き、主婦を寝かせた。
いつもは別々の布団で寝るのだが、夫は主婦の背中を抱き、眠るまでそっと髪をなでてあげた。腕もなでた。腹もなでた。太って大きくなってしまった腹を。夫は子供がいたら笑えるなと思った。
そしていつのまにか変わり果てた主婦の姿を見て一粒の涙をこぼした。
こぼした涙は布団の上に染みてやがて消えた。
主婦はその晩夢を見なかった。
またもや
久しぶりの更新になってしまいました。
新しい家族というのは、猫です。
まだ生まれて三ヶ月弱。
我が家で大暴れしています。
このブログの題名通り、私は蚊柱の立つ川のほとりに猫と一緒に暮らしています。
仕事が忙しかったり、ちょっと落ち込んでいたりして小説がストップしてしまいました。
こういうのを「弱さ」っていうのでしょうか?
でもまた書き出したら面白い。
また少し短編を書こうと思います。
皆さん、暑さに負けずに頑張りましょうね。
久しぶりです
小説は今長編を原稿用紙に書いていま す。
ここでは短編を書きたいと思います。
今日、家に新しい家族がやってきました。
<小説>バラの花
生前音楽をこよなく愛していたので、お葬式中ずっと彼の曲をかけてあげた。式場の人には反対されたが楽しげな曲もたくさんかけることにした。
私は彼がこんなに多くの人に支えられて生きていたことを知らず、やはり彼のことなど何も知らなかったのだと思った。長女が泣いている。父が死んだということを受け入れることに成功したのだろうか、それとも失敗したのだろうか。まだこの子は12歳で愛していた父の死を受け入れるにはまだ若すぎる。ただ、生きてくれればそれでよかったのに。何故彼は一人で逝ってしまったのだろう。私にはいまこの瞬間考えてもわからない。
彼が死んでいた朝、私の実家近くでは小さな事件があった。一人暮らしの老婆が餓死したとニュースはその事件を伝えたが、伝えただけだった。私は冷たくなった彼の手を握り、何か届くのだろうかと思った。生きている時も届かなかった何かが今手を伝わり届きそうな予感がした。しかし彼は冷たいままだった。病院の先生には「何故もっと早く連絡してこなかったのか」と怒られ、警察を呼ばれた。彼は服毒自殺だったから、私に殺人の疑いがかかったが、それはすぐに晴れた。晴れたのは彼に愛人がいて、その関係や、会社でのトラブルが発覚し、私はあまり関係がないだろうということになったのだ。関係がないってどういうことなのだろうと、私は思った。青空を眺め雲の早さを確認した。長女が「流れが速いから怖い」と言う。私もその恐怖を肌で感じた。鳥肌が立った。死んでしまうなんてどういうことなのだろう。私と関係がないって誰がそんなことを決めつけるのだろう。
遺体が家に戻って来た日の夜、私は久しぶりに彼の横に寝転がり、彼の「寝顔」を見つめた。彼は今にも動き出しそうだったが、もう動かないのは何故か。死んでいるからだ。彼はもはや私とは寝てくれなかった。何度か拒否された。離婚の話も何度か出たが、子供のことを第一に考えようという結論になった。私は彼の言葉を聞き逃していた気がしていた。放たれては消える言葉を、毎日の生活での言葉を何か聞き逃していたのだろうか。消えて行ったものを追いかけてももう水の泡のように消えてこの世からなくなってしまうだけだ。
愛人と思われる女が弔問に来て、私を葬儀場の別室に呼び出した。
綺麗な女だった。若く美しい。髪は短く切りそろえられていて聡明な印象の女だった。肌は白く透き通り、しかし喪服からのぞく細い腕には赤いバラのタトゥーが彫られていて、それが鮮やかな血の色に見え私はそこにしばし釘づけになっていたが、女が涙をこぼしながら申し訳ありませんと言ったので、私ははい、とだけ答えた。そしてそのバラのタトゥーを彫るにはどれだけのお金がかかるのですか?と聞いた。彼女はしばらく答えに窮していたが、ややあって、
「8万円です」
と言った。そして式場をあとにした。
8万円。
長女が私を探していると義弟がその部屋にやって来た。
「姉さん、雪が探してるよ」
「うん、ごめん」
「しばらく一人になりたい?」
「大丈夫よ」
私は長女と共にバラの花を咲かせたらいいのではないかと思った。
あなたが好きだったであろうバラの花。もっと大きな大きな赤い赤いバラの花を咲かす。咲かせてみせる。違うのかな。そういうことじゃないの?雪の鳴き声が遠くから聞こえる。
<小説>バイバイ
父が亡くなったのはそれから12年後のことだった。
巴はレコーディングの最中だったが時間を縫って、あの引越しの日から男と同棲するまで生活していたアパートを見に行くことにした。何故急にそんなことを思いついたのか自分でもわからない。都心から少し外れたとある駅で電車を降りて巴はタクシーを拾ったが、アパートへの道を思い出そうとしても思い出せない。少し走らせたその風景に大きな車屋の看板が飛び込んで来た。この奥の路地だと思い出し、そこでタクシーを止めた。ワンメーターだからか若いタクシーの運転手は非常に愛想が悪かった。その路地に入ると不動産屋があったはずだが、今はもう普通の民家になっていた。巴は不安になった。ここだったのだろうか。私が父と母を捨ててまで住んでいたのは本当にここだったのだろうか。歩くとそこには梨畑が広がっていた。巴は思い出した。窓をあけると目の前が梨畑で、お金がない時その梨を盗んで食べたことを。涙がやにわに溢れた。ひとすじの涙が右目から零れ、しかしその流れを巴は舌を出し器用に拭った。やはり「長栄荘」はもうなかった。3階建ての新しいマンションに変わっていた。青い壁のかわいらしいマンションで名前は「シルクドソレイユ」と書いてある。長く栄えなかったあのアパートの面影はどこにもない。父はもういない。巴は梨畑に入った。相変わらず柵が壊れていた。変わっていることいないこと。あの時お金を貸してくれた友人ももう疎遠だ。巴は梨を一つもいでかじった。まだ熟れていない梨はとても固く、渋い味だった。父は私を何度も殴ったが、死ぬ前に病院のベットで「巴、ごめんね」と呟いた。何を?何を謝ったの、おとうさん。ねえ、ごめんなさいと一言呟き、来た路地を抜けまたタクシーを拾った。「渋谷まで」と言うと運転手は「高速乗った方が早いッスよ」と言った。巴ははいどうぞと答えながら、もう二度と来ることがないであろうこの懐かしき道にタクシーの窓から手を振った。
<小説>血の実
「その木はケヤキだよ」とユウコは言った。
どうみてもケヤキであるはずがない。小さな実を膨らまし、今にも張り裂けそうな真っ赤な果実が生っている。工藤の知っているケヤキの木は、子供の頃に家の目の前にあった公園で近所の友達とよじ登った大木で、目の前のそれは、明らかに背が低かった。枝振りも全く記憶とは違う。
「ケヤキじゃないよ」と工藤はユウコに言った。
と、途端にユウコは苦虫を噛み潰した顔をして、
「ケヤキは新しくなったんだよ」と言った。
「新しくなるってどういうことだよ?」
「だから、生まれかわったってこと」
工藤は庭園を先に進むユウコの背中を見ていた。ユウコは背中が美しい。張りのある肢体だった。緊張感が背筋を伸ばしているように見え、それがユウコの身長の高さをより美しいものへと見せることに成功している。
「ねえ、この木は流木だよ」
振り返り大きな緑の葉を茂らす美しい木を指差しているユウコは鬼のような顔をしていた。目の下が真っ黒だった。工藤の背筋が凍った。
「おい、どうしたんだよ?」
「何が?」
「具合わるいの?」
「どうして?」
ユウコはいつもの笑顔を崩すことこそないが、しかし目の下の黒さは深き闇の色で、尋常ではないと工藤は鳥肌が立った。敵だ!工藤は瞬時に確信して、右手でユウコの顔を突然覆った。いつかマンガで見たアイアンクローを試す時が来るなんてと、工藤はその時のことを後にこう語っている。
「とっさに僕がやられると思いました」
ユウコはうめき声を上げた。その声は出会ってから清い交際を重ね、この京都旅行でやっと二人が結ばれ、そしてその朝の散歩まで、工藤は一度も聞いたことのない断末魔の叫びだった。ユウコは人間ではないと咄嗟に思い、工藤は京都の名勝であるとある名高い寺の緑豊かな敷地の中で、しかも観光客が気がつき叫び声をあげるまで、一心不乱にユウコの顔を潰したのである。ユウコは工藤の右手に持ち上げられて宙に浮いていた。
工藤は高校生の頃「全国指相撲大会」で準優勝をした程の怪力で、ユウコの脳が粉々に砕けていたと近くで目撃した観光客は震えながら証言した。
「ユウコは僕を殺そうとしたのです。昨日の夜僕は嫌がるユウコを羽交い締めにしてセックスをしました。ユウコは泣いていましたが、僕にはそれが喜んでいるのだと思ったのです。僕はユウコを心から愛していたし、ユウコもいつかは僕と結ばれたいと思っていたに違いありません。ただ、ユウコは人間ではなかった。まだ人間ではなかったのです」
ユウコが砕けた時、彼女がケヤキだといった低木に実った赤い果実がぽとりと落ちた。落ちた瞬間実は砕け、それはザクロの実だったという。そのザクロの実から赤い蜜がだらだらと流れ、土を汚したが、鮮明な色はいつまでたっても土にしみ込まず、後日銀閣寺の僧が土を雑巾で拭くという清掃を施し、ようやくその痣のような赤い色は消えた。
「僕は彼女との行為の間中ずっとその部分を開こうとして指を入れましたが、ユウコは泣きながら拒否しました。だから僕はこの女は僕との約束を破り他の男とやっていたのだなと知りました。そんなに拒否する女がどこにいますか?僕は恋人ですよ。全身で彼女を愛していたのに、彼女はそれを裏切ったのです。僕は、でも許そうとしたのです。一晩悩んで彼女が許しを乞えば、もう夜のことは忘れてやってもいいと」
ユウコは検屍の結果、一度も男と関係を持ったことがないことが判明された。そしてもちろん目の下には多少の隈があるのみという検屍結果から、「真っ黒だった」という工藤の証言、そして工藤の口にしたこと全ては妄想であり、工藤はその後の裁判で精神異常者として扱われた。工藤はその後警察管轄の精神病院に入院したが、同じ病棟に入院している人間に「教育とは」「愛とは」と大声で仰々しく演説し、多くの医者と看護婦を困らせた。工藤はその後とある地方の精神病院に転院したが、その後どうなったのかこの不条理な事件を追っていた私も今や知らない。誰も口を開かなくなってしまった。もう10年以上も前の話だから、私ももうこの記術を最後に事件を追うこともないだろうと思っている。一時期この黒い目事件は世間を騒がせたが、今や興味のあるものなどいない。ユウコの家族も今は消息不明で、ある情報では外国に移住したという話だ。今現在私が追っている事件は政治家の汚職事件である。マンガ好きが売りだった大臣が国の金を好き放題使っていたというもので、退屈な取材ではあるがそれが私の仕事である。私は工藤の演説とやらを一度聞いてみたいと思っていたが、それも今ではもう叶わない。そしてそのザクロの木は今はもう植え変え、金木犀の木になっていると噂で聞いた。
ユウコは中学一年生だった。工藤はその中学の英語教師だった。これは修学旅行の話だ。
<小説>暗闇
帰り道、小さな猫に出会う。私の住む新百合が丘には猫が多い。毎日どこかで必ず猫を見かけるが、私を見ると去っていくことが多いのだった。しかし今日の猫は違った。舗道の真ん中で私の目を見ていた。じっと立ち止まり、私にまっすぐ体を向けた。その姿は昔実家にあった猫の置き物に似ていた。中学生の頃私が母に投げて割ってしまった瀬戸物の猫によく似ていた。
「お願い、こっち来ない?」と、私は猫に語りかけた。小さな声で、音にするとそれは暗闇にも全く響かず、何か虫の鳴き声のようでもあり、自分はそんな声しか出ないのかと少し驚いた。「うちに、来ない?」私の声は小さかったが、しかし、その音に反応したのか急に猫は私に背を向けた。しっぽを真直ぐに伸ばし、颯爽と、私を軽蔑するかのように。
私は落ちない。決して落ちない。今日は家で美味しいパスタとサラダをつくる予定だ。そしてネットにいっぱい書き込みをするのだ。猫なんて橘なんて山本なんて私にとってはどうでもいいことだし、考えるだけ時間の無駄だと私は知っている。
私は、寂しい。決して寂しくない。空を見上げると星が瞬いている。あれはきっとこと座のベガだろう。子供の頃姉と二人でこっそり天体観測に行って、父親にこっぴどく怒られたことを思い出す。お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。私はじっとりとかいた汗の臭いを感じて、腕を上げ、腋の下をかいだ。一日が終わった臭いだった。
<小説>おじさんとおばさん
僕はベンチの隣に座ってみた。
「おじさん、毎日ここにいるの?」って聞いてみた。
何だか面白い顔のおじさんだ。
ひげがぼうぼうで海苔みたい。
「おじさん、もう駄目なんだよー、うわーん」
おじさん、何で駄目なんだろう。
だっておじさんは毎日ここで本読んで、楽しくないの?
「おじさん、もう死んじゃうよー、わーん」
おじさん、リストラされたんだって。
へー、リストラされたんだ。
おじさん、おくさんにリストラされたこと言ってないんだって。
へー、大変ね。あんた、そんなおじさんとしゃべっちゃだめよ。今何があるかわかんないんだから。
はーい。
僕は毎日おじさんのところに遊びに行くことにした。
僕が来るまで、おじさんひとりきり。
僕が来るとおじさんはニコニコして読んでいた本を置いて、おくさんの話をしてくれる。
「おじさんのおくさんは、昔すっごく綺麗だったんだよ。料理はそんなに上手じゃないんだけど、でも一生懸命作ってくれるから、おじさんはおくさんに一回も美味しくないなんていったことないよ。その気持ちが嬉しいんだ」
「おじさんのおくさんは太ってる?」僕は聞いた。
「うん、太ってるよ、かわいいよ」とおじさんは笑った。
「でもおじさんはもう死んじゃうかもしれないから、わーん」
って急にやっぱり泣き出した。
僕も泣きたくなった。
急におかあさんの顔を思い出した。
お母さん、いつ死ぬのかな。
次の日公園に行ったらおじさんはいなかった。
僕はおじさんが死んでしまったのかもしれないと思ってどきどきした。
次の日もその次の日も、おじさんは公園に来なかった。
おじさんを見たのは、電車の中だった。
おかあさんと買い物に出かけた時、おじさんはすごく太った女の人と一緒だった。
あの人がおくさんだ、と僕は思った。
とってもこわそうなおばさんだった。
おじさんはとても小さかった。おじさんは毎日着ていたネズミ色のスーツをやっぱり着ていた。
僕は何だかよくわからない気持ちになった。
ちょっと怖くなった。
でも、生きてたからよかったと思って、お母さんに「あの太った女の人、すごく太ってるね」と言ったら「ばか!」と怒られた。
おじさんが公園で読んでいた本はなんだったの?おじさん。また来てね、公園に。そしたらまたおくさんの話してね。って言いたかったけど、言えなかった。
で、しばらくして、僕はもうおじさんの顔を忘れてしまった。
とあること
その人がまた新しい詩を書いていて、
それが指針となっております。
現代詩、いいなあ。
気持ちいいだけじゃね、といつも思います。
どこにでもある違和感をきちんとのせられるといいのですが。
修行じゃ。
皆はどんな小説を読むのでしょうか。
今流行の作家さんの本を読んだりしますか?
