正月明けからブログの更新が止まっていました。
その理由として、
「ものすごく気持ちが落ちていた」ということがあります。
別の表現をすると、
「内にこもる」傾向でしょうか。
理由も分からず、暗くなったり、もやもやしてスッキリしない日が続いていました。
そんな中、本日、ある現象を頂きました。
それは、カボチャなどの敷き藁にするために、カヤ刈りをしていたときのこと、カヤを降ろしたあとで軽トラを動かすとき、本来ならクラッチを切ってエンジンをかけるべきところを、不注意で半分クラッチが繋がった状態でかけてしまい、瞬間的に軽トラが移動する、ということがありました。
そして、しかも動いた軽トラの後ろタイヤで、メンバーの足を踏んでしまったのです。
折りしも、昨日、機械による事故が増えているから気をつけようという話が大人ミーティングで出たばかりでした。
幸いにも、踏まれた本人も踏まれたことに気付かない程度で怪我はなかったのですが、
このことから、
・自分が周りが見えていないこと。
・今に集中できていないこと
にあらためて気付かせて頂きました。
今日はちょうど午後から一人になる時間があったため、
自分の心を深く感じてみることが出来ました。
その結果、気持ちが落ちていた理由が見えたのでした。
それは、
1.正月に肉魚を食べたこと。
2.正月中に、現在京都で進めているプロジェクトに対しての否定的な電話があり、つい感情的な応対をしてしまったこと。
の2点でした。
1.正月に肉魚を食べたこと
については、食べたときには瞬間的に迷いはあったものの、流れを止めることに躊躇し、目の前に来たときに『ありがとう』と食したという経緯がありました。
当初は、「自ら好んで食べたのではない。気持ちを頂いたのだ。」という気持ちで自分を納得させていたため、表面的には何も問題がなかったのですが、
深層心理では、
・「食べない」と決めた自分に対する不甲斐なさと
・食べたあとに感じた何とも言えない気まずさ
があることが分かりました。
2.正月中に、現在京都で進めているプロジェクトに対しての否定的な電話があり、つい感情的な応対をしてしまったこと。
については、自分が今後、京都で同じような場面に出くわしたときにそのような感情的な対応をしてしまうのではないか、という不安が芽生えていたことが分かりました。
1と2に共通して湧いてきた思いとは
『自分がこのプロジェクトに相応しいのだろうか』という疑問です。
こんないい加減な心のあり方で、16年間、ひたすらに自分達の心のあり方を見つめてきた木の花ファミリーの準メンバーであり、みろくビレッジプロジェクトの現地スタッフとして、地元の方たちと関わっていく資格があるのだろうか、ということです。
要するに、自分に対する『不安』や『不信感』が原因であることが分かったのでした。
そのことに気付いたとき、そのまま負のスパイラルに入っていく自分も想像できたのですが、それでは意味がない、と思い直すことが出来たことは幸いでした。
気持ちを切り替えいく過程で気付いたこと
・全て自分ごとになっていたこと。
・木の花の正式ではないにしても、心を伝える仲間であるという自覚が足りなかったこと。
・いつでもどんな時でも、木の花家族の代表としての振る舞いをしよう、ということ。
・みんなのことを思い、大いなるものに思いを向けよう、ということ。
そしてこれからは、
・だれにも恥じない自分。
・自分に恥じない自分。
・人類代表としての自分。
として生きることを決め、内なる魂、大いなるものに心を向けたのでした。
すると、不思議なくらい、今までの重かった心がスッキリと軽くなったのが分かったのでした。
そして今日は、更に不思議なことが重なりました。
僕は地元福井で、コンクリート業界で仕事をしていたのですが、そのときにお世話になった方と道端でばったり出くわしたのでした。
写真が趣味のその方は、木の花ファミリー近くの道端で、富士山の撮影をしているところでした。
車の中からその人の顔が見えたときは、本当に驚きました。
なぜなら、その方は僕よりも先に仕事をやめられていて、全くの音信不通状態。
しかも、今日その道を通ったのは全くの偶然で、道を間違えたかな?と思っていた矢先だったのです。
心が軽くなった直後に出会った偶然に、
これは大いなるものからの”プレゼント”だと思えたのでした。
そして、ますます、
先の想いを確かなものにしたのでした。
タイミング良く、明日は友人の結婚式に出席します。
新郎側の友人として、余興をするのがメインなのですが、食事やアルコールとの接し方、昔の仲間とどんなことを語るのか。
これは、今の僕の想いが、早速試されているのだと思います。
木の花やみろくの代表として、はたまた大いなる創造主に対する人類代表として、僕は出席してくるつもりです。
その結果が、今からとても楽しみです。
どんな報告ができるのか、僕自身も今から楽しみです。
ぜひ楽しみにして頂けたらと思います。
今日も一日ありがとうございました。
1/9の研修内容
午前
・カヤ刈り
午後
・事務作業
夜
・大人ミーティング
※カヤ刈り
野菜畑の敷き藁にするために、枯れたススキやオギなどを
冬の間に刈っておくこと。


その理由として、
「ものすごく気持ちが落ちていた」ということがあります。
別の表現をすると、
「内にこもる」傾向でしょうか。
理由も分からず、暗くなったり、もやもやしてスッキリしない日が続いていました。
そんな中、本日、ある現象を頂きました。
それは、カボチャなどの敷き藁にするために、カヤ刈りをしていたときのこと、カヤを降ろしたあとで軽トラを動かすとき、本来ならクラッチを切ってエンジンをかけるべきところを、不注意で半分クラッチが繋がった状態でかけてしまい、瞬間的に軽トラが移動する、ということがありました。
そして、しかも動いた軽トラの後ろタイヤで、メンバーの足を踏んでしまったのです。
折りしも、昨日、機械による事故が増えているから気をつけようという話が大人ミーティングで出たばかりでした。
幸いにも、踏まれた本人も踏まれたことに気付かない程度で怪我はなかったのですが、
このことから、
・自分が周りが見えていないこと。
・今に集中できていないこと
にあらためて気付かせて頂きました。
今日はちょうど午後から一人になる時間があったため、
自分の心を深く感じてみることが出来ました。
その結果、気持ちが落ちていた理由が見えたのでした。
それは、
1.正月に肉魚を食べたこと。
2.正月中に、現在京都で進めているプロジェクトに対しての否定的な電話があり、つい感情的な応対をしてしまったこと。
の2点でした。
1.正月に肉魚を食べたこと
については、食べたときには瞬間的に迷いはあったものの、流れを止めることに躊躇し、目の前に来たときに『ありがとう』と食したという経緯がありました。
当初は、「自ら好んで食べたのではない。気持ちを頂いたのだ。」という気持ちで自分を納得させていたため、表面的には何も問題がなかったのですが、
深層心理では、
・「食べない」と決めた自分に対する不甲斐なさと
・食べたあとに感じた何とも言えない気まずさ
があることが分かりました。
2.正月中に、現在京都で進めているプロジェクトに対しての否定的な電話があり、つい感情的な応対をしてしまったこと。
については、自分が今後、京都で同じような場面に出くわしたときにそのような感情的な対応をしてしまうのではないか、という不安が芽生えていたことが分かりました。
1と2に共通して湧いてきた思いとは
『自分がこのプロジェクトに相応しいのだろうか』という疑問です。
こんないい加減な心のあり方で、16年間、ひたすらに自分達の心のあり方を見つめてきた木の花ファミリーの準メンバーであり、みろくビレッジプロジェクトの現地スタッフとして、地元の方たちと関わっていく資格があるのだろうか、ということです。
要するに、自分に対する『不安』や『不信感』が原因であることが分かったのでした。
そのことに気付いたとき、そのまま負のスパイラルに入っていく自分も想像できたのですが、それでは意味がない、と思い直すことが出来たことは幸いでした。
気持ちを切り替えいく過程で気付いたこと
・全て自分ごとになっていたこと。
・木の花の正式ではないにしても、心を伝える仲間であるという自覚が足りなかったこと。
・いつでもどんな時でも、木の花家族の代表としての振る舞いをしよう、ということ。
・みんなのことを思い、大いなるものに思いを向けよう、ということ。
そしてこれからは、
・だれにも恥じない自分。
・自分に恥じない自分。
・人類代表としての自分。
として生きることを決め、内なる魂、大いなるものに心を向けたのでした。
すると、不思議なくらい、今までの重かった心がスッキリと軽くなったのが分かったのでした。
そして今日は、更に不思議なことが重なりました。
僕は地元福井で、コンクリート業界で仕事をしていたのですが、そのときにお世話になった方と道端でばったり出くわしたのでした。
写真が趣味のその方は、木の花ファミリー近くの道端で、富士山の撮影をしているところでした。
車の中からその人の顔が見えたときは、本当に驚きました。
なぜなら、その方は僕よりも先に仕事をやめられていて、全くの音信不通状態。
しかも、今日その道を通ったのは全くの偶然で、道を間違えたかな?と思っていた矢先だったのです。
心が軽くなった直後に出会った偶然に、
これは大いなるものからの”プレゼント”だと思えたのでした。
そして、ますます、
先の想いを確かなものにしたのでした。
タイミング良く、明日は友人の結婚式に出席します。
新郎側の友人として、余興をするのがメインなのですが、食事やアルコールとの接し方、昔の仲間とどんなことを語るのか。
これは、今の僕の想いが、早速試されているのだと思います。
木の花やみろくの代表として、はたまた大いなる創造主に対する人類代表として、僕は出席してくるつもりです。
その結果が、今からとても楽しみです。
どんな報告ができるのか、僕自身も今から楽しみです。
ぜひ楽しみにして頂けたらと思います。
今日も一日ありがとうございました。
1/9の研修内容
午前
・カヤ刈り
午後
・事務作業
夜
・大人ミーティング
※カヤ刈り
野菜畑の敷き藁にするために、枯れたススキやオギなどを
冬の間に刈っておくこと。

