「ラプラスの魔女」東野圭吾

以前アップした「魔力の胎動」はこの「ラプラスの魔女」の後日談だったんですね.

読む順序が逆になってしまいましたが,ま,よくあることなので,気にせずに感想をアップします.

 

ミステリーなのでネタバレはしないように気を付けますが...

ヒロインが,まどか(円華)という女の子なので,悪魔じゃなくて魔女になってる.

ラプラスの悪魔とは、ある時点における宇宙の全ての原子の位置と運動量を知ることができるならば、物理法則に基づいて未来を完全に予測できるという概念です。フランスの数学者ラプラスが提唱しました.

このことから想像できるように,今の状態と周りの状況から未来を高精度に予測できる能力をもつ人間が現れたらどうなるか?

ラプラスの悪魔みたいな人間がいたら完全犯罪の殺人ができるよね.っていう,お話.

ラプラスの悪魔で思い出したけど,都築卓司先生のブルーバックス(本のタイトルは忘れたけど)を読んだときなるほどと思ったのは,「巨人の星」の大リーグボール1号が,実はこれなんだよね,

バッターの腕と体の位置と動きから,ボールとバットの接触位置を予測して,構えたバットに当てるというあれね.

まさにこれです.この能力を犯罪に使うとどうなるかと.

脱線ついでに,都築先生の解説で面白かったのは,大リーグボール2号の解釈ね.

2号の方は,量子力学というのよ.

大リーグボール2号は,バットに当たらない,つまりボールがバットをよける魔球でしたよね.(思いだしました?)

ボールはミットに収まった瞬間に初めて位置が確定する.しかし,ホームベースを通過しているときは,ベースの真上にもいるし,コーナーにもいる.確率的にしか位置を推定できないと.もちろん,突っ込みどころは満載なんだけど,発想として面白いなと思った次第.

 

小説の解説にも何にもなってない書評ですが,これだけは声を大にして言いたいのは,「めちゃめちゃ面白い小説でした」ということです.


「ニセモノの妻」三崎亜記
三崎亜記さんは「となり町戦争」で有名ですが、本作では、夫と妻の二人暮らしの日常に訪れた不条理なトラブルが描かれます。
4篇からなる短編集。
「終の筈の住処」 終の住処のつもりで買ったマイホームでの新生活には思いもよらぬ落とし穴があった。
「ニセモノの妻」 ある日突然、世界のあちこちで、自分はニセモノの自分だと訴える人が現れる。自分の妻がそうなってしまった男性の困惑。
「坂」 マスコミに取り上げられたことから観光名所と化したある住宅街の坂道。観光客の激増と迷惑行為に業を煮やした一部の住民が坂の両端にバリケードを築いて観光客を締め出そうとするが。
「断層」 ある日突然に姿が消えてしまう人が続出する。しかも、24時間後つまり、翌日の同じ時刻に何もなかったかのように、姿を表し、本人は24時間の空白に全く気付いてないことがわかる。


この本で描かれるトラブルは上に示したように、現実にはありえない不条理な世界ですが、待てよと、こんな気がして来たのです。
我々の現実の世界で起きる様々なトラブルも、当事者にとっては、天から降ってきた不条理な出来事に思えますよね。「僕は何も悪いことをしていないのに、なんでこんなことが、、、」ってね。
そういう意味では、この世の中自体が、もともと不条理な世界なのかもしれません。
「魔力の胎動」東野圭吾

僕の中では,「困ったときの東野圭吾」というのがあって,何を読もうかと迷った時はこの方の小説を手に取るようにしてます.
ミステリーなので,ストーリーを述べるのは控えますね.
まずは,題字をご覧ください.
タイトルの下に,'Laplace's movement' とあります.
movementが「胎動」なのはまあ許せるとして,Laplaceが悪魔になってる?
まあ,「ラプラスの悪魔」という言葉があるからってことで,納得することを期待しての英題字なのでしょうね.
秋田行きの新幹線を秋田小町からの連想で「こまち」と名付けるようなものかな.
勘の鋭い人はこの日米のタイトルから,おおよそ物語の骨組みが読めるかもですね.
そう,おっと,ここまで.
ただし,この小説で用いられたアイデアというか発想は,科学の世界ではかなり,古いネタになり,「カオス理論」「三体問題」「初期値鋭敏性」などをご存じの方には,物足りない題材かもしれません.
しかし,ネタの新旧はともあれ,東野圭吾さんはとにかくストーリーが面白いし,登場人物がとっても魅力的.
安心して東野ワールドに浸ることができます.
東野圭吾の別の作品「ラプラスの魔女」の前日譚になっているらしい.未読なので,これから読んでみるつもり.
「ペットショップ無惨 池袋ウエストゲートパークXVIII」石田衣良
おなじみ池袋ウエストゲートパークシリーズの第18巻.
今回も現代社会の闇に苦しむ若者たちを,マコトがタカシやゼロワンの力を借りて,鮮やかに救出する.
4編の短編集になっている.1編に一つずつテーマがある.

「常盤台ヤングケアラー」
祖母と二人暮らしの15歳の女の子が,祖母の認知症発症をきっかけにほぼ一日中介護をすることになる.祖母がようやく眠った深夜数時間にクラブに通うことだけが心の慰みであるが,そんな彼女を風俗店のスカウトが執拗に勧誘する.

「魂マッチング」
マコトをITの力で助ける,ホワイトハッカー,ゼロワン.珍しく今回は彼が主人公.なんと.ゼロワンがマッチングアプリを通じてある女の子に恋をする.ところが,その女の子に悪魔のような組織の手が迫っていた.

「神様のポケット」
賽銭泥棒で捕まったかわいそうなアジア系留学生.なぜかわいそうかって?それは読んでのお楽しみ.

「ペットショップ無残」
石田衣良の小説はいずれも綿密な現地調査に基づいているので,もしここ述べられているペットショップの状況が本当ならば,日本はとんでもないクズの国だが.....

このシリーズ,マンネリだとか言って批判する向きも多いが,僕にとってはすばらしい社会勉強の教科書みたいなものだし,退屈な日常にさわやか風を吹き込んでくれるソーダ水のようなもの.
シリーズが続く限り読んでいくつもり.

「聖女の救済」東野圭吾

本格推理ものは,もちろんトリックが大事なんだけど,トリックだけでは,よく出来た「なぞなぞ」や「クイズ」と同じで,感心はするけど,心には残らない.
東野圭吾作品の面白いところは,トリックの奇抜さもさることながら,それに溺れることなく,謙虚にかつ丁寧に犯人の心理を描くことで,いつの間にか読者が犯人の心に同調してしまう点にあると思うのです.
気が付くと「どうか捕まらないで,犯人さん」って思ってしまうのね.
東野圭吾作品はそこがすばらしい.

ある資産家でイケメンの会社社長が密室状態で毒殺された.
捜査の結果,容疑者は被害者の妻1人に絞られるが,彼女には犯行当時は北海道旅行中であったという決定的なアリバイがあった.
さらにややこしいことに,その容疑者に,担当刑事の草薙(ドラマでは北村一輝が演じた役ね)が運命的な恋をしてしまうのでした.
草薙としては何とかして,彼女を無罪放免にしたいが,部下の内海薫(ドラマで柴咲コウが演じた役)が執拗にアリバイ崩しに奔走する.
ただ,悲しいかな彼女の力では犯人の鉄壁のアリバイを崩せず...でどうするかといえば,そうあの人に相談に行くのです.
そこから先は説明不要だよね(笑)

私も歳とともに,活字を追うのがつらくなってきていますが,今回は久々に視力の衰えを忘れて,一気読みしてしまった東野作品でした.

ミステリーって本当に楽しいですね.
「Tの衝撃」安生正



久しぶりの読書感想文の投稿です.

岐阜県の山奥での地震データを採集に行く地震学専門の八神准教授が途中地滑りに巻き込まれ,九死に一生を得るところから物語はスタートします.
病院で目覚めると,八神は大した怪我でもないことから,すぐに実験所に行こうと思うのですが,どうも,病院内の雰囲気がおかしい.
警察官や中央省庁の課長補佐とかいう,威圧的な態度を取る,怪しげな人物からまるで犯罪者相手のような尋問を受ける.
いったい,何があったのか.

どうも,彼の研究内容や彼が書いた論文に関係しそうということはわかってきたが,それ以上は何が何だかわからない.

さ,どうする八神.

この本の感想を一言でいうなら,タイトルどおり,まさに「衝撃」
日本の平和は,日米安全保障条約によって守られているという事実はあるのでしょうが,それはアメリカ,中国,ロシア,北朝鮮などの危うい軍事バランスの上に奇跡的に成り立っている平和でしかないという現実もある.
てことは,そのバランスが崩れれば,中国や北朝鮮がすぐにでも動き出す可能性があるだけでなく,日本が安保に反するようなことをすれば,同盟国アメリカでさえ,日本に牙を剥きかねないのか.

まあ,実際はそんなことはなくて,この小説が言っているような内容については,本当の意味でのリアリティは無いと思うけどね.

ただ,凄いのは物語の展開のスピードの速さと登場人物の魅力ですね.ぐいぐいと引き込まれます.
登場人物は大学で地震学を研究する八神准教授と,彼以外は,ほぼほぼ自衛官です.こういうキャスティングの小説も珍しい.

自衛官の中で,一人正義のために気を吐くのが,溝口三佐. 彼は情報部門の幹部なんだけど,上記の事故に関るいろいろな状況が自衛隊内部の腐敗に関係していることを感じ取って,いろいろと調査するものの,行く先々で妨害や危険が待ち受けている.
さ,どうする溝口.

彼ら,八神と溝口をダブル主演として,自衛隊内部にはびこる陰謀が徐々に明らかになっていきます.

平和って何だろう.
平和と戦争の分岐点はどこにあるのか?

戦争は,ダメ,絶対.という気持ちを改めて確認できる小説でした.
「哲学的な何か,あと科学とか」飲茶


前回投稿した「心はこうして創られる」は,脳と心の関係を,従来の常識を打ち壊す形で解いて見せた本でした.
この本には私自身大きな衝撃を受け,心というものを真に科学的に解き明かすことに強烈な魅力を感じました.
心を科学するという意味では,心理学や精神医学がありますが,門外漢ながら感じるのは,これらの学問では,ブラックボックスである心の動きを現象面から分析し,帰納的に心はこういうものだという説を唱えているような気がします.

しかし,私が知りたいのは,自分自身がいろいろなできごとをどう感じるのか,こう感じている自分はどこから来たのか,死んだら自分という意識はどこに行くのか,というような心の内面というか,自分自身として納得できることなんですね.
心理学や精神医学をどんなに勉強しても,死んだら人間の心はどうなるかはわからないでしょ?

となると,やっぱ「哲学」ですよね.で,この本です.
いや別に死後の世界を詳しく述べてるわけじゃないので誤解されるとまずいのだけど.

人間の意識というものの「実体」が何となく,ふわっとですが,「あ,そういうこと?」となります.「そういうこと」の中身は必ずしも具体的ではなくて,「わかった」とまでは決して言えないんですが,意識というものの様々な側面を,からめ手から解きほぐしてくれるみたいな,というか,ええいもどかしい.

もっとわかりやすく言うと,「人間の心を考える教材を与えてくれる本」というのが近いかな.
結論は書いてないし,著者も解らないのだろうけど,こんな方向で心を考えると,何かが見えてくるかもよ,みたいなね.

科学は,実は科学的・論理的ではないこと,が良くわかります.科学は本当は哲学の上に成り立っているんだということ.

それでなるほどと思ったのは,博士あるいは博士号取得者のことを英語で「Ph.D」(Doctor of Philosophy)っていいますよね.どうして"Philosophy"なんだろうと思ってましたが,この本を読んで,ストンと「心」に落ちました.
「心はこうして創られる 即興する脳の心理学」ニック・チェイター著 高橋達二・長谷川珈 訳


人の「心」に関する従来の常識を打ち砕く書籍です.
心理学・哲学で打ち立てられた様々な理論や仮設を見事なまで粉砕しちゃってます.

フロイトなどは単なる否定ではなく,「相手にもしない感」があって,ある意味清々しいんです.

一時期,今となっては大昔になったけど,人間の脳はノイマン型コンピューターと同じように,中央処理装置(演算装置),記憶装置,入出力装置などから構成され,入出力装置である目や耳から視聴覚情報を入力し,記憶装置の脳の一部で記憶し,中央処理装置である脳の別の一部で判断した結果によって手足を動かしたり,口で言葉を発したりする自動機械と考えた時期もありました.
マシンの処理さえもっと速くなれば,人間の脳を機械で実現可能と当時の研究者は考えたわけね.
しかし,その手法では,とてもコンピュータを人間に近づけることはできないことが明らかになったので1990年代です.
その後,機械学習,特にニューラルネットワークの進歩とともに,認識や判断には中央処理装置をアルゴリズム(人間が作ったプログラム)で駆動して判断させるのではなくて,データをネットワークに通して自動学習させ,未知のデータに対処するテクニックが急速に進歩しました.
その結果,人間に追いつくどころか,人間の能力をはるかに凌駕するシステムが次々に実現されてきた.アルファGoやワトソンなんかですな.

このような状況を知っているので,AIやICT関係の研究者・技術者で人間の脳をアルゴリズム機械と考える人は一人もいないものと思いますが,心理学者・哲学者にはまだまだそういう人がいるらしい.
この本が話題になること自体,そういうことなんじゃないかな.

この本は,従来の学説にとらわれている心理学者・哲学者だけでなく,AI・機械学習の研究者や技術派にも大いに参考になる内容も含まれています.
いえ,そう書いてあるわけじゃなくて,私が勝手に想像しただけなんですが,AI・機械学習はディープラーニング全盛で,CNNやRNNを論じないと未来はないみたいな雰囲気があるけど,いや待てよと,

この本で,アルゴリズムに相当する心の内側世界は完璧に否定され,心には表面しかないと強調されていますが,心の表面では過去の前例から即興的に浮かび上がる認識をこころが掬い取る「思考のサイクル」があると述べられています.
「思考のサイクル」ということはそこに繰り返し処理があるということで,微視的には小さなアルゴリズムが回っているという気もします.
この辺が新しいAIにつながらないかな,と埒もないことを妄想している今日この頃です.

それにしても近年まれにみるエキサイティングは本でしたね.
代金の2000円の百倍の価値があるかもしれません.
「たおやかに輪をえがいて」窪美澄


『夜に星を放つ』で直木賞を受賞した窪美澄さんの長編小説.

夫の裏切りや娘の危険な恋愛に呆れつつも,家族のために奉仕し続けるだけの自分の空虚な人生に嫌気がさしてきた絵里子.
そんなとき,同窓会で昔の友人・詩織に再開する.
詩織は主婦臭さの全くないキャリアウーマン風で,美しい容貌とファッションはひときわ目だつ存在だったが,話を聞いてみると,驚愕の人生を送っていた.

平凡な人生は,平凡なだけなら決して悪い人生だとは思わないし,むしろ平凡に生きれることは稀有な幸運に恵まれたことだとさえ思う.
平凡なのに,不幸な出来事が同居するから不幸なのだ.原因は平凡ではなく,不幸な出来事にある.
しかし,なぜか他人に自分の人生を嘆くときは,「私って本当に平凡なの」と嘆く.
そうじゃないだろ,夫が浮気をし,娘が非行に走るから嘆きたいんだろう.

中年を過ぎた主婦の心の襞を丁寧に描いた,文学の香りがする長編小説.
「ファミリー・レス」奥田亜希子


図書館で奥田英朗さんの小説を探していたら,「奥田」だけを認識して手に取ったのがこの本.
「ファミリー・レス」というタイトルも奥田英朗さんらしさが感じられるので,別の人の作品ということに気付くのが遅れたというわけ.

離れ離れになった家族との再会という基本軸のもとに,その後の自分の人生に起きた不幸や悲しみを経て,家族との再会で見いだされた一筋の光が感じられる,短編小説集.
女性作家ならではの細やかな感情表現が美しい.
同時に,文章の力をも感じさせる小説だ.