続・松江市教委『はだしのゲン』問題について | 狂直の日記

狂直の日記

多摩武蔵守のブログです。
こちらのブログは政治話中心で行こうと思います。ブログタイトルは『三国志』虞翻伝の評より拝借しました。
Twitterアカウントは https://twitter.com/tama_musashi です。

 ずいぶん間が空いてしまいましたが、続きを書きたいと思います。今回取り上げるのは、(2)松江市教委の措置は(行政として)不適切という批判です。


 ネット上で主に批判の対象になったのが以下の2点です。
(1)一部の市民団体の圧力によって行われた
(2)『はだしのゲン』閉架措置要請は原爆の歴史の隠蔽である

 しかしこれらも不正確な理解ではないかと考えます。(1)については私もその側面があると考えていましたが、調べるうちに考えが変わりました。


 松江市教育委員会が『はだしのゲン』の閉架措置を市内の小中学校に要請するまでには、以下のような経緯をたどっています。
(1)2012年8月、ある市民団体が「『はだしのゲン』は間違った歴史認識を植えつける」として学校図書室から撤去を求める陳情を松江市議会に提出。
(2)2012年12月、松江市議会で、当該陳情が教育民生委員会で不採択とされたことの報告。その際、以下の意見が出たことを合わせて報告(注2)。
・1巻~4巻または5巻までが第1部と言われているが、暴力的なシーンなど、やや過激と言われるものは後半部分が多いと感じる。
・時代ごとに表現がエスカレートしている。当初の優良図書としての根本が崩れたということであれば、やはり教育委員会自らが判断し、適切な処置をすべき。
・図書館に置くか置かないかの判断に議会が立ち入るべきはでない。
(3)12月、松江市教育委員会が校長会で閲覧制限を要請。対象は汐文社発行の『はだしのゲン愛蔵版』1~10巻のうち、後半の6~10巻。ただし教育委員に説明せず、事務局の判断だけで行われた(注1)。


 ある市民団体の陳情がきっかけになったのは事実ですが、その後の経過を見ると政治的圧力や過剰反応の結果ということは言えないと考えます。なぜなら陳情が提出されてから4ヶ月後の審議で不採択にされていますし、見直しが必要という意見も過激な暴力シーンがあることを理由としているからです。
 陳情をきっかけに松江市議会が改めて検討したところ、学校図書館からの撤去を求める陳情は不採択としつつ、問題とされる描写もあったので、教育委員会に検討を求めたという理解が正しいのではないかと考えます。したがって上記の批判の(1)は成り立たないと考えます。
 また松江市教育委員会が閲覧制限を求めたのは全10巻のうち後半の6~10巻(注3)ですので、松江市議会における議論を踏まえていることがわかります。したがって、平和の尊さや原爆の悲惨さを訴える作品としての価値は認めつつ、過激な暴力シーンは児童に見せない措置を取るように求めた、ということでしょう。したがって上記の批判の(2)は成り立たないと考えます。


 ただし、教育委員会の要請が適法だったかについては議論の余地があると思います。 


 教育委員会は「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(地方教育行政法)に基づいて作られています。議会の承認により地方公共団体の首長によって任命されます。
 教育委員会には、教育委員会の監督の下に教育事務を執行する教育長(同第16条)と、教育長を補佐する組織である事務局(同第18条)が置かれます。
 教育委員会には地方公共団体が処理する教育に関する事務で、地方教育行政法第23条に列挙された事務を管理・執行する権限があります。また各地の教育委員会のホームページを見ると、学校図書館に関する事務も取り扱っていますが、その根拠は第23条第7号(校舎その他の施設及び教具その他の設備の整備に関すること)なのでしょう。
 また学校、図書館、博物館、公民館その他の教育機関のうち、大学以外の教育機関を所管します(地方教育行政法第32条)。学校図書館は学校の一施設なので、教育委員会の所管権限が及ぶと考えられます。下村文科相も、「学校図書の取り扱いについて学校に指示するのは、教育委員会の通常の権限の範囲内」と述べていました(注4)。


 権限があるのはいいとして、その権限の行使が適切だったかどうか、という問題があります。
 教育長は教育委員会の監督の下に教育事務を執行しなければならないところ、今回の閉架措置の要請は教育委員に説明せず、事務局の判断だけで行われたということですので、手続きに不備があったという考え方もできます。
 一方、教育委員会は教育の行政運営の基本的な方針について決定し、その決定に基づいて教育長以下教育委員会事務局が日々の事務を執行しているので、ある程度の裁量は教育委員会事務局にあるという考え方もできると思います。もっともこの考え方をとった場合でも、閉架措置を事務局の判断だけで要請することは裁量権の濫用になるのではないかという問題はあるでしょう。

 どちらの考えが正しいのか(それ以前に、私の問題の立て方自体が正しいのか)はわかりません。ただ、職権濫用や教育委員会の横暴と言って片付けられるほど単純な問題ではない、ということは言えるのではないかと思います。


 あと1回続きます。
 
【参考資料】
1.報道・議事録
(注1)「はだしのゲン」閲覧制限要請を撤回 松江市教委「手続き不備」(産経新聞)
 
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130826/edc13082616570001-n1.htm

(注2)平成24年第4回12月定例会 平成24年第4回松江市議会定例会

(注3)「『はだしのゲン』を閲覧制限」(中国新聞)
 
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201308170015.html

(注4)「松江市教委の『はだしのゲン』閲覧制限要請 文科相『問題ない』」(産経新聞)
 
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130821/edc13082118020004-n1.htm


2.法令
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三十一年六月三十日法律第百六十二号)
 
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S31/S31HO162.html


3.本件について取り上げたブログ
 「松江市教育委員会による「はだしのゲン」学校図書室閉架問題について」(極東ブログ)
 
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2013/08/post-539d.html
 経緯のまとめについてはこちらのブログを参考にしました。

 「『はだしのゲン』と教育委員会の体質」(THE HUFFINGTON POST)
 
http://www.huffingtonpost.jp/rin-japan/post_5487_b_3819986.html