IWJ記事より転載

 

【特別寄稿】スクープ! 官邸への忖度か!? 参院選静岡選挙区に関する報道をめぐって、『報ステ』から消えた『6分』のVTR! 官邸は国民民主候補への支援と引き換えに改憲賛成を要求か!? 2019.7.20

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/453673

 

 2012年末に第2次安倍晋三政権が成立して以降、権力に対するメディアの萎縮や忖度が顕著になっている。そして時には、権力側からメディアに対して露骨な圧力をかけることさえある。

 今年2月には、菅義偉官房長官の会見で鋭い追及を続けている東京新聞社会部の望月衣塑子記者に対して、官邸が事実上の質問制限を要求する文書を官 邸記者クラブに送っていたことが広く知れ渡った。日本新聞労働組合連合(新聞労連)や市民からは、官邸の対応に対する厳しい批判の声が次々と上がった。

 

 今年に入ってからメディアに対する圧力の苛烈さが一層増しているのか、権力に「忖度」しないテレビ番組が突如打ち切りとなったり、腑に落ちない人事異動などが目立つ。

 TBSの情報番組『上田晋也のサタデージャーナル』は6月29日に放送終了となった。地上波でありながら果敢に安倍政権批判をしてきた情報番組と して注目を集めてきたが、一般に春と秋とされる番組改編期でもない異例の時期に、突如として事実上の打ち切りとなったのである。同番組の最終回のテーマは 「忖度」だった。

 テレビ朝日の経済部の50代の敏腕女性部長が、7月1日付けで「総合ビジネス局イベント事業戦略担当部長」という新設のポストへの異動が内示さ れ、これが「左遷人事」だと、6月23日の『日刊ゲンダイ』デジタル版と『リテラ』が報じている。この経済部長の前職はテレビ朝日「報道ステーション」の チーフプロデューサーで、2015年に元経産官僚の古賀茂明氏が官邸の圧力で同番組のコメンテーターを降板に追い込まれたとき、古賀氏とともに番組を外さ れた。

 

 そして7月17日、またも報道ステーションで「異常事態」が起こった。

 17日の同番組は、参院選の静岡選挙区で立候補している国民民主党の榛葉賀津也(しんば かづや)候補を支援するよう、菅義偉官房長官が各所に要請しているという、衝撃の内容を報じるはずだった。しかし、放送直前になって、用意していた約6分 のVTRが丸ごと削除されることになったのである。

 IWJは、この選挙報道カットという「異常事態」は、官邸からの「圧力」か、あるいは官邸への「忖度」によるものではないかと推察し、テレビ朝日に取材を試みた。テレビ朝日から返ってきた回答は、「そのような事実はありません」ということだった。

 この回答を受け取った瞬間は腑に落ちなかったが、冷静に振り返ってみると、確かに「そのような事実はない」のかもしれない。これまで、権力から執 拗な圧力を加えられてきたメディアは、次第に萎縮し、忖度するようになっていった。こうして忖度を何重にも積み重ねていった結果、今や、「忖度の城壁」の ようなものを築き上げてしまったのではないか。

 しかし、そんな「忖度の城壁」の中から、この報ステVTR削除の内実に迫った貴重なレポートがIWJへ寄せられた。記者クラブ所属のある新聞社の 現役記者・伊藤直也氏の寄稿である。これは、テレ朝内部の報道ステーション関係者からの証言にもとづいて書かれたスクープ記事である。

(IWJ編集部)

 

 

「用意していた約6分の枠がすっ飛んだんです」~「報道ステーション」が報じようとした官邸による静岡選挙区介入疑惑

 17日夜、その日の放送開始まで1時間となった午後9時、テレビ朝日系列の「報道ステーション」で異例の事態が起きていた。当時の状況を知る報ステ関係者は明かす。

 「用意していた約6分の枠がすっ飛んだんです」

 問題は突然霧散したその映像内容だ。17日の新聞のテレビ欄にはこう記載されていた。

 「激しい駆け引き…静岡選挙区」。用意されていたVTRの概要はこうだ。

 

 

 菅義偉官房長官が静岡選挙区で立候補している国民民主党の榛葉賀津也候補を支援するよう地元有力者に要請している――。

 自民党幹部にして官邸のトップが、野党である国民民主党の候補の支援を呼びかけているという驚きの事実を報じる内容だったが、これが丸ごと削られた。

 

静岡新聞と静岡朝日放送が官邸による静岡選挙区介入疑惑を報道! 菅官房長官が国民民主・榛葉賀津也候補を支援!? 国民民主を改憲勢力に引きずり込む狙い!?

 ここに至るまでには曲折があった。元々この「官邸が静岡選挙区に介入か」というネタは、地元の静岡新聞が13日朝刊一面トップで報じた。

 

 

参院選静岡選挙区 野党激突に「不思議」な動き、官邸介入か

https://www.at-s.com/news/article/politics/shizuoka/656977.html

 これまで自民党を支援してきたことで知られる大手自動車メーカー「スズキ」の鈴木修会長が、榛葉氏支援を明言したことや、自民党関係者による発言として「首相官邸からの依頼だ。(参院選後の)改憲を意識しているのだろう」といったコメントを紹介していた。

 さらにこの2日後の15日。静岡朝日放送(SATV)が、約9分枠で「官邸参戦?静岡に異変」とタイトルを打ち報じた。

 鈴木修会長の支援表明のほか、関係者への取材にもとづくとした上で、菅官房長官が直接電話で「榛葉氏を落とすわけにいかない。榛葉氏を助けてやってほしい」と要請してきたことなどを放送した。

 この中では、榛葉氏本人が支援要請自体を否定していたり、国民民主党の前原誠司氏が「自民党が(榛葉氏に)手を差し伸べることはありえない」と話す姿が盛り込まれていた。

 この背景には、静岡選挙区の情勢が深く関わっている。

 定数2の静岡選挙区には、自民党・牧野京夫氏、国民民主党・榛葉賀津也氏、立憲民主党・徳川家広氏、共産党・鈴木千佳氏、諸派・畑山浩一氏の5人が立候補している。

 報道各社の情勢調査では、牧野氏が抜け出し、榛葉氏が優勢、徳川氏が追い上げていると報じられている。このため、榛葉氏を引き上げれば、自動的に立憲民主の徳川氏が落選する構図となっている。

 そうした構図を見越してか6月、東京都内のホテルで安倍晋三首相が自民静岡県連関係者に向けてこう問いかけた、と時事通信は今月12日午前の配信記事で報じていた。「立憲民主が当選したら困るよね」

 

立憲が国民に「刺客」=官邸参戦で対立激化-静岡【注目区を行く】

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019071100713&g=pol

 

 「改憲勢力3分の2」を維持できるかどうか微妙な情勢にある自民党にとって、選挙後に協力関係が築ける可能性のある国民民主党と関係を深めておきたい――。そうした思惑が透けて見えるというわけだ。

 

菅官房長官会見が引き金か!? 番組チーフプロデューサーから「こんなの放送できるわけないだろ!」と怒号が響く!

そうした構図と報道を踏まえ、選挙報道の枠として報道ステーションはVTRを用意していった。

 15日のSATVによる報道の翌日。16日午前に行われていた菅官房長官会見の場で、テレビ朝日の記者がこう質問していた。

 「参院選の選挙区についてお聞きします。静岡選挙区で、選挙後の協力を見据えて、官邸が国民民主党の榛葉候補への支援を行うよう、各所に要請しているという地元の報道がありますが、事実関係をお聞かせください」

 菅長官は即答した。

 「そうした事実関係はありません」

 にべもなく、次の質問へ移った。

 

 

 そして翌17日。状況が一変したのは午後7時ごろのことだったという。

 問題のVTRの原稿をチェックしていたチーフプロデューサーが、30人ほどのスタッフが詰めているニュースルームに怒鳴り込んできた。

 企画の担当者を名指し、「こんなの放送できるわけないだろ!」と。

 それ以降、番組幹部がバタバタし始めたという。そして午後9時。ニュースルーム全体に一斉連絡としてアナウンスが響いた。

 「選挙のVを飛ばします」

 約6分間の穴は、既に用意していた別のVTRや、スタジオでのコメントなどを少しずつ伸ばすことで埋めていったという。

 番組の最後には、視聴者にとって不可解でしかないテロップが流れた。

 「番組の内容を一部変更しました」

 テレ朝の関係者は一連の経緯について、こう言った。「あの長官会見での質問をきっかけに、官邸が警戒を強め、圧力をかけ始めたのではないか…」

 

「BPO案件」を言い訳に使う卑怯!権力におもねり、事実をねじ曲げ、重要な事実を報じないという「報道」の罪

 官邸という巨大権力を前に、かしずき、おもねり、萎縮し、忖度する大手メディアの異様は、権力をつけ上がらせ、その暴走を看過するだけにとどまらない。主権者に対し、正確な情報を提供しないことはむしろ権力者の側に偏った立ち位置にあることを意味する。

 報道に課せられた「公平中立」は、時の権力への傾倒を許さない規範としての「不偏不党」を意味する。

 権力におもねり、事実をねじ曲げ、時に重要な事実を報じないという「報道」を、公共の電波で流し続ける罪を許してはならない。

 約6分間の問題のVTRを流さずに終えた17日夜の番組終了後、チーフプロデューサーは、数多くのスタッフを前にこう怒鳴り散らしたという。

 「こんなの放送していたらBPO案件だ!」

 これは、粗雑な誤導である。BPO(放送倫理・番組向上機構)は放送への苦情や放送倫理、人権、青少年への影響といった問題に対応している第三者機関だが、放送すべき内容を放送しない言い訳や、現場の萎縮や忖度を再生産しかねない「文句」として使っているとしたら、卑怯としか言いようがない。

 報道人は、孤立を恐れず、卑怯者の指弾に屈することなく、気概と反骨を胸に、報ずべきことを報じるのがその職責である。

 

もはや権力がメディアに圧力を加える必要すらない、「焦土」と化したメディアの惨状! しかし、そこにもわずかな希望が

 報ステの「消された6分間のVTR」は、この国の報道の現状を象徴している。

 権力と対峙すべきメディアのありようを見わたせば、「焦土」という言葉がふさわしい。

 映画「新聞記者」では権力とメディアが闘う姿が描かれているが、そうした政治権力による圧力が現実にメディアに対して加えられる景色は、もう既にない。

 有力政治家がテレビ局に乗り込んで番組改編を迫ったり(2001年、NHK番組改編問題)、時の総務相が放送法を根拠に電波停止の可能性に言及し たり(2016年、電波停止発言問題)、政権与党がメディア各社に「公平・公正な報道」を求める文書を配布したり(2014年、2018年)といったこと が繰り返されてきた。

 こうした蹂躙の積み重ねによって、メディアは萎縮し、忖度し、同調圧力に屈し、そうした配慮を色濃く反映した人事異動が繰り返され、「問題を起こさない人」が要職を埋め尽くしていった。

 歴史ある既存メディアの同業者なら思い当たる節があるはずだ。ある記者クラブに属し、記者歴10年余りの私もまた、そうした中にいるからわかる。「あの人も、あの人も、気付けばそういう人じゃないか」と。

 その結果、報道の現場では何が起きているか。

 菅官房長官の夜回りでは、番記者たちが紙袋の中に携帯電話とボイスレコーダーを入れて菅長官に見せ、頭を下げてからコメントを取るという異常な振る舞いが行われたと、月刊誌「選択」が報じていた。

 

菅官房長官に屈服する「番記者」  取材の際の「ある儀式」が定着 (選択出版)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190610-00010000-sentaku-pol

 

 ほぼ毎日行われているその官房長官の定例会見でも、機嫌を損ねないようにと、番記者たちは先回りした配慮を心がけている。

 そうした屈折した緊張感の中にあって、ずかずかと土足で踏み込んでくる東京新聞の望月衣塑子記者が展開する質問攻勢は「邪魔」でしかないのだろう。

 長官会見を主催する内閣記者会(記者クラブ)は、官邸側から望月記者に加えられ続けている質問制限や質問妨害を問題視せず放置している。

 望月記者の質問は、会見終了直前に2問だけとされ、それが終わると幹事社の記者が「それでは以上です」と言う異常が常態化している。この惨状に、内閣記者会を構成する各紙エース級の記者たちは一切口を挟もうとしない。

 全国紙の政治部記者はこうも言っていた。

 「望月記者の質問によって菅さんの機嫌が悪くなると、その後も取材がやりにくくなる」

 焼け野原だ。燃やし尽くされ、毛も生えない。憤怒さえあっけなく吸い込まれ、徒労感しか残らない。何より切ないのは、同じ苦境にあるはずの同業者である記者たちの多くは、現状の問題を語ろうものなら、視線を逸らし冷ややかにうなずく程度だからだ。

 そうした焦土にあって、しかし焼き尽くされたからこそ、見通しは良くなり、立っている報道人は互いの存在に気付いている。

 活字で、映像で、コメントで、最後の1分、最後の1行に気概を込めようと、今日がダメなら明日だと、腹に力を入れている報道人は、少なからずいる ことを知る。見わたす限りの焼け野原だからこそ、この焦土はもしかしたら肥沃なのかもしれない。そこにしか希望を見いだせないのは、日々の惨状があまりに 残酷であることの裏返しでもある。

(伊藤直也氏による寄稿はここまで)

 

 

編集後記

 伊藤直也氏には、今年4月13日にもIWJへ、衝撃的な政治的シナリオに関する「ディープレポート」を寄せていただいた。そのシナリオとはこうである。

 安倍晋三総理が、「消費税減税」もしくは「廃止」という、急進的な一部の野党の主張を丸のみした方針を訴え、衆議院を解散して、衆参ダブル選にな だれ込む。自民党、公明党、日本維新の会など改憲勢力が勢いづき、衆参で3分の2以上の議席を獲得。そして「緊急事態条項」を含む憲法改正の発議へ。

 こうした、「消費税減税」を訴えて一部野党の面子を潰し衆参ダブル選圧勝へ、という予測は当たらなかった。しかし、衆参ダブル選の可能性は、参院 選の日程が決まる直前まで消えることはなかった。安倍政権が衆院解散に踏み切らなかったのは、衆参で3分の2議席の獲得が見込めると判断したからだろう。 緊急事態条項を含む改憲発議のシナリオに変更は生じたものの、緊急事態条項創設というゴールが変わったわけでもなければ、ゴールが遠のいたわけでもない。 危機はまだ去っていないのである。

 野党が目玉とする主張を与党が「パクって」選挙で圧勝を目論むのではないか、という危機感は、常に持ち続けておかなければならない。

 安倍総理率いる自民党には、MMT(Modern Monetary Theory)理論を信奉している西田昌司参院議員がいる。

 4月4日、西田議員は、国会で、MMT理論をすすめる答弁を行い、それに応じた安倍総理も、まんざらではない様子を見せた。

 

財政赤字OK? 異端の経済理論「MMT」 国会で議論

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190405000943.html?jumpUrl=http%253A%252F%252Fdigital.asahi.com%252Farticles%252Fphoto%252FAS20190405000943.html%253F_requesturl%253Darticles%252Fphoto%252FAS20190405000943.html

 

 一方、安倍政権に批判的な市民から支持を集めている「れいわ新選組」の山本太郎代表は、経済について、立命館大学の松尾匡(ただす)教授から学んでいることを明かしている。驚くべきことに松尾教授も、MMTに肯定的な論者である。

 


    西田 昌司 氏 自民党参議院議員 「MMT」は暴論にあらず 消費増税は凍結せよ!(FACTA、2019年7月号)


    「MMT」や「反緊縮論」が世界を動かしている背景 「AOC、コービン」欧米左派を支える主要3潮流(松尾匡教授、東洋経済オンライン、2019年5月24日)


    山本太郎参議院議員が4月10日に、自由党からの離党と、新党「れいわ新選組」の結成を発表! 公約では「消費税廃止」や財政出動を強調! 山本議員が師事するのは、明石順平弁護士と論戦の過去のあるリフレ派経済学者の松尾匡(ただす)立命館大学教授! 2019.4.10