カミそまつにすればカミに泣くぞ
土尊べば土が救って呉れるのぞ
尊ぶこと今の臣民忘れてゐるぞ
神ばかり尊んでも何にもならんぞ
何もかも尊べば何もかも味方ぞ
敵とうとべば敵が敵でなくなるのぞ
この道理分りたか。

臣民には神と同じ分霊(わけみたま)さづけてあるのざから、みがけば神になるのぞ

玉串 神に供へるのは衣(ころも)供へることぞ
衣とは神の衣のことぞ
神の衣とは人の肉体のことぞ、人民をささげることぞ、自分をささげることぞ
人に仕へるときも同じことぞ
人を神として仕へねばならんぞ
神として仕へると神となるのざから
もてなしの物出すときは、祓ひ清めて神に仕へると同様にして呉れよ
喰べ物 今の半分で足りると申してあるが
神に献げたものか、祓ひ清めて神に献げると同様にすれば半分で足りるのぞ

悪はあるが無いのざぞ
善はあるのざが無いのざぞ
この道理分りたらそれが善人だぞ

千人力の人が善人であるぞ

お人よしではならんぞ
それは善人ではないのざぞ

近慾(ちかよく)なから(だから)分らんのぞ

神は生れ赤子のこころを喜ぶぞ
みがけば赤子となるのぞ

お土踏まして頂けよ
足を綺麗に掃除しておけよ
足よごれてゐると病になるぞ
足からお土の息がはいるのざぞ
臍(へそ)の緒の様なものざぞよ

お土ほど結構なものないぞ
足のうら殊に綺麗にせなならんぞ

1410

神の国には、政治も経済も軍事もないのざぞ
まつりがあるだけぞ
まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ
これは政治ぞ、これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ
分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ

肚(ハラ)掃除せよ

この道は中行く道ぞ
左も右りも偏ってはならんぞ

我れが我れがと思うてゐると、鼻ポキリと折れるぞ

今の人民 日(日の光)をいただかぬから病になるのざぞ
神の子は日の子と申してあらうがな

何事も方便と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、方便と申すもの神の国には無いのざぞ
まことがことだま(言霊)ぞ

赤い眼鏡かければ赤く見えると思うてゐるが、それは相手が白いときばかりぞ
青いものは紫にうつるぞ
今の世は色とりどり眼鏡とりどりざから見当とれんことになるのざぞ
眼鏡はづすに限るのぞ
眼鏡はづすとは洗濯することざぞ

後悔は要らぬのざぞ

赤児になれよ
ごもく捨てよ
その日その時から顔まで変るのざぞ

神が臣民の心の中に宝いけておいたのに、悪にまけて汚して仕まうて、それで不足申してゐることに気づかんか
一にも金、二にも金と申して、人が難儀しようがわれさへよけらよいと申してゐるでないか
それはまだよいのぞ、神の面(めん)かぶりて口先ばかりで神さま神さま と申したり、頭下げたりしてゐるが、こんな人民一人もいらんぞ
いざと云ふときは尻に帆かけて逃げ出す者ばかりぞ

1420

犬猫は正直でよいぞ

うへに唾(つば)きすればその顔に落ちるのざぞ

まことの善は悪に似てゐるぞ
まことの悪は善に似てゐるぞ
よく見分けなならんぞ
悪の大将は光り輝いてゐるのざぞ
悪人はおとなしく見えるものぞ

われよしの政治ではならんぞ
今の政治経済はわれよしであるぞ
臣民のソロバンで政治や経済してはならんぞ
神の光のやり方でないと治まらんぞ
与へる政治がまことの政治ぞよ
臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ

日の光あるときは、いくら曇っても闇ではないぞ
いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ
いくらあかりつけても夜は夜ぞ
神のやり方は日の光と申して、くどう気つけてあらうがな

政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ

腹にチャンと神鎮まって居れば何事も箱さした様に動くのざぞ

いくら頭がえらいと申して胃袋は頭のいふ通りには動かんぞ
この道理分りたか。

気が短いから、しくじるのざぞ

しびれ切らすと立ち上がれんぞ
急いではならんぞ
急がねばならんぞ

1430

本清めねば末は清まらんぞ
根絶ちて葉しげらんぞ

われが助かろと思ふたら助からぬのざぞ
その心われよしざぞ

考へてゐては何も出来ないぞ
考へないで思ふ通りにやるのが神のやり方ぞ
考へは人の迷ひざぞ
今の人民 身魂くもりてゐるから考へねばならぬが、考へればいよいよと曇りたものになる道理分らぬか

衣(ころも)はくるむものであるぞ
くるむとは、まつらふものぞ
神の衣は人であるぞ
汚(けが)れ破れた衣では神はいやざぞ
衣は何でもよいと申すやうなものではないぞ
暑さ寒さ防げばよいと申す様な簡単なものではないぞ
今は神の衣なくなってゐる
九分九厘の人民、神の衣になれないのざぞ
悪神の衣ばかりぞ

新しくその日その日の生まれ来るのぞ

時過ぎて種蒔いてもお役に立たんのであるぞ

二歳(ふたつ)の時は二歳の着物
五歳(いつつ)は五歳
十歳(とう)は十歳の着物あるのざぞ

戦(いくさ)するにも身魂みがき第一ぞ

宝持ちくさりにして呉れるなよ
猫に小判になりて呉れるなよ

言葉で天地にごるぞ
言波(ことば)で天地澄むぞ
戦なくなるぞ
神国になるぞ
言波ほど結構な恐いものないぞ

1440

とりちがへと天狗が一番恐いのざぞ
千匁(せんじん)の谷へポンと落ちるぞ

借銭(かり)返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持よいであらうが

人間には物質界を感知するために五官器があるぞ
霊界を感知するために超五官器あるぞ
神界は五官と超五官と和して知り得るのであるぞ
この点 誤るなよ

神界から真直ぐに感応する想念を正流と申す
幽界を経て又幽界より来る想念を外流と申すぞ

人間自体よりかもし出した霊波は反射的に霊界に反影するのであるぞ
人間の心の凸凹によって、一は神界に、一は幽界に反影するのであるぞ
幽界は人間の心の影が生み出したものと申してあろうがな

肉体に食ふことあれば霊にもあり
コトを食べているのが霊ぞ
大切なことじゃから、くどう申しておくぞ

自分のみの自分はないぞ
縦には神とのつながり切れんぞ
限りなき霊とのつながり切れんぞ
故に、神は自分であるぞ
一切は自分であるぞ
一切がよろこびであるぞ

二重三重人格と申すのは、二重三重のつきものの転換によるものであり、群集心理は一時的の憑依霊であると申してあろうがな
霊が元と申してくどう知らしてあろうが

人間は現界、霊界共に住んで居り、その調和をはからねばならん
自分は自分一人でなく、タテにもヨコにも無限につながってゐるのであるから、その調和をはからねばならん
それが人間の使命の最も大切なことであるぞ

調和乱すが悪ぞ
人間のみならず、総て偏してならん
霊に偏してもならん
霊も五、体も五と申してあらう
ぢゃが主は霊であり体は従ぞ
神は主であり、人間は従であるぞ
五と五と同じであると申してあろう
差別則平等と申してあらう
取り違い禁物ぞ

1450

神は愛と現はれ、真と現はれるのであるが、その根はよろこびであるぞ
神の子は皆よろこびぢゃ
よろこびは弥栄ぞ
ぢゃがよろこびにも正流と外流とあるぞ
間違へてならんぞ
正流の歓喜は愛の善となって現はれて、又 真の信と現はれるぞ
外流のよろこびは愛の悪となって現れるぞ
何れも大神の現れであること忘れるなよ。

悪抱き参らせて進むところにマコトの弥栄あるのであるぞ

神は弥栄(いやさか)ぞ
これでよいと申すことないのであるぞ
大完成から超大大完成に向って常に弥栄してゐるのであるぞよ

病、ひらくことも、運、ひらくことも、皆 己からぢゃと申してあろう
誰でも、何でもよくなるのが神の道、神の御心(みこころ)ぢゃ、親心ぢゃ
悪くなると云ふことないのぢゃ

迷ひが迷ひ生むぞ

毎日々々、太陽と共に、太陽について起き上がれよ
その日の仕事、与へられるぞ
仕事いのちと仕へまつれよ
朝寝するからチグハグとなるのぢゃ
不運となるのぢゃ、仕事なくなるのぢゃ

食物、食べ過ぎるから病になるのぢゃ
不運となるのぢゃ

口から出るもの、入るもの気つけよ
いくさ起るのぢゃ
人間の病や、いくさばかりでない、国は国の、世界は世界の、山も川も海も、みな病(やまい)となり、不運となってくるぞ

食べないで死ぬことないぞ
食べるから死ぬのぢゃぞ
一椀をとって先づ神に供へよ
親にささげよ
子にささげよ
腹八分の二分はささげよ
食物こそは神から、親から与へられたものであるぞ
神にささげずにむさぶるからメグリつむのぢゃ
メグリが不運となり、病となるのぢゃぞ
運ひらくのも食物つつしめばよい、言つつしめばよい
腹十分食べてはこぼれる、運はつまってひらけん
この判りきったこと、何故に判らんのぢゃ。
ささげるからこそ頂けるのぢゃ
頂けたらささげると今の人民申してゐるが、それがウラハラと申すもの
衣類も家も土地も、みな神から頂いたのでないぞ
あづけられてゐるのであるぞ
人民に与へられてゐるものは食物だけぢゃ
日のめぐみ、月のめぐみ、地のめぐみだけぢゃぞ
その食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ
病治るのぢゃ
人民ひぼしにはならん
心配無用
食物、今の半分で足りると申してあらうが

みなみな気つかん病になってゐるぞ
ツキモノがたらふく食べてゐることに気づかんのか
食物節すればツキモノ改心するぞ
先づ百日をめあてに、百日過ぎたら一年を、三年つづけたら開運間違ひなし
病もなくなってうれしうれしとなるぞ
三年目、五年目、七年目ぞ
めでたいナア、めでたいナア

1460
 

人の知恵で一つでも善き事したか、何もかも出来損なひばかり、にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかんか

世事(よごと)はなにかも上下ひっくり返ってゐるから、分らんからぞ
神の心になれば何事も分るから、鏡を掃除して呉れよ

神に目を向ければ神がうつり
神に耳向ければ神がきこえ
神に心向ければ心にうつる
掃除の程度によりて神のうつりかた違うぞ
掃除出来た方から神の姿うつるぞ
それだけにうつるぞ

みたまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ

身魂(みたま)の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ
よく気をつけて呉れ

人民の心の鏡凹(くぼ)んでゐるから、よきことわるく映り、わるきことよく映るぞ

淋しくなりたらたづねてござれ

我(が)を張ってゐると、いつまでも分らずに苦しむばかりぞ

われの慾(よく)ばかり言ってゐると大変が出来るぞ

雨の日は雨、風の日は風といふこと分らんか
それが天地の心ぞ
天地の心を早う悟りて下されよ

1360

捨てるとつかめるぞ

慾が出ると分らんことに、盲(めくら)になるから、神、気つけるぞ

神の民の言葉は神たたえるものと思へ
人ほめるものと思へ
それで言霊(ことたま)幸はふ(さちわう)ぞ
それが人民の言葉ぞ
わるき言葉は言ってはならんぞ
言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れん様にな

けものさへ神の御旨(みむね)に息せるを
神を罵る(ののしる)民のさわなる(騒なる)
草木さへ神の心に従ってゐるではないか
神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか
あの姿に早う返りて呉れよ

道は自分で歩めよ
御用は自分でつとめよ
人がさして呉れるのでないぞ
自分で御用するのぞ
道は自分で開くのぞ
人頼りてはならんぞ

逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ
あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな
上にゐては足も苦しからうがな
上下逆様と申してあるが、これでよく分るであろう
足はやはり下の方が気楽ぞ
あたま上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかりうつるぞ
この道理分りたか

学や知恵では外国にかなうまいがな
神たよれば神の力出るぞ

善いこと言へば善くなるし
わるきこと思へばわるくなる道理分らんか

苦しくなりたら何時でも(いつでも)ござれ
その場で楽にしてやるぞ

改心が第一ぞ

1370

喧嘩して大き声する所にはこの方(このほう)鎮まらんぞ
この事忘れるなよ

親となり子となり夫婦となり、兄弟(はらから)となりて、生きかわり死にかわりして御用に使ってゐるのぞ
人民同士、世界の民、みな同胞(はらから)と申すのは喩へ(たとえ)でないぞ
血がつながりてゐるまことの同胞ぞ
はらから喧嘩も時によりけりぞ

何もかも持ちつ持たれつであるぞ

人民喜べば神も喜ぶぞ

いつも剣の下にゐる気持で心ひき締めて居りて呉れよ

臣民 口でたべる物ばかりで生きてゐるのではないぞ

今は悪が栄えてゐるのざが、この世では人間の世界が一番おくれてゐるのざぞ
草木はそれぞれに神のみことのまにまになってゐるぞ
一本の大根でも一粒の米でも何でも貴くなったであろが
一筋の糸でも光出て来たであろがな
人民が本当のつとめしたなら、どんなに尊いか、今の人民には見当とれまいがな
神が御礼申すほどに尊い仕事出来る身魂ぞ

戦(いくさ)恐れてゐるが臣民の戦くらい、何が恐いのぞ
それより己の心に巣くうてる悪のみたまが恐いぞ

山は神ぞ、川は神ぞ、海も神ぞ、雨も神、風も神ぞ、天地みな神ぞ、草木も神ぞ
神祀れと申すのは神にまつらふことと申してあろが
神々まつり合はすことぞ
皆何もかも祭りあった姿が神の姿、神の心ぞ
みなまつれば何も足らんことないぞ
余ることないぞ
これが神国の姿ぞ
物足らぬ物足らぬと人民泣いてゐるが、足らぬのでないぞ
足らぬと思ふてゐるが、余ってゐるではないか

この世は人間にまかしてゐるのざから、人間の心次第ぞ
しかし今の人民のやうな腐った人民ではないぞ
いつも神かかりてゐる人民ぞ
神かかりと直ぐ分かる神かかりではなく、肚(ハラ)の底にシックリと神鎮まってゐる臣民ぞ
それが人間の誠の姿ぞ

1380

何事も洗濯第一

言(言葉)に気をつけよ

人民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日 神から頂いたものと思えばよいのであるぞ
それでその身体(からだ)をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが
夜になれば眠ったときは神にお返ししてゐるのざと思へ
それでよく分かるであろうが
身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる神の最も尊い宝としてお扱いすることぞ

泥棒が多くなれば泥棒が正しいと云ふことになるぞ
理屈は悪魔と知らしてあろが

臣民の食ひ物、足りるやうに作らしてあるに、足らぬと申してゐるが、足らぬことないぞ
足らぬのは、やり方わるいのざぞ

高い所から水流れるやうに時節に従ひて居れよ

人間の戦や獣の喧嘩ぐらいでは何も出来んぞ

何よりも改心が第一ぞ

神の申すこと何でも素直にきくやうになれば、神は何でも知らしてやるのぞ

臣民 神にすがれば、神にまつはれば、その日からよくなると申してあろが
何も六ヶ敷い(むずかしい)ことでないぞ

1390

今の臣民、学に囚へられて居ると、まだまだ苦しい事出来るぞ
理屈ではますます分らんやうになるぞ

まつりまつりと、くどく申して知らしてあるが、まつり合はしさへすれば、何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、悪も善もないのぞ
まつれば悪も善ぞ、まつらねば善もないのぞ
この道理分りたか

われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ

世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に(ことに)可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神を疑はぬ様になされよ
神を疑ふと気の毒出来るぞ

改心すれば助けてやるぞ
鬼の目にも涙ぞ
まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ
どんな悪人も助けてやるぞ
どんな善人も助けてやるぞ

砂糖にたかる蟻となるなよ

牛の喰べ物たべると牛の様になるぞ、猿は猿、虎は虎となるのざぞ
人民の喰べ物は定まってゐるのざぞ

獣の喰ひ物くふ時には、一度 神に献げて(ささげて)からにせよ
神から頂けよ
さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ
何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろがな
神に献げきらぬと獣になるのぞ
神がするのではないぞ、自分がなるのぞと申してあることも、よく分ったであろがな

あらしの中の捨小船と申してあるが、今その通りとなりて居ろうがな
何う(どう)することも出来まいがな
船頭どの、苦しい時の神頼みでもよいぞ、神まつりて呉れよ、神にまつはりて呉れよ
神はそれを待ってゐるのざぞ
それでもせぬよりはましぞ
そこに光あらはれるぞ
光現はれると道はハッキリと判りて来るのぞ
この方(このほう)にだまされたと思うて、言ふ通りにして見なされ
自分でもビックリする様に結構が出来てるのにビックリするぞ

遠くて近きは男女だけではないぞ
神と人、天と地、親と子、喰べる物も遠くて近いがよいのざぞ

1400

野見よ、森見よ

何事も持ちつ持たれつであるぞ
神ばかりではならず、人ばかりではならずと申してあろが

学も神力ぞ、神ざぞ
学が人間の智恵と思ってゐると飛んでもない事になるぞ

今の臣民 幾ら立派な口きいても、文字ならべても、誠がないから力ないぞ
黙ってゐても力ある人 世に出るぞ
力は神から流れ来るのぞ

みたま磨きが何より大切ぞ

足許(あしもと)に気付けよ

悪は善の仮面かぶりて来るぞ
入れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしてゐるのであるぞ
己の心も同様ぞ

百人千人万人の人が善いと申しても悪い事あるぞ
一人の人云っても神の心に添ふ事あるぞ

お土拝めよ
お土から何もかも生れるのぞ
人拝めよ、上に立つ人拝めよ
草木も神と申してあろがな

目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の(その)生命を神の御心(みこころ)のままに弥栄(いやさか)に仕へまつる事に祈れよ
神は其の日其の時に何すべきかについて教へるぞ

1310

明日の事に心使ふなよ
心は配れよ
取越苦労するなよ
心配り(こころくばり)はせなならんぞ

草木の心になれと申してあろがな

迷ふでないぞ

慌てて動くでないぞ
時節が何もかも返報(へんぽう)返しするぞ
時の神様 有難いと申してあろがな

神は臣民から何求めてゐるか
何時も(いつも)与へるばかりでないか
神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな
今の遣り方(やりかた)では愈々苦しくなるばかりぞ
早よう気付かぬと気の毒出来て来るぞ

金いらぬと申してあろが
やり方教へてやりたいなれど、それでは人民に手柄無いから此の神示(ふで)よく読みてくれといふてあるのぞ

よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが
人に知れぬ様によき事はするのざぞ
この事よく深く考へて行へよ

時節見るのざぞ

言波(ことば)とくに磨きてくれよ
コトに気つけて呉れとくどう申してあろが

今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ
洗濯せよ掃除せよと申すのはこれまでのやり方考へ方をスクリと改める事ぞ
一度マカリタ(死んだ)と思へ
掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ
ゴモク捨てよと申してあろがな

1320

人の心ほど怖いものないのざぞ

人まづ和し、人おろがめよ(拝めよ)
清め清めて人とまつろへよ

一升桝には一升しか入らぬと臣民思ふてゐるが、豆一升入れて粟(あわ)入れる事出来るのざぞ
その上に水ならばまだはいるのざぞ
神ならばその上にまだ幾らでもはいるのざぞ
神が移りたら人が思はぬ事出来るのざぞ

天おろがめよ(拝めよ)
つち(地・土)おろがめよ
まつはれよ

神の国は生きてゐるのざぞ
国土おろがめよ、神の肉体ぞ、神のたまぞ

道は真直ぐとばかり思ふなよ
曲って真直ぐ(まっすぐ)であるぞ
人の道は無理に真直ぐにつけたがるなれど曲ってゐるのが神の道ぞ
曲って真直ぐでよいのざぞ
人の道も同じであるぞ

臣民はどない申しても近慾ざから先見えんから慾ばかり申してゐるが、神は持ち切れない程の物与へてゐるでないか
幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな
それで何不足申してゐるのか

まつるとはまつろふ事と申してあろが

物云ふなよ
まこと宣る(のる)のぞ
まこと神ざぞ
道ぞ

どんなことあっても死に急ぐでないぞ

1330

その時その所によりて、どんなにも変化(へんげ)るのが神の魂ぞ
馬鹿正直ならんと申してあろ

火あって水動くぞ
水あって火燃ゆるぞ

人が悪く思へたり、悪くうつるのは己が曇りてゐるからぞ。

この道はじめは辛いなれど楽の道ぞ
骨折らいでも素直にさへして その日その日の仕事しておりて下されよ
心配要らん道ぞ

手柄立てようと思ふなよ
勝たうと思ふなよ
生きるも死ぬるも神の心のままざぞ
どこにどんな事して居ても助ける人は助けるのざぞ
神の御用ある人民 安心して仕事致しておりて下されよ
火降りても槍降りてもびくともせんぞ
心 安心ぞ
くよくよするでないぞ
神に頼りて神祀りてまつわりておれよ
神救ふぞ

今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ
之が善である、まことの遣り方ぞと思ってゐる事九分九厘迄は皆悪のやり方ぞ
今の世のやり方、見れば判るであらうが

上の番頭殿 悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ
番頭殿を悪く申すでないぞ
よい政治しようと思ってやってゐるのぞ
よいと思ふ事に精出してゐるのざが、善だと思ふ事が善でなく、皆悪ざから、神の道が判らんから、身魂曇りてゐるから、臣民困る様な政治になるのぞ

わからん事も神の申す通りすれば自分ではわからんこともよくなって行くのざぞ

悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ
人裁くのは神裁くことざぞ

苦労喜ぶ心より 楽喜ぶ心 高いぞ

1340

詰らぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来るぞ

喜べば喜ぶ事出来るぞ
悔やめば悔やむ事出来るぞ

先の取越苦労は要らんぞ
心くばりは要るぞと申してあろがな

我れよしと云ふ悪魔と学が邪魔してゐる事にまだ気付かぬか

己の心を見よ、戦が済んでいないであろ

口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。
みな命(みこと)になる身魂、掃除身魂結構

親と子であるから、可愛いから旅の苦をさしてあるのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれて仕まうたな
鼠でも三日先のことを知るのに、一寸先さへ分らぬほどに、よう曇りなされたな

闇のあとには夜明け来る
神は見通しざから、心配するな

悪の楽しみは先に行くほど苦しくなる
神のやり方は先に行くほどだんだんよくなるから、初めは辛いなれど、さきを楽しみに辛抱して呉れよ

神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ

1350

ゴモク吐き出せよ
其の儘(そのまま)にしておくと段々大きくなりて始末にゆかんことになりて、しまいには灰にするより、手なくなるぞ

コトちがふから、精神ちがふから、ちがふことになるのざぞ
コト正しくすれば、正しきこととなるのざぞ

今の学ある者 大き取り違ひいたしてゐるぞ

逃げ道つくってはならんぞ
二つ三つ道つくってはならんぞ
まっすぐに神の道に進めよ
神の道は一筋ざと申してあろが

さびしくなりたら たづねて御座れと申してあろがな。

可哀さうなは兵隊さんざぞ
神に祈りてやりて呉れよ

何事も得心せねば、根本からの掃除は出来んのざぞ

わるき言葉、息吹が此の方(このほう)の一番邪魔になるぞ

苦労なしにはマコト判らんぞ

慾(よく)はいらぬぞ
慾出したら曇るぞ
めくらになるぞ

1260

おわびすればゆるしてやるぞ
天地に御無礼ない人民一人もないのざぞ

腹立つのは慢心からぞ

善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ

神にはわけへだて無いのざぞ

神徳はいくらでも背負ひきれん迄にやるぞ
大き器もちて御座れよ
掃除した大きいれものいくらでも持ちて御座れよ

洗濯と申すのは何事によらん、人間心すてて仕舞て、智恵や学に頼らずに、神の申すこと一つもうたがはず生れ赤子の心のうぶ心になりて、神の教(おしへ) 尊ぶ(たっとぶ)ことぞ

ミタマ磨きと申すのは、神からさづかってゐるミタマの命令に従いて、肉体心すてて了ふ(しもう)て、神の申す通りそむかん様にすることぞ

学や智を力と頼むうちはミタマは磨けんのざ
学越えた学、智越えた智は、神の学、神の智ざと云ふこと判らんか

叱るばかりでは改心出来んから喜ばして改心さすことも守護神にありてはあるのざぞ
聞き分けよい守護神殿 少ないぞ
聞き分けよい悪の神 早く改心するぞ
聞き分け悪き善の守護神あるぞ

ミタマ磨け出したら病神(やまいかみ)などドンドン逃げ出すぞ

1270

世はクルクルと廻るのざぞ
仕合せ悪くとも悔やむでないぞ
それぞれのミタマの曇りとりてゐるのざから、勇んで苦しいこともして下されよ

改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないぞ
人の前で懺悔するのは神 傷つけることになると心得よ
神の御前にこそ懺悔せよ
懺悔の悪きコトに倍した、よきコトタマのれよ、コト高くあげよ、富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、そのコトに神うつりて、何んな手柄でも立てさせて、万劫末代名の残る様にしてやるぞ

悪と思ふことに善あり、善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな
このことよく心得ておけよ

臣民はづかしことは、神はづかしのざぞ

この神の申すことよく肚に入れて、もうかなはんと申す所こらへて、またかなはんと申す所こらへて愈々(いよいよ)どうにもならんといふ所こらへて、頑張りて下されよ
神には何も彼も(なにもかも)よくわかりて帳面に書きとめてあるから、何処までも、死んでも頑張りて下されよ
其処迄(そこまで) 見届けねば、この方の役目果たせんのざ
可哀さうなれど神の臣民殿、こらえこらえてマコト何処迄も貫きて下されよ
マコトの生神がその時こそ表に出て、日本に手柄さして、神の臣民に手柄たてさして、神からあつく御礼申してよき世に致すのであるぞ
腹帯しっかり締めてくれよ
重ねて神が臣民殿にたのむぞよ
守護神殿にたのむぞよ

元の大和魂(やまとたましい)にかへれと申すのは、今の臣民には無理ぢゃな
無理でも、神に心向ければ出来るのざぞ

智や学がありては邪魔になるぞ

学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ

心(こころ)配れよ

人、神とまつはれば喜悦し(うれし)うれしぞ
まつはれば人でなく神となるのぞ

1280

遅くなればなる程 苦しくなるのざぞ

寂しくなりたら訪ねて御座れと申してあろがな

此れまでの仕組や信仰は方便のものでありたぞ
今度は正味(しょうまつ)の信仰であるぞ
神に真直(ますぐ)に向ふのざぞ
日向(ひむか)と申してあろがな
真上(まうへ)に真すぐに神を戴いて呉れよ
斜めに神戴いても光は戴けるのであるが、横からでもお光は戴けるのであるが、道は真すぐに、神は真上に戴くのが神国のまことの御道であるぞ

斜めや横から戴くと光だけ影がさすのざぞ
影させば闇となるのざぞ
大きいものには大きい影がさすと臣民申して、止むを得ぬ事の様に思ふてゐるが、それはまことの神の道知らぬからぞ
影さしてはならんのざぞ
影はあるが、それは影でない様な影であるぞ
悪でない悪なると知らせてあろが

真上に真すぐに神に向へば影はあれど、影無いのざぞ
闇ではないのざぞ
此の道理 会得る(わかる)であろがな
神の真道(まみち)は影無いのざぞ
幾ら大きな樹でも真上に真すぐに光戴けば影無いのざぞ
失敗(しくじり)無いのざぞ
それで洗濯せよ掃除せよと申してゐるのぞ
神の真道(まみち)会得(わか)りたか

今の臣民 上 許り(ばかり)見て頭ばかりに登ってゐるから分らなくなるのざぞ
地に足つけよと申してあろが
地 拝(おろが)めと、地にまつろへと申してあろが
地の神様 忘れてゐるぞ

改心第一と申してあろがな

お太陽(ひ)様 円い(まるい)のでないぞ
お月様も円いのではないぞ
地球も円いのではないぞ
人も円いのが良いのではないぞ
息してゐるから円く見えるのざぞ
活(はたら)いてゐるから円く見えるのざぞ
皆形無いものいふぞ、息してゐるもの皆円いのざぞ
神の経済この事から生み出せよ
大きくなったり小さくなったり、神の御心通りに活(はたら)くものは円いのざぞ
円い中にも心(しん)あるぞ
神の政治、この事から割り出せよ
神は政事(まつりごと)の姿であるぞ
神の政治生きてゐるぞ
人の政治死んでゐるぞ

手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ
災難見ないのざから、毎朝 心鎮めてから克く(よく)合はしてみよ
合ってゐたら其日(その日)には災難無いのざぞ
殊に臍の息一番大切ざぞ
若し(もし)も息合ってゐない時には呼吸(こきゅう)整えよ
心身整えよ
身魂鎮めよ

飛行機の災難も地震罪穢の禍も、大きい災難ある時には息乱れるのざぞ
神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ

1290

何んな(どんな)力あったとて我出すまいぞ

執念(くど)い様なれど我出すなよ
慢心と取違ひが一等気ざはりざぞ

大掃除する時は棚のもの下に置く事あるのざぞ
下にあったとて見下げてはならんぞ

此の世の位もいざとなれば宝も富も勲章も役には立たんのざぞ
此の世去って、役に立つのは身魂の徳だけぞ
身についた芸は其の儘(そのまま)役立つぞ

人に知れぬ様に徳つめと申してあろがな

此の世に自分の物と云ふ物は何一つないのであるぞ
早う自分からお返しした者から楽になるのざぞ

我(が)出したら判らなくなるぞ

無理と思ふ事も無理でない事 沢山にあるのざぞ

今の経済は悪の経済と申してあろがな、もの殺すのぞ
神の国の経済はもの生む経済ぞ
今の政治はもの毀(こわ)す政治ぞ
神の政治は与へる政治と申してあろが

瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なす)ならすでないぞ
茄子には茄子と申してあろがな
味噌も糞も一つにするでないぞ
皆がそれぞれに息する道あろがな

1300

神第一とすれば神となり、悪魔第一とすれば悪魔となるぞ
何事も神第一結構

タマ磨けば磨いただけ先が見えすくぞ
先見える神徳与へるぞ

まこと心になりたならば自分でも判らん程の結構出て来るぞ
手柄立てさすぞ
いくら我張りても我では通らんぞ
我折りて素直になりて下されよ

これでよいと云ふことないぞ
いくらつとめても、これでよいと云ふことはないのざぞ

勇む事 此の方(このほう) 嬉しきぞ

富士は何時(いつ)爆発するのざ、何処へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ
何処(どこ)に居ても救ふ者は救ふと申してあろが

悪き待つキは悪魔のキざぞ
結構が結構生むのざぞ

人間心には我(が)があるぞ
神心には我がないぞ
我がなくてもならんぞ
我があってはならんぞ
我がなくてはならず、あってはならん道理分りたか

我なくせよ
我出せよ

この神示(ふで)読めよ、声高く
この神示(ふで)血とせよ
益人(ますらびと)となるぞ

1210

家族幾人居ても金いらぬであろが
主人(あるぢ)どっしりと座りておれば治まっておろが
神国の型 残してあるのざぞ

今の臣民 口先ばかりでまこと申してゐるが、口ばかりでは、なほ悪いぞ
言(こと)やめて仕へまつれ

今迄は闇の世であったから、どんな悪い事しても闇に逃れる事出来てきたが闇の世はもうすみたぞ
思ひ違ふ臣民 沢山あるぞ
何んな集ひ(集団 - まどひ)でも大将は皆思ひ違ふぞ
早ふさっぱり心入れ換へて下されよ

山 火吐かぬ様、地 揺れぬようおろがみ(拝み)て呉れよ
大難小難にまつりかへる様おろがみて呉れよ

食物(たべもの)頂く時はよくよく噛めと申してあろが
噛むと力生れるぞ
血となるぞ
肉となるぞ

われの事言はれて腹のたつ様な小さい心では、今度の御用出来はせんのざぞ
心大きく持てと申してあろがな

身 養ふ正しき道開いて伝へて呉れよ

もちと大き心持ちなされよ

この方(このほう)クヤム事嫌いぞ

臣民 今は人の手に握ってゐるものでもタタキ落して取る様になりてゐるのざから神も往生ざぞ

1220

神は人民楽にしてやりたいのに、楽になれたら自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのざぞ
其処にまだ気付かんか
キが元ざと申してあろがな

行(おこない)出来て口静かにして貰ふと、何事もスラリとゆくぞ
行(ぎょう)が出来ておらんと何かの事が遅れるのざぞ
遅れるだけ苦しむのざぞ。

今迄して来た事が、成程(なるほど) 天地の神の心にそむいてゐると云ふこと心から分かりて、心からお詫びして改心すれば、この先末代(まつだい)身魂をかまうぞ

悪いこと待つは悪魔ぞ
何時(いつ) 建替、大峠、終末が来るかと待つ心は悪魔に使はれてゐるのざぞ

天と地の御恩といふことが判りて居らんから難儀なことが、愈々どうにもならん事になるのぞ
バタバタとなるのぞ
臣民 生れおちたらウブの御水を火で暖めてウブ湯をあびせてもらふであろが、其の御水はお土から頂くのざぞ
たき火ともしは皆 日の大神様から頂くのざぞ
御水と御火と御土でこの世の生きあるもの生きてゐるのざぞ
そんなこと位 誰でも知ってゐると申すであろが、其の御恩と云ふ事知るまいがな
一厘の所 分かるまいがな

せわしくさしてゐるのざぞ
せわしいのは神の恵みざぞ
今の世にせわしくなかったら臣民くさって了ふ(しまう)ぞ
せわしく働けよ

和が元ざと申してあろが
和合出来ぬのはトラとシシぞ
どちらにもメグリあるからざぞ

坊主 坊主くさくてはならんぞ

みぐるしき霊(たま)には みぐるしきもの写るぞ
それが病の元ぞ
みぐるしき者に、みぐるしきタマあたるぞ
それで早う洗濯掃除と申してくどう気付けておいたのぞ

神のためしもあるなれど、所々にみせしめしてあるぞ
早う改心して呉れよ
それが天地への孝行であるぞ

1230

自分の物と思ふのが天の賊ぞ

心違ふてゐるから臣民の思ふことの逆さばかりが出てくるのざぞ

メグリは一家分け合って、国中分け合って借金なしにして下されよ

この神示 肚(ハラ)に入れておれば何んな(どんな)事が出て来ても胴(どう)すわるから心配ないぞ

道は弥栄(いやさか)

今の仕事 五人分も十人分も精出せと申してあろがな

急ぐでないぞ

仕事し乍ら(ながら)神示肚(ハラ)に入れて行けば仕事段々変るのざぞ

無理するでないぞ

キつけてくれよ
キがもとざぞ
キから生れるのざぞ

1240

心のもとはキざぞ
総てのもとはキであるぞ

うれしキは うれしキことうむぞ
かなしキは かなしキことうむぞ
おそれはおそれうむぞ
喜べば喜ぶことあると申してあろがな

天災でも人災でも、臣民の心の中にうごくキのままになるのざぞ
この道理わかるであろがな
爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ
おそれるとおそろしことになるのざぞ
ものはキから生れるのざ
キがもとぞ
くどくキづけておくぞ

どんな九十(コト)でもキあれば出来るぞ
キからうまれるぞ

生かす(活かす)とは神のイキに合すことぞ

何事も神の申すこと聞いて すなほになるのが一等ざぞ

右行く人、左行く人とがむるでないぞ

世界のことは皆、己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ
この道理わかりたか

メグリある金でも物でも持ちてゐたらよい様に思ふてゐるが、えらい取違ひであるぞ

心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ
神のイレモノ、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の民と申されるか
判らんと申してあまりであるぞ

1250

神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが
もの活かせば、経済も政治も要らんぞ

金もの云ふ時から、誠もの云う時来るぞ

日本の人民、大和魂 何処にあるのざ
大和魂とは神と人と解け合った姿ぞ

早よう神にすがれと申してゐるのぞ
誠ですがれば、その日からよくなるぞ、神力現れるぞ

赤いものが赤い中にゐると色無いと思ふのぞ
気付けて呉れよ

悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、悪となるのざぞ

悪も改心すれば助けてやるぞ

人民の改心第一ぞ
顔は今日でも変るぞ

悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ
善のやり方 始め辛いなれど先行く程よくなるぞ

素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ
よろこびの身といたしてやるぞ

1160

今の法律 此の方(このほう)嫌ひぢゃ
嫌ひのもの無くするぞ

凝り固まると害(そこな)ふぞ

此の道(このみち) 中行く道と申してあるが
あれなら神の民ぞと世間で云ふ様な行ひせねばならんぞ

悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ

この世界は浮島であるから、人民の心通り、悪くもなり良くもなるのざぞ

食ふ物ないと申して歩き廻ってゐるが、餓鬼に喰はすものは、もういくら捜してもないのぞ
人は神の子ざから食ふだけのものは与へてあるぞ
神の子に餓死(うえじに)はないぞ
いやさかのみぞ

何時(いつ)も変らん松心となりて下されよ

今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ
此処までよくも曇りなされたな

改心次第で善の霊(れい)と入れ換へて、その日からよき方に廻してやるぞ

道はまっすぐに行けよ
寄り道するではないぞ
わき目ふると悪魔魅入るぞ
それも我れ(われ)の心からざぞ

1170

饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ

もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心第一ぞ

悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ

人助けておけば、その人は神助けるぞ

神徳貰へば何事も判りて来るのざぞ

息乱れん様にせよ

肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ

早く早くと申せども、立体の真道に入るは、小我(われ)死なねば、大我(われ)もなき道ぞ

風の日もあるぞ

まつり結構
まつればよろこぶこと出来るぞ

1180

保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ

野拓く時は野の神まつれ
物作る時は保食の神まつれ
産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ
人民の学や智ばかりで何が出来たか
早よ改心第一ぞ

山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方(このほう)の徳であるぞ
それぞれの御役あるのざぞ

学や智捨てて天にむかへ
地にむかへ
草にむかへ
生物にむかへ
木にむかへ
石もの云ふぞ
草もの云ふぞ

豊受の大神様お山の富士に祀り、箸供へてお下げした箸、皆に分けやれよ
饌(け)に難儀せん様 守り下さるぞ

神は気引いた上にも気引くから、とことんためすから、そのつもりで、お蔭落さん様にせよ

神の子は神としての自分養ふことも、つとめの一つであるぞ
取違ひすると大層な事になるから、気つけておくぞ

勲章も何んにもならん時が来る
まこと一つに頼れ人々

神が申した時にすぐ何事も致して呉れよ
時過ぎると成就せん事あるのざぞ

キが元ぞと申してあろがな
世をのろふ心、言葉は悪魔ぞ
災禍待つと云ふキは悪魔ざぞ
キ大きく持ちて下されよ

1190

島国日本にとらはれて呉れるなよ
小さい事思ふてゐると見当取れん事になるぞ

神きらふ身魂は臣民も厭ふ(いやう)ぞ

皆病気になりてゐること分らぬか
自分でも分らぬ病になってゐるぞ
早ふ直さぬとどうにもならんことになって来るぞ

松の心にさへなりておれば、何事もすくすく行くぞ

めぐりあるから心配あるのぞ
めぐり無くなれば心配なくなるぞ
心配ないのが富士は晴れたりぞ
富士晴れ結構ぞ

神国の御民(みたみ) 何時も富士晴れ心でおりて下されよ

肉体ちっとの間であるが、魂は限りなく栄へるのざぞ

金に難渋して負けぬ様にして下されよ
金 馬鹿にしてはならんぞ

あせるでないぞ
あせると心配事出来るぞ

不和の家、不調和(ふわ)の国のささげもの神は要らんぞ
喜びの捧げもの米一粒でもよいぞ
神はうれしいぞ

1200

人民が楽に行ける道作りて教へてやってゐるのに、我出すから苦しんでゐるのざ
神が苦しめてゐるのでないぞ
人民 自分で苦しんでゐるのざと申してあろがな

心から勇む仕事よき事ぞ
此の方(このほう)の好く事ざぞ

是から(これから)は誠の深し浅しの戦(いくさ)ざぞ
誠とはコトざぞ
口でないぞ、筆でないぞ コトざぞ、コト気付けと申してあろがな
コト、コト、コト、ざぞ

此の道 難しい道でないぞ
欲はなれて、命はなれてなる様にしておりて下されたら それでよいのぢゃ

今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ
皆 鼻ポキン許り(ばかり)ぢゃなあ

人民の肚さへ(冴え)たら天もさへるぞ
心鎮(しづ)もれば天も鎮もるぞ
神勇むぞ

人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、掃除ぞと申して知らした事忘れたか
地に足つけよと申した事判らんのか
百姓になれ、大工になれと申した事判らんのか

善と悪と小さく臣民分けるから判らんのざぞ
大きく目ひらけよ

松心となれよ
何時も変らん松の翠(みどり)の松心、松の御国の御民幸あれ

子供達(こどもら)よ
親の心よく汲み取りてくれよ

1110

何にしても素直に致すが一番の近道ざぞ
素直になれんのは小才があるからざぞ
鼻高ぢゃからざぞ

神の国は神の国のやり方あると申してあろがな
よきは取り入れ悪きは捨てて皆気付け合って神の国は神の国ぢゃぞ
金(きん)は金(きん)ぢゃ、銀は銀ぢゃぞと申してあろがな
盲(めくら)ならんぞ

此の方の神示(ふで)元と判り乍ら(ながら)他の教で此の道開かうとて開けはせんのざぞ
鏡曇ってゐるから曲って写るのざぞ

一人の改心ではまだまだぞ
一家揃って皆改心して手引き合ってやれよ
外国人も日本人もないのざぞ
外国々々と隔て心悪ぢゃぞ

勇んでやって下されよ
勇む所 此の方(このほう) 力添え致すぞ

心配顔 此の方(このほう) 嫌ひぞ
歌唄ひ下されよ
笑ひて下されよ
笑へば岩戸開けるぞ

今の人民キリキリ舞しながら まだキリキリ舞するようもがいて御座るぞ

早う気付いた臣民人民 楽になるぞ

神の守護と申すものは人民からはちっとも判らんのであるぞ
判る様な守護は低い神の守護ざぞ
悪神の守護ざぞ
悪神の守護でも大将の守護ともなれば人民には判らんのざぞ
心せよ

何んな事あっても不足申すでないぞ
不足悪ざぞ

1120

皆 人民の気からぞと くどう申してあろがな
みな人民のキから起って来たのざぞ
我の難儀、我が作るのざぞ
我恨むより方法(ほか)ないぞ

人民の苦しみ此の方(このほう)の苦しみざぞ
人民も此の方も同じものざぞ
此の道理判りたか
此の方 人民の中に居るのざぞ
別辞(ことわけ)て申してゐるのざぞ

先づキ整へて暫し(しばし)目つむり心開きて祈りてくれよ
礼拝の仕方ざぞ

神の心となれば誠判るぞ。

一人で手柄は悪ぢゃ
分けあってやれよ
手握りてやれよ

今までは悪の世でありたから、己殺して他人助けることは、此の上もない天の一番の教といたしてゐたが、それは悪の天の教であるぞ
己を活かし他人(ひと)も活かすのが天の道ざぞ、神の御心ぞ
他人殺して己助かるも悪ぞ
己殺して他人助けるも悪ぞ
神無きものにして人民生きるも悪ぞ
神ばかり大切にして人民放っておくのも悪ぞ
神人ともにと申してあろが

神は人に依り神となり、人は神によって人となるのざぞ
まことの神のおん心わかりたか
今までの教へ間違っていること段々判りて来るであろがな

油断するでないぞ

皆の者喜ばせよ
その喜びは、喜事(よろこびごと)となって天地のキとなって、そなたに万倍となって返って来るのざぞ

よろこびいくらでも生むことできるぞ

1130

冬の次が春とは限らんぞ
夏 雪降ることもあるのざぞ
神が降らすのでないぞ、人民 降らすのざぞ
人民の邪気が凝りたら、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ
訳の判らん病ひどくなって来るぞ

詰らん事で詰らん事になるなよ

理屈は悪と申してあろが

人に知れん様によいことつとめと申してあろが
人に知れん様にするよいこと 神こころぞ
神のした事になるのざぞ

直会(なをらひ)も祀り(まつり)の中ぞ
朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ
日々の仕事 皆まつりぞ
息すること此の世の初めのまつりぞ
まつれまつれと申してあろが

取違ひ、お詫び申せよ、楽にしてやるぞ

神示(ふで)読まないで智や学でやろうとて、何も、九分九厘で、終局(りんどまり)ぞ
我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来るぞ
慢心おそろしいぞ

取違ひ慢心一等恐いと申してあろが

引潮の時 引けよ
満潮の時 進めよ

口先ばかりでなく、誠祈れよ
祈らなならんぞ
口先ばかりでは悪となるぞ
わかりたか

1140

神示(ふで) 腹の腹底まで浸むまで読んで下されよ
神頼むぞ

信ずる者皆人に知らしてやれよ
神示読んで嬉しかったら、知らしてやれと申してあらうが

ゆめゆめ利功出すでないぞ
判りたか

百姓にもなれ、大工にもなれ、絵描きにもなれ
何にでもなれる様にしてあるでないか

此の方 喜ぶこと好きぞ、好きの事栄えるぞ
弥栄へる(いやさかえる)ぞ

取違へせん様に慢心せん様に、生れ赤児の心で神示(ふで)読めよ
神示(ふで)いただけよ

日本の臣民 皆勇む様、祈りて呉れよ
世界の人民 皆よろこぶ世が来る様 祈りて呉れよ

云ふた事 必ず行はねばならんぞ

天から声あるぞ
地から声あるぞ
身魂(みたま)磨けばよくわかるのざぞ

神とならば、食ふ事も着る事も住む家も心配なくなるぞ
日本晴れとはその事ざぞ

1150

今迄の心 大河に流してしまへば何もかもよく判って嬉し嬉しとなるのざぞ

雨風さへどうにもならんであろうが
生物 何んで息してゐるか、それさへ判らいで居て何でも判ってゐると思ってゐるが鼻高ぞと申すのざ

皆仲よう相談して悪き事は気付け合ってやりて下され
それがまつりであるぞ

魔の仕組、神の仕組、早う旗印見て悟りて下されよ

何事も苦労なしには成就せんのざぞ
苦労なしに誠ないぞ

神示よく読めと、神示よく肚に入れと申してあるが、神示肚に入れると胴すわるのざぞ
世界から何んな偉い人が出て来て何んな事尋ねても教へてやれる様になるのざぞ
神示胴に入れて頭下げて天地に働いて下されよ
まつりて下されよ
素直になれば其の場から其の場其の場で何事も神が教へてやるから、力つけて導いてやるから、何んな神力でも授けてやるぞ

我さえよけらよいとまだ思って御座る臣民まだで御座るぞ
自分一人で生きてゆけんぞ
神許りでも生きてゆけんぞ
爪の垢でもだてについてゐるのではないのざぞ
判らんと申しても余りで御座るぞ
まつりせよ
地(つち)にまつろへよ
天(あめ)にまつろへよ
人にまつろへよ
草木動物にまつろへよ、と、くどう知らしてあるのに未だ判らんのか
神拝む許り(ばかり)がまつりでないぞ

悪気ない許り(ばかり)では神の御民とは申されんぞ

淋しくなりたら神示(ふで)尋ねて御座れ

天国に底ない様に地獄にも底ないぞ
何処までも(どこまでも)落ちるぞ

1060

神の心の判りた臣民から助ける御用にかかりて呉れよ

何時も変らぬ松心でおれと申して御座ろがな

大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろがな
如何様(いかよう)にでも受け入れてよき様にしてやる様仕組てある神の心判らんか
天災待つは悪の心、邪と知らしてあるがまだ判らんのか
苦に負けて大変待ちゐる臣民 沢山あるが、そんな守護神に使はれてゐると気の毒になりて来るぞ
よく神示読んで下されよ

甘くてもならんぞ、辛(カラ)くてもならんぞ、甘さには辛さいるぞ

天の神様許り(ばかり)ではならんのざ

心さっぱり大河に流して神示(ふで)読んで下されよ
何時迄(いつまで)も神待たれんぞ

神の智と学の智とは始は紙一重であるが、先に行く程ウンプ(運否)出来て来て天地の差となるぞ

誠の神の薬のやり方 悪の神の毒のやり方ともなるぞ

何事も順正しくやりて下されよ
神は順であるぞ
順乱れた所には神の能(はたらき)現はれんぞ

何もせんでゐて、よき事ばかり待ちてゐると物事後戻りになるぞ
神の道には後戻りないと申してあろがな
心得なされよ

1070

近慾(ちかよく)に目くれて折角のお恵みはづすでないぞ
神 キつけておくぞ

人の苦しみ見てそれ見た事かと申す様な守護神に使はれてゐると気の毒出来るぞ

毒と薬でうらはらであるぞ

五と五では力出んぞ、四と六、六と四、三と七、七と三でないと力生れんぞ

此の道は中行く道と申して知らしてあろがな

力余ってならず、力足らんでならず、しかと手握りてじっと待ってゐて下されよ

誠の教ばかりでは何もならんぞ
誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ

理屈申すでないぞ
幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ

此の世の事は人民の心次第ぞ

我一(いち)力では何事も成就せんぞ
手引き合ってやりて下されと申してあること忘れるでないぞ

1080

キが元と申してあるが、キが餓死(うえじに)すると肉体餓死するぞ
キ息吹けば肉息吹くぞ
神の子は神のキ頂いてゐるのざから食ふ物無くなっても死にはせんぞ
キ大きく持てよと申してあるが、キは幾らでも大きく結構に自由になる結構な神のキざぞ

臣民 利巧(りこう)なくなれば神のキ入るぞ
神の息通ふ(かよう)ぞ
凝りかたまると凝りになって動き取れんから苦しいのざぞ

馬鹿正直ならんと申してあろがな

何より改心第一ぞと気付けてあろが

神示肚にはいれば未来(さき)見え透くのざぞ

此の地(つち)も月と同じであるから、人民の心 其の儘に写るのであるから、人民の心悪くなれば悪くなるのざぞ
善くなれば善くなるのぞ

めんめめんめに心改めよと申してあろがな
人民と云ふ者は人に云はれては腹の立つ事あるものぢゃ
腹立つと邪気起るから めんめめんめに改めよと
くどう申すのぢゃぞ
※めんめ(面々)- その時々、その都度、各々、ひとりひとり

智や学ではどうにもならんと云ふ事よく判りておりながら、未だ智や学でやる積り、神の国の事する積りでゐるのか
判らんと申して余りでないか

何事も判った臣民 口に出さずに肚に鎮めておけよ
言ふてよい時は肚の中から人民びっくりする声で申すのざ
神が申さすから心配ないぞ
それまでは気(ケ)も出すなよ

理屈悪ざぞ

1090

銭儲けて口さへすごして行けばよい様に今の臣民まだ思ってゐるが、それは四つ足の四つの悪の守護で
ある位 判りておろがな

他を退ける事は悪であるぞ
まつりまつりとくどう申してあること未だ判らんのか

人の苦労あてにして我が進んで苦労せん様な人民では神の気感(きかん)に適はん(かなわん)から、今度は苦労のかたまりの花咲くのざ
苦の花咲くのざぞ

上面(うわっつら)洗へばよくなるなれど、肚の掃除なかなか出来んぞ
道広める者から早う掃除まだまだであるぞ

食ひ物大切に家の中キチンとしておくのが開(カイ)の御用ざぞ
初めの行(ぎょう)ざぞ

出て来ねば判らん様では、それは神力無いのぞ
軽き輩(やから)ぢゃぞ
それで神示(ふで)読めとくどう申してゐるのざぞ
神の申す事 誠ざと思ひながら出来んのは守護神が未だ悪神の息から放れてゐぬ証拠ざぞ

悪神は如何様にでも変化(へんげ)るから、悪に玩具(おもちゃ)にされてゐる臣民人民 可哀想なから、此の神示(ふで)読んで言霊高く読み上げて悪のキ絶ちて下されよ
今の内に神示じっくりと読んで肚に入れて高天原となっておりて下されよ

悪魔に邪魔されて神示(ふで)読む気力も無くなる臣民 沢山出て来るから気付けておくのざ

人に云ふてもらっての改心では役に立たんぞ
我と心から改心致されよ

我でやらうと思ってもやれないのざぞ
それでも我でやって鼻ポキンポキンか
さうならねば人民得心出来んから やりたい者はやって見るのもよいぞ
やって見て得心改心致されよ

1100

思うことは行為することぞ

眼覚めたら起き上がるのざぞ
起きたらその日の命頂いたのざぞ、感謝せよ、大親に感謝、親に感謝せよ
感謝すればその日の仕事与へられるぞ
仕事とは嘉事(よこと)であるぞ
持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ
仕事は命ざぞ
仕事喜んで仕へ奉れ

我出すと曇り出るぞ
曇ると仕事わからなくなるぞ

腹へったらおせよ
腹八分でよいぞ
減らんのに食べるでないぞ
食(おせ)よ
一日一度から始めてみれよ
ほんのしばらくでよいぞ

人民食べるだけは与へてあるぞ
貪(むさぶ)るから足らなくなるのざぞ

神の道 無理ないと申してあろが
水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ
どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ

穴埋めるでないぞ
穴要るのざぞ

苦しいという声 此の方(このほう)嫌ひざ
苦と楽 共にみてよ
苦の動くのが楽ざぞ

生れ赤児みよ
子見よ
神は親であるから人民守ってゐるのざぞ
大きなれば旅にも出すぞ
旅の苦 楽しめよ
楽しいものざぞ

眠くなったら眠れよ
それが神の道ぞ
神のこときく道ざぞ
無理することは曲ることざぞ
無理と申して我儘(わがたた)無理ではないぞ
逆行くこと無理と申すのざ
無理することは曲ることざ
曲っては神のミコト聞こへんぞ
素直になれ

1010

相手七と出たら三と受けよ
四と出たら六とつぐなへよ
九と出たら一とうけよ
二と出たら八と足して、それぞれに十となる様に和せよ
まつりの一つの道ざぞ

我軽しめる事は神軽くすることざ
わかりたか

心配せずに、グングンとやれよ
動くところ、神力 加はるのざぞ

騒動待つ心 悪と申してあること忘れるなよ

我が名呼びておすがりすれば、万里先に居ても云ふこときいてやるぞ
雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、と申してお願ひすれば、万里先に居ても、この世の荒れ、地震のがらせてやるぞ
神々様に届く行で申せよ
こんなよき世は今迄になかりたのぢゃ
膝元(ひざもと)に居ても言葉ばかりの願ひ聞こえんぞ
口と心と行と三つ揃った行い、マコトと申して知らしてあろが

改心足らんぞ

神心(かみごころ)になれば敵、敵でなくなるぞ
敵憎んではならんぞ
敵も神の働きぞ

神は六ヶ敷い(むずかしい)こと云はんぞ
神に心皆任せてしまうて、肉体慾 捨ててしまふて、それで嬉し嬉しぞ
神が限りなき光り、よろこび与へるのざぞ

神の国治めるのは物でないぞ、まことざぞ
世界治めるのもやがては同様であるぞ

ミタマ相当にとりて思ふ様やりてみよ
行出来ればその通り行くのぢゃ
神に気に入らん事スコタンばかりぢゃから、引込み思案せずに堂々とやりて下されよ

1020

こんな楽な世になってゐるのぢゃ
屁(へ)も放(ひ)れよ、沈香もたけよ
ふらふらして思案投首この方(このほう)嫌ひぢゃ

行(ぎょう)なしではまことのことわからんぞ、出来はせんぞ
神の道 無理ないなれど、行(ぎょう)は誰によらずせなならんぞ
此の方(このほう)さへ三千年の行したぞ
人民にはひと日(一日)も、ようせん行の三千年、相当のものざぞ

神の道 無理ないと申して楽な道でないぞ
もうこれでよいと云ふことない道ざぞ

土地分け盗りばかりか、天まで分け盗って自分のものと、威張ってゐるが、人民の物一つもないのぢゃ
大引上げにならんうちに捧げた臣民 結構ぞ

何事も時節到来致してゐるのざぞ
真理(ふじ)晴れるばかりの御代(みよ)となってゐるのぢゃぞ

人民 神に仕へて下さらんと神のまことの力出ないぞ
持ちつ持たれつと申してあらうがな
神まつらずに何事も出来んぞ
まつらいでするのが我よしぞ
天狗の鼻ざぞ
まつらいでは真暗ぞ
真暗の道で、道開けんぞ
神は光ぞと申してあらうが

神がかりよくないぞ
やめて下されよ
迷ふ臣民出来るぞ
程々にせよと申してあらうが
皆々心の鏡掃除すれば、それぞれに神かかるのぢゃ
肉体心で知る事は皆粕(カス)ばかり、迷ひの種ばかりぢゃぞ
この道理判りたであらうがな
くどう申さすでないぞ

肉体あるうちには、中々改心は出来んものぢゃから、御霊(みたま)にして改心するより外ない者 沢山あるから、改心六ヶ敷い(むずかしい)なれど、我慢してやりて下されよ

日本の国に食物なくなってしまふぞ
世界中に食べ物なくなってしまふぞ
何も人民の心からぞ
食物無くなっても食物あるぞ
神の臣民、人民 心配ないぞ
とも食ひ(共喰い)ならんのざぞ
心得よ

慢心、早合点(はやがてん) 大怪我のもと

1030

今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ
気付けおくぞ

楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ
人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ
肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ
魂は鉄砲では殺せんのざぞ
魂はほかの肉体にうつりて、目的たてるのざぞ
いくら外国人殺しても、日本人殺しても、よき世は来ないぞ
今迄のやり方、スクリかへて神の申す様にするよりほかに道ないのざ

和合せんとまことのおかげやらんぞ
一家揃ふたらどんなおかげでもやるぞ
一国そろたらどんな神徳でもやるぞ
おのづから頂けるのざぞ

惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐるが、それが一等の間違ひざぞと申してあろが
惟神(かんながら)とは神人共に融け合った姿ざぞ
今の臣民 神無くして居るではないか
それで惟神も神道もないぞ

心大きく、深く、広く持ちて下されよ

基督(キリスト)信者よ改心致されよ
基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ
懺悔せよ

大き心持てよ
かがみ掃除せよ

何事もウラハラと申してあろが
ひとがひとがと思ってゐた事 我の事でありたであろがな

日本が日本がと思って居た事 外国でありた事もあるであろがな

餓鬼までも救はなならんのであるが、餓鬼は食物やれば救はれるが、悪と善と取違へてゐる人民、守護神、神々様 救ふのはなかなかであるぞ
悪を善と取違へ、天を地と信じてゐる臣民人民なかなかに改心六ヶ敷い(むずかしい)ぞ

1040

草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ
草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ
出世するのざから嬉しいのざぞ
草木から動物虫けら生れると申してあろがな
人の身(み)神に捧げるのざぞ
神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな
惟神のミミとはその事ぞ
神示(ふで)よく読めば判るのざぞ

種は残して育ててやらねばならんのざぞ

此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝く嬉し嬉しの誠の惟神(かんながら)の道で御座るぞ

神示(ふで)よく読めよ
何んな(どんな)事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ

改心すればタマの入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ

何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ
我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ
此の位(このくらい)の事判らんで神の臣民と申されんぞ

我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ
まだ我出して居る人民ばかりであるぞ
従ふ所には従はなならんぞ
従へばその日から楽になって来るのざぞ
高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな

頭で判っても肚で判らねば、発根(ほっこん)の改心出来ねば、まだまだ辛い目に会ふのざぞ
人民 自分で首くくる様なことになるのざぞ
判りたであろ

人民喜べば神嬉しきぞと申してあろが

草木喜ばしてやれよ
神示(ふで)よく読めばどうしたら草木動物喜ぶかと云ふことも知らしてあるのざぞ

1050

苦しむと曲るぞ
楽しむと伸びるぞ
此の方(このほう) 苦しむこと嫌ひぢゃ
苦を楽しみて下されよ

算盤(そろばん)のケタ違ふ算盤でいくらはじいても出来はせんぞ
素直にいたしてついて御座れ
見事 光の岸につれて参って喜ばしてやるぞ

今迄の教(おしえ)ではこの道判らんぞ

野見よ、森見よと申してあろ

きたない心すててゐると、小さい心大きくなって自分でもびっくりする様な結構が来るぞ

皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たや、遠い近いの区別なし、皆々我が子ぢゃ、可愛い子ぢゃ、早う親の心汲みとれよ

肉体 先づ(まず)苦しめたら、今度その守護神にはそれだけの見せしめせなならんことになってゐるのざぞ

神がかりで まだ世界の事何でも判ると思ふてゐる人民 気の毒出来るぞ

邪はらふとは邪無くすることではないぞ、邪を正しく導くことざぞ
追払ふ(おいはらう)でないぞ
まつろへよ
引寄せて抱き参らせよ
取違ひならん大切事ぞ

三界を貫く道ぞ誠なり、誠の道は一つなりけり
神界の誠かくれし今迄の道は誠の道でないぞや
鬼おろち草木動物虫けらも一つにゑらぐ(えらぐ-喜ぶ/楽しむ)道ぞ誠ぞ

960

神の心が九分通り臣民に判りたら、神の政治判るのぢゃ
与へる政治いくらでもあるぞ
一通りと思ふなよ
時と所によっていくらでもあるのぢゃ
つまることない神のまつりごとぢゃ
人民の政治 神国には用いられんのぢゃ
三千世界天晴れの政治 早う心得て、まつり呉れよ

悪神の眷族はまだよいのぢゃ
箸にも棒にもかからん、話の判らん動物霊に化かされて、玩具(おもちゃ)にされてゐて、まだ気付かんのか

アホ結構ぞ、リコウ出るとこわれるぞ

神国の乱れ、声(言葉)キから
世界の戦争、天災、皆人民の心からなり

日本の人民よくならねば、世界の人民よくならんぞ
日本の上の人よくならねば日本人よくならんぞ

祈る場所はよ(早よ)つくれよ
特に、平和祈らなならんぞ
その位 判って居ろが
今ぢゃ口ばかりぢゃ
口ばかり何もならんぞ
マコト祈らなならんぞ
膝まづいて祈り事されよ

悪と学は長うは続かん事、そろそろ判りて来るぞ

自分いやしめるでないぞ
皆々神々様ざぞ

今の政治はむさぶる政治ぞ
神のやり方は与へぱなしざぞ

今のやり方では世界は治まらんぞ

970

天にはいくらでも与えるものあるぞ
地にはいくらでも どうにでもなる人民に与へるものあるのざぞ
おしみなく、くまなく与えて取らせよ
与へると弥栄へる(いやさかえる)ぞ
弥栄(いやさか)になって元に戻るのざ
国は富んで来るぞ
神徳 満ち満つのぢゃ
この道理判るであらうがな

取り上げたもの何にもならんのぢゃ
ささげられたものだけがまことじゃ
乗るものもタダにせよ
田からも家からも税金とるでないぞ
年貢とりたてるでないぞ
何もかもタダぢゃ
日の光見よ、と申してあらうが
黄金(きん)はいらんと申してあろが
暮しむきのものもタダでとらせよ
タダで与へる方法あるでないか
働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ
理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ
働かん者にもドシドシ与へてとらせよ
与へる方法あるでないか
働かんでも食べさせてやれよ
何もかも与へぱなしぢゃ
其処(そこ)に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ
やって見なされ
人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであらうが
この方の申す様にやって見なされ
お上(おかみ)は幸でうもれるのぢゃ
余る程与へて見なされ
お上も余るのぢゃ
此の道理判りたか
仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ
皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑ(植え)つけてあるのぢゃ
長い目で見てやれ
おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ
むさぶると悪になって来るのぢゃ
今のさま見て改心結構ぞ

そろばん捨てよ
人民 神とあがめよ
神となるぞ
泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ

祀りてない時はお日様とお月様おろがんでよいぞ

裁判所(しらす)いらんぞ
牢獄(ろうや)いらんぞ
法律いらんぞ
一家仲ようしたらいらんのぢゃ
国も同様ざぞ
そんな事すれば、世の中メチャメチャぢゃと申すであらうが、悪人がとくすると申すであろが、誰も働かんと申すであらうが
与へる政治だめぢゃと申すであろ
ぜんぶ人間の小智恵ぢゃ
其処(そこ)に人間の算盤(そろばん)の狂うたところ気付かんか
上に立つ人もっともっと大き心 結構ぞ
算盤なしで梶とらすぞ
神の申す通りに進むのぢゃ
これが出来ねば一段さがって頭下げてござれ
余り大き取違ひばかりぢゃぞ
悪の守護となってゐるからぢゃ
此処(ここ)の道理判るまでは動きとれんのぢゃぞ。

病神(やまいかみ)がそこら一面にはびこって、すきさへあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから、余程 気付けて居りて下されよ

人民はお土でこねて、神の息入れてつくったものであるから、もう、どうにも人間の力では出来ん様になったら お地(つち)に呼びかけよ
お地(つち)にまつろへよ
お地(つち)は親であるから親の懐(ふところ)に帰りて来いよ
嬉し嬉しの元のキよみがへるぞ

百姓から出直すきもち結構結構

悪い者殺してしまふて よい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか
肉体いくら殺しても魂迄は、人民の力では何うにもならんであろがな
元の霊(たま)まで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ
元の霊(たま)に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ
それ位(くらい) 判って居らうが
判りて居り乍ら(なかまら)他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ

悪は改心早いぞ

980

悪神も助けなならんぞ
霊(たま)から改心させなならんぞ
善も悪も一つぢゃ
霊も身も一つぢゃ

早う目覚めて、け嫌ひ(けぎらい)いたさず、仲よう御用結構ぞ

何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ
どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ
不足あると曇り出るぞ
曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、此の方(このほう)に不足申せよ
此の方(このほう) 親であるから、不足一応は聞いてやるぞ
気晴らしてカラリとなって天地に働けよ
心の富士晴れるぞ
はじめの岩戸開けるぞ

早のみ込み大怪我の元、じっくりと繰り返し繰り返し神示よめよ
神示 肚(ハラ)の肚に入れよ

数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ
数に引かれ困らん様 気付けよ

悪に見せて善(ぜん)行はなならん事あるぞ
この行(ぎょう) 中々ざぞ

悪の守護となれば、悪 よく(良く)見えるのざぞ

人民 悪いこと好きでするのでないぞ
知らず知らずに致してゐるのであるぞ

神にも見(み)のあやまり、聞きのあやまりあるのざぞ
元の神には無いなれど、下々の神にはあるのざぞ
それで見なほし、聞きなほしと申してあるのざぞ
元の神には見直し聞きなほしはないのざぞ
スサナルの大神様 鼻の神様 かぎ直しないぞ、かぎのあやまりはないのざぞ
人民でも、かぎの間違ひないのざぞ、鼻のあやまりないのざぞ

まことの集まりが神徳ぢゃ
神徳つむと、世界中 見えすくのざぞ

990

人民 眼の先しか見えんから疑ふのも無理ないなれど、ミタマ磨けばよく判るのぢゃ
ついて御座れ、手引張ってやるぞ

誠の道行くだけではまだ足らんぞ
心に誠一杯につめて空っぽにして進みてくれよ

苦労、苦労と申しても、悪い苦労 気の毒ざぞ
よき苦労 花咲くぞ
花咲いて実結ぶのざぞ
人民 苦しみさえすればよい様に早合点してゐるなれど、それは大間違ひざぞ
神の道 無理ないと、くどう申してあらうがな
此の道理よく噛み分けて下されよ

少しは神の心も察して下されよ
云ふ事きいて素直にいたされよ
神たのむぞ

苦しいこと出来て来るのが御神徳ぞ

此の方のコト(言)、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのざぞ

我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ
気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな
それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ

道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め
勇ましきやさかの道、光りあるぞ

一人となりても、神の申す事ならば、ついて来る者が誠の者ざぞ

悪はのびるのも早いが、枯れるのも早いぞ
いざとなればポキンぞ
花のまま枯れるのもあるぞ

1000