2月8、9日、森ノ宮ピロティホールで蜷川幸雄さん演出の舞台を観てきました。
ホントはシアターコクーンで見たかったけれど、一度チケット取ったけど
どうしようもなくて譲りに出したもので。
んで、
観劇したわけなんですが。
謎が残る、というか、考えさせられる、というか。
とにかく思うところが沢山ありまして。
ネタバレちゃうかもしれないので、気にされる方はこのへんで。
んで、
観劇したわけなんですが。
原作読んでないもので、Don't think. Feel!の精神で飛び込んできました。
まあ、読んでいたとしても、子供の頃読書感想文を書いたら「独特の発想で書けています」という、ぬるっとした先生の評価がつく程度のアタマなので。
むしろ読まなくて正解、余計混乱することに。
あ、だからといって舞台は決して混乱してはいなかった。
圧倒されて、揺り動かされて、考えさせられる。
それが面白い。
みたいな。
私は演劇に興味はあるが、見巧者というワケではない。
むしろ、あまり見たことはない。
今回の観客の中には専門的に舞台を見る人も沢山居たんだとも思う。
そんな舞台の感想上げるのって勇気がいるが、自分のアタマを整理する意味で、意味不明になっても書いてみようと思う。
前置きが、長くなりました。
人と熊と犬
むしろ、犬と人と熊、の話
寿命も言葉も生活も何もかもが違うけど、どれもが次世代に命を繋ぐもの
他から見たら成り立たない声言葉も、同じもの同士なら難なく通じる
いや、難なく、ではないか
そこが一つ、大切だと思うんだ
契約をしようと現れたババたちは、果たしてどの言葉を想いをより「難なく」受け取り、伝えるのだろうか
熊猟師に付き従う犬は同じ獣である熊と、同じ時を過ごした人とどちらを「難なく」理解するのだろうか
でも、やっぱり人間の話、だと感じてしまった
冒頭、港で分かち合う兄弟
無邪気に兄を尊敬し信じる弟
傲慢なまでに自分を通す兄
再会の抱擁は飼い犬をじゃらすそれにも見える
熊猟師の家系でライフル射撃をする兄
一般企業に勤め従順に家訓を守る弟
この家にとって「弟」は「人」なんだろうか?
この場面、滔々と語る兄に違和感を感じた
何かバランスが悪い気がする
弟の前のめりな信頼も
しかし、名前がすごいじゃないか
兄「一」
弟「多根彦」
名は体を表す、かと
真っ直ぐに思うままに、自信過剰なくらいに真っ直ぐな一
物事の始まりである1にも通じて、のちに「はじめに犬ありき」というセリフに通じる、とまで思うのは…考えすぎかな、下川家には関係ないはずだし
そして「種彦」って書いてるのを見たことがあるけれど、私は「しがらみの多い」子になるように見える。根無し草、の対極にある
そして犬の子供、ひばり
言葉を操るようで「語彙のない」やはりバランスの悪い女詩人
でも、とても純粋な女性
ちゃんと多根彦を愛し、将来を考え行動していたのに
よもやの出会い
しかし関係性を考えると必ず出会ってしまう二人
このあたりから私の混乱が始まる
話を過去に戻して
熊猟師と薬売
下部といいながら対等だという
同じ商売人、同じ輪の中に閉じ込められたという
舞台の中で薬売のインパクトは大きい
200年前から続く薬売
しばし時を経て200と十数年前から
更に時を経て300年前から
そして400年500年と続くであろうラスト
生き物の一代は一代、だけれどそれはどこかに続いていく
薬売はその中でどの立場の役割なんだろう?
百年の想像力、20年と生きられない
キーワードなんだろうが、この数字にぴんとこなかった
下川兄弟と熊猟師との間が100年?
なら20年は?
やっぱり戯曲読まないとわからないのかな
そして石油村
この村歌を聞いて、あ、人間の話か、と思った
「原始的」であることと「文明的」であることが並立する理由もまた、人間なのかと
本音と建前
本能と理性
言い換えればそれだけ。相反する言葉に感情に、それを同じ場面で数多く見たし感じた
薬売の言葉で思ったけど、相反する物もけして切り離せはしなくて
そんな中、知識をひけらかすようにしゃべる一も感情に流され恋をする
普通より少し情熱が過剰な一には似合いな気すらした
沢山のキーワードがあるが
「エネルギーは欲望する」という言葉もその一つかと
石油
原子力
分かり易くはこのふたつだけれど、例えば
熊の胃
愛情
時間
これらだって「エネルギー」として語られていたような
エネルギー「を」欲するのか、なんか不思議
そして、閉じられる、ということ
薬売りは熊猟師と同じ輪のなか上も下もないと言った
おじいちゃんは一に道路、線路という外に向かう道によって閉ざされ生きられない存在を話す
対極にあるようで、切り離せないものたち
そんなものが沢山あった。
続くかも
ホントはシアターコクーンで見たかったけれど、一度チケット取ったけど
どうしようもなくて譲りに出したもので。
んで、
観劇したわけなんですが。
謎が残る、というか、考えさせられる、というか。
とにかく思うところが沢山ありまして。
ネタバレちゃうかもしれないので、気にされる方はこのへんで。
んで、
観劇したわけなんですが。
原作読んでないもので、Don't think. Feel!の精神で飛び込んできました。
まあ、読んでいたとしても、子供の頃読書感想文を書いたら「独特の発想で書けています」という、ぬるっとした先生の評価がつく程度のアタマなので。
むしろ読まなくて正解、余計混乱することに。
あ、だからといって舞台は決して混乱してはいなかった。
圧倒されて、揺り動かされて、考えさせられる。
それが面白い。
みたいな。
私は演劇に興味はあるが、見巧者というワケではない。
むしろ、あまり見たことはない。
今回の観客の中には専門的に舞台を見る人も沢山居たんだとも思う。
そんな舞台の感想上げるのって勇気がいるが、自分のアタマを整理する意味で、意味不明になっても書いてみようと思う。
前置きが、長くなりました。
人と熊と犬
むしろ、犬と人と熊、の話
寿命も言葉も生活も何もかもが違うけど、どれもが次世代に命を繋ぐもの
他から見たら成り立たない声言葉も、同じもの同士なら難なく通じる
いや、難なく、ではないか
そこが一つ、大切だと思うんだ
契約をしようと現れたババたちは、果たしてどの言葉を想いをより「難なく」受け取り、伝えるのだろうか
熊猟師に付き従う犬は同じ獣である熊と、同じ時を過ごした人とどちらを「難なく」理解するのだろうか
でも、やっぱり人間の話、だと感じてしまった
冒頭、港で分かち合う兄弟
無邪気に兄を尊敬し信じる弟
傲慢なまでに自分を通す兄
再会の抱擁は飼い犬をじゃらすそれにも見える
熊猟師の家系でライフル射撃をする兄
一般企業に勤め従順に家訓を守る弟
この家にとって「弟」は「人」なんだろうか?
この場面、滔々と語る兄に違和感を感じた
何かバランスが悪い気がする
弟の前のめりな信頼も
しかし、名前がすごいじゃないか
兄「一」
弟「多根彦」
名は体を表す、かと
真っ直ぐに思うままに、自信過剰なくらいに真っ直ぐな一
物事の始まりである1にも通じて、のちに「はじめに犬ありき」というセリフに通じる、とまで思うのは…考えすぎかな、下川家には関係ないはずだし
そして「種彦」って書いてるのを見たことがあるけれど、私は「しがらみの多い」子になるように見える。根無し草、の対極にある
そして犬の子供、ひばり
言葉を操るようで「語彙のない」やはりバランスの悪い女詩人
でも、とても純粋な女性
ちゃんと多根彦を愛し、将来を考え行動していたのに
よもやの出会い
しかし関係性を考えると必ず出会ってしまう二人
このあたりから私の混乱が始まる
話を過去に戻して
熊猟師と薬売
下部といいながら対等だという
同じ商売人、同じ輪の中に閉じ込められたという
舞台の中で薬売のインパクトは大きい
200年前から続く薬売
しばし時を経て200と十数年前から
更に時を経て300年前から
そして400年500年と続くであろうラスト
生き物の一代は一代、だけれどそれはどこかに続いていく
薬売はその中でどの立場の役割なんだろう?
百年の想像力、20年と生きられない
キーワードなんだろうが、この数字にぴんとこなかった
下川兄弟と熊猟師との間が100年?
なら20年は?
やっぱり戯曲読まないとわからないのかな
そして石油村
この村歌を聞いて、あ、人間の話か、と思った
「原始的」であることと「文明的」であることが並立する理由もまた、人間なのかと
本音と建前
本能と理性
言い換えればそれだけ。相反する言葉に感情に、それを同じ場面で数多く見たし感じた
薬売の言葉で思ったけど、相反する物もけして切り離せはしなくて
そんな中、知識をひけらかすようにしゃべる一も感情に流され恋をする
普通より少し情熱が過剰な一には似合いな気すらした
沢山のキーワードがあるが
「エネルギーは欲望する」という言葉もその一つかと
石油
原子力
分かり易くはこのふたつだけれど、例えば
熊の胃
愛情
時間
これらだって「エネルギー」として語られていたような
エネルギー「を」欲するのか、なんか不思議
そして、閉じられる、ということ
薬売りは熊猟師と同じ輪のなか上も下もないと言った
おじいちゃんは一に道路、線路という外に向かう道によって閉ざされ生きられない存在を話す
対極にあるようで、切り離せないものたち
そんなものが沢山あった。
続くかも
