笑顔を浮かべるということは、一番簡単な愛の実践業です。

 まず出発点においては、小さなところから始まってゆくということを知りなさい。 

  それが道を開く鍵

 

にな  (『光ある時を生きよ』第3章より)

 

  精霊のうた (youtube.com)

 

 

 

 

 

  

 

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20122 総本山・正心館 

 

 

質疑応答  在日について

Question
私は在日韓国人です。私の周りの在日韓国人や在日朝鮮人のなかで、日本に帰化したいと思っていても、親族の反対があって帰化できない人たちがたくさんいます。私も総裁先生と同じ日本人になりたいと思い、手続きを始めたのですが、個人で行うのは大変な状況です。在日韓国人として、いつか日本との架け橋になりたいと思って幸福の科学の活動をしてきたのですが、私たち在日韓国人には何か使命があるのでしょうか。

Answer
 数日前に発刊された『北朝鮮-終わりの始まりー』(大川隆法著・幸福の科学出版)という本が、これから宣伝されて広まっていくと思います。すでに、マスコミのほうには影響が出始めています。今朝の朝日新聞を読むと、中国軍の北朝鮮に対する動きについて一面と二面を使って特集していたので、「ああ、もう影響が出始めているな」と感じました。「朝鮮半島がどうなるか」というのが、次の大きな問題です。
 私は、南北朝鮮を統一しようと思っています。それが、いちばん幸福な道だと思っていますので。かつての東西ドイツにしても、東ドイツがベルリンの壁をつくって仕切っていたのを、やはり何十年もかかって統一しましたが、結局、それが幸福への道だったと思うのです。
 朝鮮半島もイデオロギーで分かれていたけれど、今はもう、北朝鮮のほうは人口が二千万人程度になり、毎年、何千人も脱北者が出続けています。命からがら逃げている状態です。
 鴨緑江の向こうでは中国軍が構えて、あまり難民が入らないように一生懸命防衛していますが、中国軍は、いざとなれば二時間で平壊まで制圧できる体制を今つくっているということです。戦争の危険も高まっているので、あらゆるシミュレーションが行われているところです。いざとなれば、オバマ大統領も、やり始める可能性があると思います。
 やはり朝鮮半島は統一されるべきであり、あのままでは悲劇だと思います。統一後は七千万ほどの人口になり、かなり大きな経済圏になりますので、基本的に南(=韓国) の考え方で統一したほうが、全体として幸福になるでしょう。
 
   中国にも革命運動が近づいている
 
 中国にも、体制を変えていただきたいと思っています。中国では今、また言論統制がきつくなり、非常に圧迫が強くなってきています。ノーベル平和賞を獲った中国人を応援しているような人たちが、中国から脱出している状況です。
 これは、アラブの革命運動が波及してくるのを恐れて締め上げをしているのですが、もう最後の段階であり、いずれは抑えられなくなると思います。携帯電話やインターネットで皆に情報が行き始めて、もう止めようがない状態になつています。ああいう電子機器類などの産業を、輸出額が世界一になるところまで盛んにしてしまったことが、かえつて中国政府の首を締めています。
 インターネット警察が三十万人もいても、中国は人口が多すぎるので、警察が出てくる前にだいたい伝え終わって、皆、知っている状態です。アンダーグラウンドでも全部情報は伝わっていますので、中国も、もう革命運動が近づいていると思います。
 そうなつたときに、やはり、しっかりとした方向性を見据えなければいけないと思います。過去のいろいろなこともあるでしょうが、日本から朝鮮半島、中国あたりは、東南アジアのほうも含めて、大きな政治的・経済的繁栄圏をつくれる可能性があるところです。そういう意味で、皆で仲良く、大調和をつくれるような方向に向かっていくといいなと思います。
 
   

   日本は考え方の狭さを変えなければいけない
 
 在日韓国人・朝鮮人の方は、数十万ぐらいは、いらっしやると思います。「日本に来たばかりで、分からないから」というのならともかく、すでに何代か日本に住んでいたり、実際は日本語しか話せないという方の場合は、そんなに無理して突っ張らなくてもよろしいのではないでしょうか。
 日本もこれからはアメリカのように、いろいろな国の人を受け入れる国家に変わらなければいけない時期なのです。「日本人以外は相手にしない」というような純血主義みたいな考え方も、捨てなければいけない。本当に、国際社会にならなければいけない時代です。
 日本語を話せる在日の方が何十万人もいて、その人たちが「日本国籍は取らずに、政治的な権能だけは持ちたい」というのは、やはり少しおかしいので、ちゃんと日本人として活動されてもいいと思うのです。
 アメリカなどは、いろいろな国の国籍の人が来てアメリカ人になっています。一定の居住年数などを満たしたうえで、星条旗に対して「アメリカが戦争になって防衛しなければいけなくなるときには、アメリカのために戦います」と誓えば、日本人であろうと何人であろうと、アメリカ人として認められるところがあります。
 実は、ユダヤ人もそうです。ユダヤ人とはユダヤに生まれた人たちのことではなく、ユダヤ教を信じている人がユダヤ人であって、本当は国籍がいろいろ、あるのです。
 日本にも考え方の狭さがあるので、これを変えなければいけないと思っています。まずは東京あたりから国際都市に変え、日本中にいろいろな国の人がいても全然問題はない時代に、変えなければいけないと思います。

 

  人間はいろいろな国に生まれ変わっている
 
 朝鮮半島等については、おそらく大正から昭和前半ぐらいまでは差別的な面もあったかと思うのですが、昔に遡ってみれば、奈良時代ぐらいまでは、あちらから来られた方は非常に高く尊重されていました。その子孫や、日本人と結婚した方の子孫の方々は、別に、出世に差し障りがあるようなことは、まったくありませんでした。学者の家系みたいな感じで非常に高く評価され、尊敬されていたので、日本人にそういう考え方ができないわけではありません。
 有名な高僧になった方でも、渡来人と言われる方々の血を引いている方もいますし、実は一部、「天皇家にも入っている」と言われています。日本はもともと、南からも北からもいろいろな地域から入って来た人たちが混ざり合って出来上がっている民族であり、たまたま海に囲まれて他と離れているだけのことです。あまり、そういったことを大きく考えるべきではないと思います。
 私は転生輪廻の話もしていますが、人間はいろいろな国に生まれ変わっているので、「血統がどうか」とか、「どこの国の人間だからどうこう」という考えは、私はあまり採っていないのです。
 例えば、「中国は覇権主義を採っているから、日本を防衛しなければいけない」と言って備えをしょうと思っている日本人が、過去世では中国人に生まれていたというような霊的な事実もよくあります。ですから、「どこの国だから」ということは関係ないのです。やはり、そのときどきで「正しいことは何か」ということを考え、やるべきであると思っています。
 在日の方の日本国籍取得に関しては、たぶん政治運動のところで引っかかりがいろいろあるのかと思います。国籍は取らないで、選挙権その他は日本人と同じように全部認めるとなると、「そういう人たちがどこかに集まり、共和国みたいな何かをつくられると、やりにくくなるのではないか」ということを恐れている人がいるのでしょうか。
 「転生輪廻の思想から見れば、国籍など関係ないのだ」ということを考え、多様な価値観を受け入れていけば、もっと平和な世の中になれると思います。
 おもに政治家などが、過去の例を出していろいろ言うのは、「ちょっと、どうかな」と思うところはあります。最近の例でも、韓国の日本大使館の前に従軍慰安婦の記念像をつくって据えるなどということは、常識的に見ると少し下品ですね。外交問題がらみで、他国の大使館の前にそういうものを置くというようなことは、さすがに、やり過ぎと言えば、やり過ぎです。
 これについては、日本人がボーツとしているから助かっているので (会場笑)、これがアメリカだったら大変なことになるでしょう。絶対許すわけがなくて、ものすごく怒ると思います。日本人は、「慰安婦の像ができたんだって。はあ、、、、。」などという感じでボケーツとしています。ボケーツとしているところが救いの面もあるのですが、それだけでは、いけなくて、もっと国際化は進めなければいけないと思います。

 

女性教育のあり方について考える

男女平等等が行き過ぎるとおかしくなる


大川隆法総裁(以下、総裁) 咲也加も二十歳になつて、父親としては、難しい年齢に入ってきたね。女の子から〝レディ〟になろうとしているので、どういう関係を取っていけばいいか、やや難しい段階に入りつつはある(笑)。

大川咲也加さん(以下、咲) (笑)

総裁 「女性論」については、どんな感じに考えているの?

咲 「女性論」ですか。そうですね、私が受けてきた教育について振り返ってみると、今、女性も男性と同じように教育されていますが、もう少し、女性は女性で教育したほうがいいのかなと思います。「女性が男性より低く見られるのはおかしい」と、女性の権利を主張する人が増えていますが、男女平等が行き過ぎて、女性の権利を主張しすぎると、左翼的になつてしまう感じがします。女性は女性らしくという、「謙譲の美徳」というものもあると思うので、そのあたりが…。

総裁 「女性教育」というものが、ある意味、なくなった感じがするね。

咲 なくなったと思います。

総裁 女性としての「身の処し方」や「世渡りの術」を教えてくれるところがなくなつているので、そのあたりのところを、もう少しカバーしないといけないのかもしれない。

咲 男女ともに中性化しているというか。

総裁 そうそうそう。

咲 女性が男性化して、男性が草食系に(笑)。

総裁 草食化しているねえ。あまり男らしくない感じの男性が多いね。その辺が、自虐史観にも影響しているのかもしれないね。強い意見を述べるには勇気が要るからね。男性も自信がないんだろう。

咲 女性が強くなったから、男性に自信がなくなつたのか。男性が草食化したから、女性が強くなったのか。微妙なところですけれども(笑)。

総裁 微妙なところはあるねえ(笑)。

咲 ただ、やはり、「教育のところで、男女間の関係がおかしくなってきた」というのはあると思います。私は、中学・高校と私立の女子校だったので、いちおう、女性教育のようなものを受けましたが、それでも、「男性と仕事で対等に渡り合えるようにしましょう。女性だからといって馬鹿にされないように、学力をちゃんとつけましょう」という感じでした。

総裁 それと、「将来、離婚して戻ってきたときに生きていけるように、手に職をつけましょう」というような……(笑)。

咲 (笑)。そうですね、「職業婦人を目指す」みたいな感じでした。高校三年生のときに、友人たちと、「将来の夢は何?」みたいな話になったのですが、友人たちは、「お医者さん」とか「弁護士」という感じで。そのなかで、私が、「私はお嫁さんでもいいよ」と言ったら、「は?」「それなら、何のために勉強してきたの?」という空気になりました(笑)。



中学・高校・大学と女子校で教育を受けて

総裁 咲也加が中学・高枚と通っていた豊島岡女子学園は、今、進学校として有名になってきているけど、今どき珍しく、朝に五分間、「運針の時間」があったよね。

咲 はい。毎日五分間、布を縫い続けるという謎の時間が(笑)。
              
総裁 お針子のように、五分間、縫い物の練習をする。確か、百年以上前から続いている伝統をまだ守っているんだよね。

咲 宗教的に言うと、「聖黙行」のような感じかもしれません。「無心になって布を縫う」「五分間、何も考えずに無の境地になつて、どこまで縫えるか」みたいな(笑)。「集中力がつく」と言われて、やっていましたけれども。

総裁 現代的には、そう言っているけど、でも、創立のときの気風が残っているような感じもするね。そういう、お裁縫をさせられるのが嫌だという人は、入学しなければいいと。
               
咲 そうですね。あと、茶道とか、女性向けの教育が、少しはあったかなと思います。

総裁 豊島岡も、今適っているお茶の水女子大学も、良妻賢母を出すためにつくられた学校なんだろうから。

咲 そうですね。

総裁 お茶大は、実は、日本の良妻賢母をつくるモデル校だったのでね。

咲 お茶大は、女子大ならではの特性を全面的に打ち出していますね。日本初の国立の女子大で、生活科学部という家庭科系の学部があったり、舞踊や音楽を専攻するコースもあったりして、女性らしい学校です。

総裁 ドクター・中松のように、「私の母はお茶の水女子大学を首席で卒業した」と言って、八十歳を越えても〝お母さん子〟という方もいるけど、実際、ドクターのお母様は優秀な方だったんだろうね。お茶大は、もともと、「女性らしいけれども、勉強もできる」という、才色兼備を目指してきた学枚ではあるのだろうね。

咲 豊島岡よりもお茶大のほうが、良妻賢母型かもしれません。みんな勉強もできるけれども、「将来、何したい?」と聞いたら、「学枚の先生になつて、そのあとはお嫁さん」とか、「将来は普通に結婚したい」という人も多いですね。そんなに、「バリバリ仕事をしたい」という感じではないです。私が通っている文教育学部が、特にそうなのかもしれないですけれども。



中学時代はダンス部に高校時代は料理部に所属

総裁 部活は、中学時代はダンス部だったけど、高枚では、私からの「父親命令」により、料理部に転部させたね。

咲 (笑)

総裁 ダンス部は、学校のなかで、いちばん華々しい部で、外部の大会にも出たりして、けっこう活躍していた。文化祭のようなものでも、いちばん盛り上がって、やや〝ケバイ〟世界だった。
 咲也加は小さいときからダンスを習っていたので、うまかったよね。部長候補みたいに言われていたけど、ちょっと仲間とうまくいかないところがあったのかな。わが家の〝戒律〟とのぶつかりがあったみたいだね。学校は、「授業が終わったら、まっすぐ家に帰りなさい」という方針だったけど、生徒の間では、やはり、「お茶しようか」という付き合いはあって、「それをしないような子は、ダンス部長なんかできないぞ」というような感じ?「多数派形成ができない」みたいな感じがあった。

咲 私が真面目すぎたみたいです。

総裁 ああ、真面目すぎた(笑)。「父親が家で待っているので、早く帰って晩御飯を一緒に食べなければいけない」と言って、まっすぐ帰ってくるので、それで、ちょっとうまくいかない感じがあったのかな。まあ、真面目な学校ではあったけど、そこの部分だけ、やや不良化する可能性がある部分ではあったのかもしれない。ダンス部をやめたときには、「うますぎて嫉妬されたんだって?」という噂が、校内で立っていたけど。
 まあ、そういうところもあって、高校では、私が「料理部に行きなさい」と言った。料理部では、まったくの〝平扱い〟だったけれども。

咲 (笑)

総裁 「まあ、料理はできたほうがいいよ」「料理に自信がないと、あとで困るよ」と言って、転部させてしまった。ダンスだけでは食べていけないからね。

咲 料理は、やってよかったと思います。

総裁 おとといも、何か晩御飯のおかずをつくっていたねえ。

咲 肉じゃがとチーズケーキをつくりました。たまに、申し訳程度にですけれども、「少しは女性らしいことをしないといけない」と思いまして。

総裁 料理は、女性の武器の一つではあるからね。



クラブ活動で強みをつくる

咲 学生時代は、もちろん学業も大事ですけれども、学業以外のクラブ活動などでも、自分の特性を生かせるもの、強みをつくるといいと思います。

総裁 あとになつてから分かるということがあるよね。ときどき、「咲也加のスマイルがいい」と言われるけど、あれは、ダンス部で笑い方をだいぶ訓練した(笑)。ニコツと笑う。

咲 そうですね。三分間のダンスだったら三分間、ずっと笑顔で踊るという。
 
総裁 笑い方を指導されるのは、CAと一緒だよね。

咲 以前は、「感情を強く出すのは、はしたないかな」と思っていて、そういうのは苦手なタイプだったんですけど。

総裁 あとから分かることなんだよね。私なんか、五十歳をすぎてから、「自分は体育会系の人間だった」ということが初めて分かった。

咲 (笑)

総裁 「その生き方は体育会系だ」と言われて、「そうだったかもしれない」「そういえば、学生時代は体育会系だったかもしれない」と、あとで気がついた。そんな人もいるので、意外に、あとから経験が効いてくることはあるよね。



女性教育の重要性を説いた吉田松陰

咲 最近、近代史のゼミで日本の女子教育について勉強したのですが、最初に「女子教育が大切だ」と言ったのは、吉田松陰先生らしいんです。

総裁 ああ、そうだね。吉田松陰が言ったね。

咲 「これからは女子教育が大事で、女性を教育しないと、真の国家の教育は成り立たない」という話を松陰先生が最初に言ったそうです。
 伊藤博文や森有礼も、女子教育の大切さを認識していました。欧米を視察したりするうちに、「女性が国の母になる」というか、「女性が子供を教育するので、女性がしっかりとした教育を受けて、いいお母さんになることで、国家が繁栄する」と考えるようになったんですね。「それが近代国家のステータスである」という思想が最初から入っているので、本当にすごいなと思いました。日本の女子教育の原点は、やはり、「良妻賢母を育てる」というか、「いいお母さんをいっぱい輩出することで、いい子供が育って、いい国ができる」というところにあると、強く感じました。



日本の女性教育のはじまりには宗教教育があった

咲 女子教育を行った人は、津田梅子など、いろんな方がいますが、全体的に、明治以降の女子教育が成功したポイントは何だったのかと考えたとき、まず気付いたのは、「女子教育の大切さを理解して、現代までつながるような女子教育を始めた人たちは、欧米を見ている」ということです。そして、彼らが欧米から何を学んだかというと、「女性も教育を受けることができる」という、女性の地位の高さに衝撃を受けたのが一つと、もう一つが、「宗教教育」なんですね。
 欧米なのでキリスト教ですけれども、「宗教教育を受けることによって、精神性が磨かれる。女性としても磨かれる」ということを目の当たりにした方々が、日本に帰国後、「女子教育は必要であり、女性の特性を生かすためには、宗教的な素養を絶対に入れなければいけない」と言っているんですね。そうしてできたのが、現在の津田塾大学や日本女子大学、東京女子大学、聖心女子大学などで、宗教教育が入っている学校、あるいは、創立者が信仰者である学校が、女子教育の先端として躍進していったんです。
 私が今、通っているお茶の水女子大学は国立ですけれども、もともとは、神道系というか、当時の皇后棟をモデルにして、理想の女性を輩出するためにつくられたそうです。その皇后様が、「国民を慈しんで、いろんな人に気をかけて」という感じの方だったので、女性らしさや母性のようなものを中心に、良妻賢母を輩出することを目指したようです。
「皇后様をお手本にした」ということではありますが、神様をモデルにしたというか、神道的な価値観も入っているのかな、という感じがします。やはり、「精神性」を上においた学校が、その後も成長していったのだと思います。



女性の鑑とされた昭憲皇太后

総裁 その皇后様というのは、明治天皇の皇后だった昭憲皇太后かな?

咲 はい、昭憲皇太后です。

総裁 昭憲皇太后は歌もうまいね。明治天皇の歌と一緒に、昭意皇太后が詠んだ歌が遣っているけど、歌を見たら、ちゃんと〝光〟が入っているね。二人とも歌がうまいねえ。
 私が明治神宮でおみくじを引くと、明治天皇の言葉が出てきたのは一回だけで、あとは昭憲皇太后の言葉ばかり出てくる。なぜか知らないけど、昭憲皇太后の御教えばかり(笑)。

咲 昭憲皇太后は、とても女性らしくて、「男性を支えて、男性を立てつつ、女性としての生き方をしましょう」というようなことを言っていたそうです。

総裁 歌を詠めば、そういう感じだね。
 今、「教育勅語」が、左翼系のマスコミから、すごく悪く言われているけど、読んだことがある人は、ほとんどいないだろう。実際は、明治天皇や昭憲皇太后の歌などを集めたような、和歌みたいなもので、内容的には真理だね。真理から見ても正しいことを、言魂を込めて詠んである。宗教教育を兼ねた、人間の生き方のようなものを説いているし、皇后様だった女性が説いた、女性としてのあり方もしっかりと入っているので、教育効果はそれなりにあったと思うけどね。

咲 日活戦争のときも、皇后様が率先して兵士を労りに行ったようで、お茶大(当時は女子高等師範学校)の生徒も包帯づくりを義務付けられたりしたそうです。皇后棟を見習って、人助けというか、兵士を癒そうということをしていたんですね。今だと、「戦争にかかわったらいけない」みたいな言い方をされるかもしれないですけど、その当時は、意義深いことだったのかなと思います。



昭憲皇太后と坂本龍馬の不思議な縁

総裁 確か、坂本龍馬が有名になつたきっかけも昭憲皇太后だよね。

喋 そうですね。

総裁 龍馬は明治に入る前に亡くなって、しばらくしたら忘れられていたらしいんだけど、日露戦争のとき、皇后の夢のなかに、三十代か四十代ぐらいの白装束の武士が出てきて、「ロシアとの海戦では、日本の大勝利は間違いありません。私が守護をしていますのでご安心ください」というようなことを言った。それが、いでたちなどから見て、坂本龍馬ではないかと噂になつて、「坂本龍馬が皇后陛下の夢枕に立った」と、新聞に載った。龍馬は海操隊をつくつた人で、海軍の創設を目指していた人だったので、「日本が勝つ」という「お告げ」として受け止められたみたいだね。

咲 それで、龍馬が有名になつたんですね。

総裁 もう一回、見直されて、その前後から伝記が出始めて、有名になった。坂本龍馬と昭憲皇太后も、何か緑があるんだろうけど。まあ、何か霊告に行ったんだろうね。

 

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いわゆる「キャパ超え」が発生するところについては、
客観的に、冷静に自分自身の仕事を見る必要があり、
立てられる対策は立てて、あらかじめ準備をすることが大事です。
ただ、どうしても無理だと思われた場合、
まず一つには、「完璧主義を捨てること」が大事になります。
「必ず完璧にやらなければいけない」とあまりにも思いすぎていると、
「キャパ超え」をしてしまってできなくなり、
その重みで潰れてしまうことがあるからです。

                                         (『秘密の法』第2章「霊障者の立ち直りにゆいて」P110-P111)