聖母マリアからのメッセージ


自分の言い分を主張する前に、いったん怒りを静めましょう。
あなたがこだわっていることは、何ですか。それは自分を守るために必要なことですか。
この世はそれほど危険な場所ではありません。こだわりを捨て、成り行きに委ねることへの恐怖を手放す時です。

あなたは、相手が創り出した苦痛の世界に反応しているだけかもしれません。
そして、あなたもまた、苦痛の世界を心に描いてしまっているかもしれません。
2つの苦痛の世界が、融合されて、さらなる苦痛の世界を共同創造しているなら癒す時です。

怒りの主張の奥にある、苦痛に目を向ける時です。
あなたの主張が通り、都合良く進んでいったとしても、あなたはまた、新たな危険を発見し、自分を守る企てをしていくかもしれません。
様々な主張をしては、周りに要塞を築いていく、という行為をやめても安全であることを知る時です。

自分の心がどれほど傷んでいるか知りましょう。
転んでヒザをすりむいた時、傷口をそのままにしておく人はいないはずです。出血を止め、化膿を防ぎ、絆創膏を貼る、といった手順をとる時です。
トラウマを思い出し、痛みを感じ切っていくことは、痛みを癒すことと同義語であることを知ってください。



「あの人は、こうすべきだ。」と主張する前に、いったん怒りを手放しましょう。
その主張の裏には、「相手が、こうしてくれなければ、私の安全性はなくなる。」といった恐れが見えます。
権力争いの裏側には、双方の恐れの融合があります。非難合戦は、安全を巡る主導権争いであることが多いのです。

あなたにとっての安全が、相手にとっての安全であるとは限りません。
自分の安全を守ってもらうため、相手に危険を冒すよう頼むと、争いが起きるのです。
自分のために犠牲を払うよう、相手に頼んでいないか見てみる時です。


あなたの方も、他人の主張を受けるままにしておく必要はありません。
あなたが相手の安全を守るためにすべきことは、それほど多くはありません。
誰もが、自分を世話する能力を持っているのです。

争いを止めるためには、いったん自分の安全を捨てる必要があります。
安全性への執着を持ったまま、安全になることはできません。
危険を信頼しているなら、安全性を疑っているのです。

無条件に相手を受け容れた時、あなたは自分の安全を捨てています。
あなたは、自分の安全より、相手への許しや信頼、愛を選んだのです。
愛や信頼は目に見えず、あなたの安全性は空気のように消え去ったかのように見えるでしょう。

しかし、あなたはなぜか満たされた気分になるはずです。
愛や信頼は、双方の主張の間に橋を掛け、癒しをもたらしていきます。
安全を捨てたはずが、相手は味方になり、あなたを守ってくれる、という展開がやってくるかもしれません。


主導権を手放し、相手に自由を与えてみましょう。相手に与えたものは、いつか自分へと返ってくることを思い出しましょう。
苦痛の世界から脱出するには、そこが安全な場所だ、という錯覚から覚める必要があります。
苦痛の世界に留まるか、いっそ愛を選択し、自分を自由にするか決める時です。

それでも、自分の安全性を確保したい、という方は、大天使ミカエルを呼んでください。
そして光の剣を、相手にかざしてもらってください。
イメージの中で、剣が曇っていくように見えたなら、相手はまだ癒されていないエネルギーをたくさん持っているのです。

それは悪いことではなく、その段階に、その人はいる、ということです。
ミカエルは、相手の許可なしで浄化することはできません。相手がクリアになり、安全性への執着を手放す日を祈ってください。
もちろん、あなたの愛で、相手の恐れを溶かすことができます。それは、相手が変わるのを待つより早い方法です。



あなたも、なぜこれほどまでに傷つきたくないのか、思い出す時です。
悪意に満ちたエネルギーを過去に受け取った体験があるなら、ハートに傷がついているかもしれません。自分を抱きしめましょう。
あなたに安全を求めて闘うように依頼しているのは、傷ついたあなたに他ならないのですから。



皆さんの癒され具合が知りたいので、癒された方、下のバナーをクリックしてくださるとうれしいです。感謝の光と、聖母マリアからの光が贈られます。


スピリチュアル ブログランキングへ