4月8日のスーパームーンはとても綺麗でした。

その夜に、ひらめいて書いたお話です。



「世界でいちばん大切なもの」

ひろい広い宇宙の銀河の中の太陽系の中にある無数の星々の中にたったひとつ青く輝く星がありました。

その星は宇宙の星々の中ではまだ新しい星で、住んでいる人も、ほんの77億人ほどでした。

でもこの星の人たちは、あまたの生物が住む宇宙の中で、我が星こそが特別な星だと思っていたのです。

その上、宇宙の中では、とても小さな星なのに、いくつにも分かれて、国と言うものを作っていました。

その数は196もあったのですから、中には800人ほどしかいない国もあったのです。

でも、ほとんどの国が自分の国がいちばんだと思っていて、自分たちの権利を守るのに必死でした。

ですから、青い星のどこかでは、絶えず争いが起こっていたのです。

ひとつの星のしかもこんな小さな星の中で争いが起こるというのは、他の星の人たちから見ればとても不思議なことでした。

だって、星の中で暮らす生物の不協和音によって、一瞬で壊れてしまう星たちが宇宙の中にはたくさんあったのですから。

広い宇宙から見れば、星一つひとつが生命体で、その中での調和が崩れれば、存続することが難しくなるのは当然のことでした。

それは例えて言えば、ひとりの人間の中で、手と足が喧嘩をして、お互いを殴ったり蹴ったりして傷つけているようなものだったのです。

この小さな青い星の人たちは、自分たちの住む星の他にもたくさんの星があることを知っていました。

だから、時々、ほんの近くの星へ、ほんの少しだけ出かける冒険をしていましたが、大きな宇宙から見れば、小さな子供が3軒隣の家まで勇気を持って出かけていくようなものであったかもしれません。

この青い星がすることを、他の星たちは優しく見守っていました。

なぜなら、この星がまだ新しい星で、その上、数ある星の中でも極めて美しい星だったからです。

透明なキラキラ光る粒子のベールは、他の星からみても、とても綺麗でした。

それを、青い星の人たちは、海とよんだり、川とよんだりあるいは湖とよんだりしていましたが、それがあるおかげで、この青い星には緑が生い茂り美しい花々がいつも咲いていたのです。

美しい自然は人々の心を和ませ優しくしました。

だからこの星に住む人のほとんどは、いいえ全員が本当はみんないい人たちでした。

でも、時々意見が合わなくて、意地悪をしたり、喧嘩をふっかけたりする人もいました。

人と人だけではなく、国と国との間でも同じようなことがしばしば起こりました。

それと同時に、美しい自然も、ただ静かで穏やかであるだけではなく、時々荒れ狂ったりもしたのです。

台風や地震や竜巻、それにものすごい寒さや干ばつが人々を苦しめました。

でも、人々は災害が起きるたびに心を合わせて立ち直っていたのです。

それともう一つ、人々を苦しめていたのは、病と言うものです。いろんな原因から、体に不調をきたすことを、病気と呼んでいました。

病気の原因は様々でしたが、元気のもとであるが「氣」がなくなってしまうので、病気と呼ばれていたのでしょう。

病気は、人と人との争いと同じように、人々の体と心を傷つけました。

それを治すために医学が発達しましたが、まだまだ全てに打ち勝つことができないでいるのでした。

自分がいちばん!何でもできる!と思っている人々でさえも、自然の脅威と病気には勝てないのです。

それもそのはず。この星で起きるすべてのことは、住む人たちが起こしていることだったからです。

人々が争いをやめない限り、自然はさまざまなカタチで試練を与え続けます。

あらゆる病気も、元を正せば、心と体の不調和が招いた結果です。

すべての病気がストレスからくることを人々は知っているのに、なぜか、そこから抜け出せないでいるのです。

ちょっと油断をすると、多くの人々は、特に寒い季節には風邪をひきました。

喉が痛かったり、咳が出たり、そして高い熱が出たりするものですから、しばらく安静にする必要がありましたが、ときは、一日ゆっくり寝ただけで治ることもありましたから、人々はあまり風邪を怖がっていませんでした。

ところが、ある日のこと、風邪のウィルスに似てはいるけれども、新しいカタチのウィルスがやってきて、風邪よりもはるかに重い打撃を人々に与え始めたのです。

最初はひとつの国だけだったのが、どんどん広がって、世界中にこの新型ウィルスが蔓延してしまいました。

ウィルスの広がり方に規則性はなかったので、まだ感染者のいない国の人々は人ごとだと思って安心していました。

でも、その国にも、ひとりの感染者が出るだけで、ものすごい勢いで感染が広がっていくのです。

100年ほど前にも、ヨーロッパを中心に広がったスペイン風邪がありましたが、それよりもはるかに複雑で怖いウィルスのようでした。

このウィルスに立ち向かう方法は、どんなに優秀な科学者や医学者にも、まだ発見できていないのです。

ただ、人から人へとうつることは確認されていましたので、国のリーダーたちは、なるべく人と接触しないようにと呼びかけました。

自分のために、大切な人を守るためにと、いろんな国の言葉で語られましたが、多くの人が、今までの習慣やライフスタイルを手放すことが出来なかったのです。

青い星の人たちは、集まることが大好きで、大声で話すことも大好きで、触れ合ったり笑ったりすることで、幸せを感じるのですから、ウィルスは、瞬く間に広がっていきました。

なにしろ、小さな星ですから、ほんの数十時間で、星の反対側の国にだって行けるのです。

ウィルスは、人々の動きにつれて広まっていきました。

命がけで、診療にあたっていた病院の人たちも、次々とウィルスにやられてしまいました。

感染が大きく広がっていく国のリーダーたちは、頭を悩ませ、心を痛め、ともかく感染を断ち切る方法を考え続けました。

そして、人々に住んでいる家から出ないようにというおふれを出したのです。

最初は、自由を奪われたようで、不服を持っている人たちがたくさんいました。

自分は大丈夫だからと、あちこちに出かけていく人もいました。

でも、誰もが知っているスポーツ選手が感染したり、有名なコメディアンが亡くなっていくのを見て、だんだん怖くなってきたのです。

自由も仕事も大切でしたが、命と仕事、あるいは命とお金を天秤にかけることはできません。

国のリーダーたちは声を強くして言いました。

誰も外に出て出てはいけない!!!
おうちにいてください!

その日から、多くの人々は限られた空間で、限られた人とだけ接するという生活を始めたのです。

今まで、世界中のどこへでも自由に行き来ができて、誰とでも友達になれた世界が、一変して、小さな小さな世界に変わってしまいました。

それでも何人かの家族がいる人はまだ良かったでしょう。

一人暮らしだった人は、狭い空間の中にひとりでいることに耐えなければいけませんでした。

でも幸いだったのは、食べ物を運んでくれるシステムがあったことと、インターネットが発達していて世界中の人々と会話ができることでした。

ただ違っているのは、一緒に笑ったり触れ合ったりすることができないのです。

多くの人々が働いていた会社も、インターネットを使って各自の家で仕事をすることに決めました。


時は春、一年中でいちばん美しい季節に、外を歩く人の姿はひとりも見当たりません。

人がいなくなった街の満開の桜の下を、どこからやってきたのか野生の動物たちが群れをなして歩いています。

今まで人間に支配されていた大きな美しい公園にも、世界でいちばん賑やかなスクランブル交差点にも、動物たちが自由に現れるようになっていったのです。

春の暖かい陽射しの中で、あらゆる種類の動物たちが、お互いの権利を主張するふうもなく、まるで大きな家族のように、のびのびと戯れていました。

窓の外には、ほんの数週間前までとまったく変わらない豊かな自然と光が溢れています。

ただ、人間たちは、そこに飛び出していくことはできないのです。

人々は、気づき始めていました。

あの幸せだった時は、すごくありがたくて恵まれていたのだと。

そして、自分たちにはそれほどの力をなかったのだと。

目に見えないほどの小さなウィルスによって、人々は今まで持っていたすべてのものを失おうとしていました。

今や、外出禁止令が出る前に銀行からおろしてきた札束も、家の金庫に保管してある金塊も、たくさんの数字が並んだ預金通帳も、何の価値も持たないのでした。

とりあえず最低限の食料があること、そして夜眠れる場所があること。それ以上の幸せは無いのだと皆が次第に思い始めていました。

そして、今目の前にいる人を大切に思うようになってきたのです。

普段は忘れていたいちばん大切なこと。

家族や一緒に暮らす人のありがたさを強く感じ始めていました。

そんな時、頼みの綱だったインターネットの回線が途切れてしまいました。

あまりにも多くの人々が使いすぎたため耐えうる容量をはるかにオーバーしていたのです。

それまで、離れていても、まるで隣にいるかのように話せていた親しい人たちとの会話もぷっつり途絶えました。

それと同時に、配達される食料もめっきり減っていきました。

何もかもが極限状態になっていたのです。

誰もが自分の力のなさを痛いほど感じていました。
自分ひとりでは何もできない、ただ何かの力を借りて生かされていた自分であったことを、思い知らされたのです。

これから先どうなるかわからない状況の中で、人々は、気が狂いそうになるほどの恐怖と絶望を感じ始めていました。

もしかして、この国のそしてこの星の人類はいなくなってしまうのではないかという最悪のシナリオを誰もが想像していました。

深い海の底に沈みこんだような感覚でした。

泣き叫ぶ人もいました。大きな声でわめき散らす人も、うなだれたままうずくまっている人もいました。

不安と恐怖で震えが止まらない人もいました。
世界中から大地を揺るがすような悲鳴が響きわたり、それは宇宙の星々にも届くほどでした。

もしも、このまま、青い星の人たちが残らずいなくなることになったら、青い星へ移住をしようと準備を始める他の星の人たちもいたのです。

だって、この青い星は、稀に見るほどの美しく豊かな星なのですから。

「いい星だよね。住んでみたいよね」

「そう、ずっと憧れていたのよ」

宇宙ステーションの中で移住申請書に記入しながら、話している人たちがいました。

「でも、今は、ウィルスが蔓延してるっていうけど、大丈夫かしら」

「大丈夫だよ。あのウィルスは、不満や不安で増殖したのだから、それがなくなれば、消えてしまうよ」

「あら、でも、どうして不満があるの?」

「自分のことだけを考えているからさ。宇宙がこんなに広くて、みんなが繋がっていることを知らないのかな」

青い星の人たちが、この会話を聞いたら、どんなにかびっくりしたことでしょう。

今まで頑張って手にしたものが、もはやなんの価値もないことに、青い星の人々は、愕然としていました。

我をはって人と争ったこと、

大切な人を守るより自分の欲望を優先させていたこと、

不満ばかり言っていつも誰かを責めていたこと

が次々と思い出されました。

人にも自然にも、優しくなかったことに胸が痛くなってきました。

ちっぽけな自分、
何ももっていなかった自分、
生かされていた自分、
それなのに、なんて傲慢だったのでしょう

そして、こんな世界になってしまったのは、自分のせいだと思えたのです。

身勝手な行動が、大切な人の命まで危うくしてしまったことを悔やんでいる人が、いたるところで号泣していました。

あふれるように流れ続けた涙の最後の一滴が、乾ききってカサカサになった心に染み込んでいきました。

すると、不思議なことに、自分は一人ではなくて、他の人たちとも溶け合って存在しているという感覚がどこからともなく湧きあがってきたのです。

この星で、偶然のように巡りあったたくさんの人たち。

その人たちの笑顔が浮かぶと、もっと優しくすれば良かった、もっと語り合いたかったと、無性に愛おしくなりました。

今では会うことも、話すこともできなくなった大切な人たち。

心の中で無事を祈ることしかできなくなった大切な人たち。

世界中の人々が、同じ気持ちになったのは偶然だったのでしょうか。

誰もが、誰かを思いやり、幸せと無事を願っていたのです。

どのくらいの時間がたったのか、青い星の人たちの心がとけあってひとつになると、新型ウィルスは跡形もなく消えてしまいました。

やがて、人々が失ってしまったと思っていたあの頃の平和と幸せが、徐々によみがえってきました。

でも、誰もがそれを当たり前とは思わず、ありがたくかみしめるように受け取っていました。

そして、今まで持っていた自分以外のものに対する不協和音はすっかり消え去って、世界中の人たちの心があたたかいハーモニーを奏でていたのです。

あの極限を経験した人々は、この星の全ての人々を、自分と同じくらい大切に思えるようになっていたのでした。

国と国、人と人、その境目は本当はなかったことに気づいたのです。

前と変わらない日常が戻ったように思えましたが、本当は全く違った世界でした。人々の心の変化が、青い星を一新させたのでしょう。

人々の心と調和した新しい星は、前よりもっと輝いて見えました。

宇宙の彼方から、この星の行方を見守っていた星たちも、祝福の光を投げかけました。

この星の人たちが、心の輝きを失わない限り、青い星はいつまでも輝き続けるにちがいありません。