地獄は続く〜〜〜♪(ちっとも嬉しくない)

 

今週は、雲夢姉弟の地獄、温姉弟の苦悩が主軸にありつつ、

①宋嵐再登場により、薛洋が白雪閣壊滅させ、宋嵐の目が〜義城に続く!(暁星塵(涙))、

②射日の征戦が始まり、その裏で既に16年後に繋がる諸々が動いている、

という、同時進行で色々あるよ、とぶっ込まれる回でした。

この同時進行してましたよ、となるこの構成、陳情令製作陣、恐ろしい。情け容赦なし。

雲夢の地獄の真っ只中に、義城の地獄をぶっ込んでくるなんて。

 

吹替えとしては、既に17話の段階で、緑川江澄が凄まじく、これ、、、終盤の蓮花塢〜観音廟になったらどーなるの?としみじみ思いました。

 

そして、ここで子供時代の回想シーンをぶっ込んでくるのも、地獄度合いが跳ね上がるし、意难平が歌詞付きで流れるのも、絶望に突き落とされる・・・。

 

改めて、思ったのが。

魏無羨と江澄は、自己犠牲のベクトルが若干違っている、と言うことです。

うまく言えないのですが、多分、同じではない、と思います。ここら辺から、さらにどんどん魏嬰(忘羨)視点で観る人、江澄視点で観る人、と別れてくるのではないでしょうか(そうすると、今後の物語の見え方も変わってきます。)

 

お互いを大切に思い合っているのに(あくまでも兄弟として)、すれ違って、立場や諸々で決別せざるを得なくなる。なんと残酷なことでしょう。

(陳情令江澄はかなり製作陣の愛情を持って描かれている、と思うので余計です)

 

魏嬰(忘羨)視点で観ると、どうしても魏嬰の自己犠牲精神や自分の思う正義を貫く、ただ弱い人を守りたかっただけなのに、と映ります。

ただ他者視点でみると、ガラッと、変わると思います。

これは誰視点かによって、かなり異なってくる部分だとも思います。

観ていくうちに、誰視点で観るかによって、誰に感情移入するかも不思議と変わる。

 

陳情令(魔道祖師)は群像劇であると思っていて。

だからこそ、主人公以外の視点で観ると新たな発見があって。いくら悪役といえども、言っていることに一理ある、と思ってしまう点もあるのではないでしょうか。

 

そういった物語の余白というか、受け手がそれぞれ思うことができる。だからこそ、沼から抜け出せない人が多発する、ということなのかもしれません。

 

さて。この辺りの雲夢の地獄になってきて、木村良平さんの魏無羨が、トーンというか声色が低めになり、ただの明るい魏無羨ではなくなってきています。

本当に毎回思いますが、声優さんって、すごいです。

恐らく夷陵老祖になってから、さらに凄みが増してくる、はずです。

で、16年後に、再び明るめの魏無羨(莫玄羽)が戻ってくる、と。

 

吹替えで観て、改めて思ったのが、魏嬰が師姉に「やっぱり虞夫人の言う通り、自分のせいなんだ」と言うのですが、このとき師姉はその言葉を否定しないんですよね。

師姉のイメージだと「阿羨のせいじゃない」と言いそうなのですが、言っていない。これって、結構大事なメッセージなのではないかと。

みんな、心のどこかで魏無羨にも原因(遠因)はある、と思っている、という描写の一つ、と言えるのではないでしょうか。

 

誰が悪いわけではない、だからこそ辛く苦しい。

これは全編通しての軸ですね。

 

いよいよ次週、乱葬崗に魏嬰が落とされ、夷陵老祖誕生、温晁やっつけたるで!

と、温晁に対してのいわゆる復讐が果たされるので、その部分は一瞬スカッとします。

が。原作を読むと、ここ、半端なくグロいので、驚きます。

 

そして、だんだんと緑川江澄が、親の愛を欲しがっていた負けず嫌いなひねくれた少年から、背負うものが多くなってしまった、という悲しい大人への変化を見せてくれることでしょう。

 

ではでは〜。