「胸騒ぎ」同様、かなり前から興味を持っていた映画でしたが、本当にようやく観る事ができました。

かなり実験的な作品ですが、アカデミー賞でも話題となったため、結構ヒットもしているみたいです。

 

アウシュビッツ強制収容所の隣で、平和に暮らす一家の姿を描くという内容。

映像には平和なシーンばかりで一切残酷なシーンは映し出されないが、隣から聞こえるおぞましい音だけで地獄を表現する・・・。

あの手この手で描いてきたナチス映画も、遂にここまで来たかという感じです。

 

試みとしては非常にユニークだし、大いに興味を惹かれます。

ただ、それで長編映画として最後まで持つのか?という不安もあります。

30分くらいの短編向きのアイデアじゃないかな?

途中で飽きてしまいそう。

 

ただ、予告で観た映像の美しさときたら!

これで一気に惹かれました。

この映像と凄まじい音響を体感できるのなら、劇場で観るしかないだろう。

そんな風に、大いに期待したのです。

 

結果的には、思った以上に楽しめました。

確かにワン・アイデアの映画ではあります。

ドラマ性も排除され、何より観客にはかなり冷徹です。

アウシュビッツ強制収容所がどういうものかをすでに知っている事が前提なので、あまり詳しく無い人にはワケが分からないと思います。

実際、監督のインタビューを読まないと意味の分からなかったシーンもありました。

最初から万人に向けて作られた映画では無いのです。

 

とはいえ、体感型の映画として、その映像と音楽・音響は素晴らしく、終盤までは退屈する事はありませんでした。

確かに日常の風景なのですが、映像の端々に不穏なものが映り込むし、絶妙なタイミングで「ウワッ」となるシーンが登場するからです。

 

映画の冒頭、真っ暗な画面のまま数分間、音楽だけが流れます。

美しい旋律と不穏で気味悪い音の混じり合った音楽。

これだけで、この映画を見事に表現していると思いました。

暴力的な音というのは、単体で聴くよりも、美しい音と混ぜる事でよりグロテスクな印象を与える事が出来るのです。

 

 

大学生の頃に、あまり内容を知らずに買ったCDで、非常に気持ち悪いと感じたものがありました。

μ-Ziq(ミュージック)というアーティストが、オトゥールズというバンドの曲をリミックスしたアルバムです。

美しい旋律の上に暴力的に加工されたリズムが、まるで凌辱するかのように重なるというタイプの曲ばかりで、なにしろグロテスクに感じてしまい、買って後悔しました。

 

 

 

後にエイフェックス・ツインが同様の事をやっているのを聴いたりして(μ-Ziqとはコラボもしています)、今ではそこまで抵抗はありませんが、明らかに不快に感じる事を意図した様な悪趣味な音のバランスでした。

この映画も、それに近いものかもしれません。

おぞましい音響を効果的に聞かせるためには、何より美しい映像が必要なのだ、という感じです。

 

新緑の季節、木々の緑と花々の彩り、青い空、子供の声。

まさに生命の息吹を満喫できる、美しい天国の様な世界です。

隣では大量虐殺の悲鳴、銃声、焼却の音。

凄まじいコラボレーションですが、体感する価値はあるでしょう。

シンプルに、娯楽としてそれを楽しむ自分を見つけました。

そうか、俺は冷酷な、無関心な側の人間だったのか。

 

しかし、人間の体が見るもの、聞く音等を自動的に制御するのは必然です。

必要なものにフォーカスし、余計なものはカットする事が出来なければ、生活する事は出来ません。

最初は気になった騒音に、徐々に慣れて気にならなくなった経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

 

その音の原因が自分に危害を加えるものではないと分かると、少しも気にならなくなる。

その経験は自分にもあります。

かつて、隣の家に知的障害のある子供が住んでいた時がそうでした。

家の外で遊ぶ際に出す声が、明らかに普通の子供とは違うのです。

すっかり慣れてしまった頃、友人の夫妻が家に来たことがありました。

「・・・あの声は?」と衝撃を受けた様でしたが、慣れたので気にならないよと答えたものです。

 

イヤホンの「ノイズキャンセリング」は便利な機能ですが、完全に音をカットされてしまうと危険に気付かずに大事に至る可能性があります。

無関心も同様で、知らない内に後戻り出来ない状況に自身が追い込まれてしまう可能性があるのです。

様々な問題は、一応常に認識しておかなければならない。

でも、それにとらわれ過ぎると、精神的に耐えられなくなってしまう。

要はバランスの問題だと思います。

あらゆる問題がそうである様に。

映画を観たり、小説を読んだりする事は、このバランスに非常に有効だと思います。

 

映画の終盤、この家から舞台が変わってからは、正直退屈になってしまいました。

あくまでも人物ではなく、この家を定点として描いて欲しいと思いました。

その上で、この家の主人であり、収容所の所長である男の運命をもう少し先まで描いたら面白かったと思います。

 

ただ、同じく終盤で起こったある仕掛けのシーン、賛否あるとは思いますが、僕はとても良かったと思います。

徹底的にリアルに描写してきた映画で、こういう演出をあえて入れる。

すごく効果的だったと思います。