かなり前から評判を聞いていて、ずっと観たいと思っていたら、劇場公開せず。

ようやくwowowで放送されたので観ましたが、これは思っていた以上に凄かったです。

きちんと娯楽ホラーとしての定番な怖がらせ方や、映像としてのおぞましさも盛り込みながら、もっと根源的な恐怖、現代でこそ本当に怖いと思える内容になっていたと思います。

 

アメリカ発のホラーの定番と言えば悪魔憑きでしょう。

個人的にはこれは全然怖く感じません。

「エクソシスト」ですら退屈でした。

悪魔なんていないし。

同様に、幽霊、化け物、エイリアンもそうです。

信じるか信じないかはあなた次第ですが、こういった題材で心底怖いと思える映画はなかなかありません。

 

すでに世界のあらゆる場所から神秘が奪われ、謎や怪奇は種明かしされ、ホラーの題材となったものの多くが効力を失ってしまった時代です。

今の時代で最も恐ろしく、まだ解明されていない未知の領域。

それは精神世界です。

キチガイやサイコパスだって、昔からのホラーの定番でしょ?と思うかもしれません。

それはあくまで外側から見た他人の場合でしょう。

本当に恐いのは、自分自身の精神世界なのです。

 

「ファーザー」という、認知症の老人を描いた作品がありましたが、あれはかなり恐い作品でした。

老人の立場から世界がどう見えるかを描いたからです。

自分の見ているものが正確ではなくなり、今がいつか、誰が誰か、まるで分からなくなってしまう恐怖を映像として表現していました。

これまで蓄積し、確立してきた自分の世界が崩壊し、ただ消えていく。

何の希望も無い、恐ろしく悲しいだけの映画でした。

 

まだ後期高齢者じゃないから・・・。

そう思う方でも、では自分自身がどれだけ世界を正確に捉えているのか、そして自分を完全にコントロールできているのかを考えてみて欲しいです。

何気ない事として流している様々な出来事の中に、自分の認識の過ちや、感情の暴発等が多く含まれているはずです。

 

この映画の主人公は精神科医。

しかし、目の前でカウンセリングをしていた相手が笑顔で自殺するのを見てから、自身の精神の均衡を崩していきます。

この「主人公がどんどん狂っていく過程」を一緒に体験していくのが、この映画なのです。

かつて冷静に患者に対して伝えていた事を、自分自身も言われる事になります。

 

何にも分かっていない!

誰も理解してくれない!

彼女が狂っていく過程を見ている観客には、彼女がこうなっていくのが仕方のない事だというのは、ある程度理解出来ます。

でも、多くの他人は当然ながら、ただ狂ってしまった気の毒な人にしか見えないのです。

かつて自分が患者をそう見ていた様に。

 

これって、実際も同じではないでしょうか。

人間が狂ってしまうという事は、他人から見ればただ「狂った」で終わるのかもしれませんが、本人にしてみれば様々な要因があり、それを解決するために最善の方法を取ろうとしているだけなのかもしれません。

この映画では超常現象が原因なのかもしれませんが、同様の事が何らかの疾患等を理由に起きないとも限らないのです。

 

自分の行動が認識できない。

異常な妄想を見てしまう。

それらの恐怖により、自分の感情をコントロール出来ず、暴力的行動をとってしまう。

こういう事は、いくつかの要因が重なる事で誰の身にも起きる可能性があるのです。

 

映画内では主人公の妄想が頻繁に描かれますが、「これもそうだろう」と思っていたら、妄想では無かったというシーンがあります。

ここはなかなかショックだった・・・。

本当に意地の悪い映画です。

もう主人公も観客も、この後何が起こるのかさっぱり分からない。

この恐怖はなかなか凄まじいものがあります。

 

主人公は邪悪な存在を受け入れ、この事態を解決しようと理性的に動き始めます。

過去の事件を調べ、関係者に会い、調査を始めるのです。

この展開は「リング」を思い出させます。

決して不条理なだけのホラーでは無いのです。

 

観終わってみれば、お話自体は過去の様々なホラーを土台にした部分が少なくないのかもしれませんが、僕にとってはかなり斬新な作品でした。

とにかく見せ方が凄い。

本気でショックを与えたい、という強い情熱と巧みなアイデアが満載です。

音楽というか、音響も素晴らしい。

不穏どころでは無い、暴力的なノイズが迫ります。

 

何より、笑顔が恐ろしい。

この映画、その一点だけでも思わせれば勝ちでしょう。

野心的な新たな才能の登場です。

ホラーが好きなら、まずは必見です。